第7夜 いのちの花 (約2400字)

変な夢を見た。


  私は、最愛の妻を亡くした。

  共に人生を歩み、共に愛を育んできたパートナーを失った。

  私たちに子供はない。

  そのため、私にとって、妻は失いがたい宝だった。

  今や、私は孤独となり、カラッポになった。


  ある日、偶然、私は、奇書を手に入れた。

  笑わないでほしいが、悪魔を召喚する方法が記された書だ。

  きっと、眉唾まゆつばものと思われるかもしれない。

  だが、今、私の前に悪魔が立っている。ヤギのような顔をした男が・・・。


  男は、やや甲高い声で、小馬鹿にした口調で、私に話しかけてくる。

 「呼ばれて飛び出てバババ・バーン・・・。あなたが、新しいご主人様ですな。

  わたしのこと、『リンカーン』とでもお呼びください。なんでしたら、『大統

  領』でもかまいませんがねえ。それで、どんなご用で・・・。」


  私は、最愛の妻を生き返らせてほしいと頼む。


  リンカーンは言う。

 「悪いですがねえ、わたしに生き返らせるのは無理ですよ。わたしは、あの・・・

  クソ野郎の神と違い、魂のそういう扱いができないのです。なにぶん、わたし

  は、しょくすのが専門なのでねえ。

  おっと、大丈夫。あなたは、まだ・・・大丈夫ですよ。まあ、わたしと契約した

  のですから、いずれ、いただきますがね・・・。」


 「おっと、話が横にそれてしまいましたな。失敬、失敬。

  生き返らせるだったら、お教えできますよ。ちょっと、準備に金と時間がか

  かるかもしれませんが・・・。」


  リンカーンの話をまとめると、こういうことらしい。


  『いのちの花』という花をつける木が、どこかに存在する。

  その花が散るとともに、『いのちの実』ができ、その実から生命いのちが誕生する。

  この木に『妻のいのちの残骸(遺灰)』を振りかければ、妻の『いのちの花』が

 咲き、実をつけ、妻が誕生するだろう。


  私は、リンカーンの教えに従い、妻の復活のため、以下の準備を始める。


   1.『妻のいのちの残骸』の準備

     妻の遺灰だけではダメらしい。

     1億円を焼いて、その灰と妻の遺灰を混ぜる必要がある。

     いのちは、ではないらしい。


   2.儀式用の仮面の準備 

     能楽で使われるおきな面のような仮面を自分の手で作る。

     そして、自分の血を使い、赤く塗らなければならない。


  時間はかかったが、ようやく『妻のいのちの残骸』と儀式用の仮面ができた。

  リンカーンに準備が整ったことを伝える。


  リンカーンは、口元を歪ませながら、

 「素晴らしい! 今まで、この手の相談は、何度も受けてきましたがねえ・・・。

  ご主人様、あなたが初めてですよ! 本当に準備が出来たのは・・・。

  実に素晴らしい! 奥様のことを本当にお想いなんですなあ・・・。

  では、早速、向かいましょう。いざ、『いのちの花』が咲く場所へ!」


  リンカーンが、私をひっつかむ。

  そして、次の瞬間、私たちは次元をジャンプした。


  私の目の前に、一本木の老木がある。

  これが・・・『いのちの花』をつける木なのか?

 

 「ご主人様。早速、儀式を始めるとしましょう。あなたは、この木のてっぺんに登 

  り、仮面をつけて、灰をすべてふりまく。

  灰をまく時に、『この木にいのちを咲かせましょう!』

  と、唱えるのを、お忘れなく!」

  

  リンカーンは、そう言うと、木のほうへと私をうながす。


  私は、荷物が入ったリュックを背負い、木のてっぺんに苦労しながら登った。

  そして、リュックから、仮面と灰のつまった容器を取り出す。

  私は、仮面をつけ、儀式を始める。


 「この木にぃ・・・いのちをぉ・・・咲かせまぁしょうおぉ・・・」


  私は、叫ぶように唱え、灰を何度もふりまく。

  やがて、灰はカラになった。

  リンカーンのほうを見やると、「おりてこい」と手振りしている。

  私は、仮面をはずし、容器と一緒にリュックにしまうと、木から降りた。


  リンカーンは、ニヤニヤしながら、

 「お疲れさまでした。ご主人様。

  いよいよ、クライマックスです。『いのちの花』が咲き始めましたよ。」


  振り返ってみると、木が燃えていた。いや、実際に燃えているわけではない。

  赤い光が、枝にまとわりつくように輝いている。

  美しい・・・。いのちの光だった。

  しばらくたつと、光は消え、一つの真っ赤な巨大な実が、枝の先に出来ていた。

  『いのちの実』。それは、人間の形に見えた。そして、ドスンと地面に落ちた。


  私たちは、『いのちの実』に駆け寄る。

  『いのちの実』に亀裂が生じていた。

  卵から、ヒナが時に生じるような無数のひび・・・。

  今、生命いのちが誕生しようとしている。

  手が・・・足が飛び出て、最後に・・・妻は生まれた。


  私は、なにも口に出せなかった。まさかの出来事とは、このことなのだろう。

  全裸の美しい妻、ああ、私の女神。

  いろいろな美をたたえる言葉が頭の中を駆け巡る。

  私は、恍惚こうこつとした眼差しで彼女を見つめた。


  彼女は、頭を振り、こちらを見やる。

  と、突然、恐怖に満ちた表情になった。そして・・・叫ぶ。

 「なぜ? なぜ? あなたが・・・。

  ようやく、肉体から解き放たれ、地獄から解放されたと思ったのに・・・。

  自由と人間の尊厳を奪われた地獄の日々から解放されたと思ったのに・・・。」


  私は、彼女の言葉に愕然とした。

  私が・・・彼女の自由を奪った? 人間の尊厳を奪った?

 

  私は、彼女が大切だっただけだ。独り占めしたかっただけだ。

  だから、私は、彼女を・・・・。


  私には、理解できなかった。

  私の思いこみの優しさと過剰な独占欲が、彼女の魂を縛っていたことを・・・。


  否定された私の行為(好意)・・・。

  怒りが・・・怒りが、どこからともなく、こみ上げてくる。

  私の顔には、いつのまにか、能楽の鬼神面「しかみ」が張りついていた。

  私は、妻にとびかかると、その細い首を強く・・・強く・・・強く・・・。

  強く、両手で絞める。


  リンカーンの嘲笑が響き渡る。

 「アハァハァハァハァハァ・・・。おかしいねえ。まったく。

  しかし、わたしは、ついてるねえ。魂をふたつも、いただけるのだから。

  ひとつは、激辛とうがらしの怒り味。もうひとつは、冷涼感たっぷりの嘆き味。

  さて、早速、いただきますか・・・。」


そこで目が覚めた。


私は泣いていた。

私も・・・最愛の妻を〇〇したから・・・。

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