chapter 8「もしも私が彼女に出会えていたら...(負)」 Ⅱ

「いいよ、やってやるよ! アタシを他の女どもと一緒だと思うなよ! アンタたちの外面がどんなによくても性格はどいつもみんな最悪だってこと知っているんだからね!」

「あと、みんな変態ですから」

「うっ―――マジ?」


 コロコロと変わる表情、マシンガンのように口から放たれる罵詈雑言、人を否応なしに巻き込むエネルギー…………。いつまでだって話していたかった。かつての親友がそこにいることが本当に嬉しかった。でも―――。


「じゃあ、そういうことで明日から生徒会に来てください。これは僕からの任命書です。ああ、あともしかしたら僕は今の記憶が無いかもしれませんが、気にしないでください。あなたもユメのセカイのことがあることだし、お互いツッコむのはナシということで」


 生徒手帳の余白を破って即席の「任命書」を作ると若紫に無理矢理渡す。それから置きっぱなしにしていたサーモスと紙コップを忘れずに回収。


「では、ごきげんよう」

「ちょっ! 待ってよ!」


 颯爽と扉に向かおうとしたら制服を引っ張られる。振り向くと泣き笑いの顔をした若紫がじっと夕里の顔を見つめていた。その距離は5センチメートル。きらきら輝く大きな瞳は一等星よりもきれいでたちまち体温が上がっていく。


 ―――え、ええっ、ちょちょっと!?


 わかってはいたが、男の子の目から見ると若紫はこんなにも魅力的だとは。そして、間の悪いことに夕璃の脳裏には元の世界の若紫が話した言葉がリフレインしていた。


『―――私が男だったら絶対に夕璃と付き合うんだけどなー』


 このまま元の世界に戻らずに若紫とこっちの生徒会を続けるのも悪くないなあとちょっぴり思ってしまった…………本当に悪くないかもしれない。


「……もし、もしアンタが明日記憶喪失になるなら、一つだけ聞かせて」


 若紫の手元から光が溢れると一瞬夜の闇よりも深く二人の目を覆った。


「このメール、私を呼び出すのには使ったこのメールは―――」


 ―――ああ、それですか……。


 ちょっとがっかり。

 六条夕里には二見若紫を密かに呼び出す手段を持ち合わせていなかった。そして、夕璃としても二見若紫が通常の手段で応じる性格でもないことも知っている。だから、蛍に頼んで『N0Nam|Ξ』を最後に一度だけ使わせてもらったのだ。


「あのメールの文面…………なぜアンタが…………”彼女”は……」


 呼び出しに使ったメールには特別なことは書いていない。

 

 

 ただ、それだけ。


「ねえ、あの子を知っているの?」


 不正解。あの若紫でも間違えることはあるらしい。

 いや、何もかも間違いだらけだ―――若紫も、そして六条夕璃も―――。

 そもそもの発端は自分の不甲斐なさから始まっているのだから。


 ―――ううん、それも違います。


 お決まりの思考パターンにハマりかけてかぶりを振る。そうじゃない、そうじゃないんだ。修正したら終わりの話じゃない。正しいとか正しくないとかじゃないんだ。

 いつだってこのたった一人の友達はそれとなく教えてくれたのに―――。

 セカイには目には見えない無数のルールがあってニンゲンはいつだってその折り合いに苦しんでいる。そこには一つとして正解はなく、試行錯誤を繰り返すしかない。

 六条夕璃はいつだって走り続けていた。その道が正しいと信じて。けれど、六条夕璃の正しさはもしかしたら誰かをひどく傷つけていたのかもしれない。もしかしたら津島夢呂栖めろすのような人たちと大して変わらないのかもしれないのだ。

 ああ、だから―――。


「世界、て面倒くさい」

「えっ?」

「ううん、”こっち”の話です」


 誰かを救わなければいけない、といかにも黒幕めいたヤツは言った。それが夕璃が元の世界に戻るための唯一の条件なのだと。

 しかし、六条夕璃が救うべき人間なんてこの世界のどこにもいなかった。むしろ逆。一度だって会ったことのない、話したこともない誰かに自分はこんなにも救われていた。

 もしかしたらセカイとはいうものはそういうものなのかもしれない。

 知らないうちに誰かに救われていたように、自分もまた誰かを救っているのかもしれない。そうなればいいなあと夕璃は思う。セカイを飛び超えて助けてくれた親友によく似た女の子の世界が少しでも輝いてくれたなら。


「僕もユメで会ったんです。その生徒会長さんに。いやあ、ああいう人を美少女というんですねえ。品があって教養があって、とにかく完璧という言葉は”彼女”のために―――」

「その言い方…………ちょっとアンタ! 顔をもっとよく見せて!」


 若紫は夕里の顔をいきなり鷲掴みにすると目を細めてじっくりねっとりと観察した。そりゃもう睫毛の一本からに毛穴の隅々に至るまで。


「ねえ、アンタ。私の制服貸すからちょっと着てみてよ」


 いきなりそんなことを言い出すものだから夕璃はしこたま驚いた。そして、本当にセーラーワンピースに手をかけているのを見て心臓が口から飛び出しそうになった。


「じゃ、じゃあ、明日から生徒会がんばってくださいねー!」


 さすがにこのままだとこっちの生徒会長の名誉とナニカに関わりそうだったので小さな頭が襟の中にすっぽり包まれるのを見計らって退散を決め込んだ。立つ鳥跡を濁さず。跡どころか地面が鉄砲水に押し流されている気もするが気にしない。


「あっ、コラ! 逃げるなッ!」


 最後に記憶に焼き付けた姿が首無し星人なのがなんとも微妙だが、しかも、その姿で近づいてくるのがホラーにしか見えないのだが、とにかく夕璃はもう一つのセカイの親友に心の中で別れを告げて屋上の扉を閉めたのだった。


「あ、痛ったー」


 鈍い音とともに聞こえた悲鳴にくすくすと笑いを噛み殺しながら―――。

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