第26夜 井戸 (約1350字)

変な夢を見た。


  私と彼は、井戸の前にいた。

  彼の名前は、多田野ただの 亜歩男あほお

  現実世界における私のライバル・・・彼の職業は、小説家である。


  名前通り、奴は、アホな文章しか書けない。

  私のように、崇高なものは書けない。奴は・・・アホだから。

  いや、本当にアホなんだ。

  アホで、アホで、どうしようもないくらいアホで・・・。

  おっと、失礼・・・。

  つい、つい、止まらなくなってしまった・・・オホン。


  話を戻そう。

  私と多田野は、今、井戸の前に立っている。

  多田野が、この井戸の前に、私を連れてきたのである。

  

 「なあ、多田野。この井戸は・・・なんだい?」と、私。


  多田野は、つまらなそうに答える。

 「この井戸は、キミの創造の源泉だ。

  この井戸から、キミは、インスピレーションを得ているのさ・・・。」


 「ふーん。そうなのか・・・。今、初めて知ったよ。

  なんで、キミは、そんなことを知っているんだい?」と、私。


  多田野の顔が、ちょっと険しくなる。

 「俺は・・・よく、こうやって、キミの精神に潜り込んでいるんだよ。

  そして、キミの創造の源を探していたのだ。そして、ついに見つけた。」


 「そうかい・・・。わざわざ、教えてくれて、ありがとさん。それで?」


  多田野が、意地悪そうな笑みを浮かべる。

 「キミ。そこの機械のスイッチ、わかるかい? そう、その赤いボタン。」


  井戸の横に、機械が設置されている。どうやら、ポンプのようだ。

  稼働音がしているところからして、こいつで、私のインスピレーションをくみ上

 げているようだ。よく見ると、なるほど、確かに赤いボタンがついている。


 「ああ。わかるよ・・。このボタンがどうしたんだい?」


  多田野が、にっこり笑って、言う。

 「押してごらん!」


  私も、にっこり笑って、ポチッとそのボタンを押す。

  

  ポンプの稼働音が、だんだん弱まっていき、止まってしまった。

  こりゃ、いかん・・・やらかした・・・と思った。


  多田野が、笑いだす。

 「アハアハアハ。止めちまったなあ。自分のインスピレーションを・・・。

  俺は、アンタのインスピレーションの井戸を見つけた。

  だが、俺じゃ止めらなくてね・・・。まあ、当然だね。

  だから、アンタに・・・自分で止めてもらったのさ・・・。」


  私は、青ざめた。自分で、インスピレーションを止めてしまった。

  どうなるんだ? いったい・・・。


  多田野の笑いが、嘲笑に変わった。

 「もう、アンタ・・・小説書けねえぜ。ざまあみやがれ!

  さんざん、人のこと、アホ、アホ、アホアホ、アホアホホとか言いやがって!

  このアホ野郎! いい気味だぜ!」


  私の怒りが、頂点に達した。アホに馬鹿にされるなんて・・・。

  私のプライドが許さない。

  アホに『アホ野郎』呼ばわりされるなんて・・・。

  ますます・・・許せん!


  私は、多田野に飛びかかり、キューっと首を絞め、殺してしまった。

  まあ、どうせ夢だしな・・・。

  

  そうだ・・・夢なのだ。

  インスピレーションがどうのこうのと言っていたが、これは・・・夢なのだ。


そこで目が覚めた。


目覚めが、ひどく悪かった。

頭の回転がにぶい。

私は、とりあえず、テレビをつけた。


すると、訃報のニュースが流れた。


 本日、小説家『多田野ただの 亜歩男あほお』氏が、自宅で変死しているのが発見されました。

 首には、絞められた跡がのこっており・・・。


そのニュースを聞いても、特に何も感じなかった・・・。

物事に対する閃きが、まったく、なくなったのだ・・・。

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