chapter 8「もしも私が彼女に出会えていたら...(負)」 Ⅰ
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こうして長い長い独白は終わった。二見若紫が語っている間、夕璃は魂を吸い込まれたように聞き入っていた。確認したいことや追求したいことは山ほどあるのに言葉は深い水底から浮かんでこない。
「ごめんね、訳のわからない妄想話に長々と突き合わせちゃって。私もさあ、せっかく犯人なんだからもっと壮大で、もう涙無しには語られない復讐劇をバーンっと語りたかったんだけどねえ…………ってちょっと聞いている?」
―――若紫、あなたは…………。
「おーーい、ドン引きするでもバカにするでも何でもいいから反応してくれませんかー? スルーされるのが一番傷つくんですけどー! あー、なんか本当に恥ずかしくなってきた。ああ、こんなこと話すんじゃなかった! サイアクなんですけど」
「…………一つだけ質問していいですか?」
「おっ!? なによなによ一つと言わず何でも質問しちゃってよ。こっちは犯人でそっちは探偵なんだから、お互いもやっとするのはナシでスッキリといこう」
「ユメの中のあなたは今どうしていますか?」
二見若紫の時計の針がピタッと止まった。
「…………どうしてそんなことを聞くの?」
喉から絞り出すように漏れた声。大きな瞳はわななき、それはやがて全身に伝播する。
「知りたいから」
「答えになってないよ」
夕璃の心にあったのは本当にそれだけだった。並行世界の情報がどうやって共有され、あまつさえ実体を伴って飛び越えたなど夕璃もまたどうでもよかった。都合がいいことにそれを全部押しつけるのにちょうどいい人物に一人心当たりもある。
「知りたいんです。その”彼女”が今何を考えているのかを、私は知りたい」
もう一度繰り返す。一つ一つの言葉に想いを込めて、懇願するように。
「…………知らない」
しかし、今まで饒舌に語っていた少女はそう呟くとそっぽを向いた。黒い髪が夜の闇に溶けて輪郭をわからなくする。
「二見さん」
「本当に知らないんだって! 第一そんなこと聞いてどうするの!? アンタたちに私のユメの話なんて関係ないじゃん!」
「じゃあ、どうしてあなたは今泣いているんですか?」
「えっ…………?」
若紫が頬にそっと触れるのを夕璃は見た。それから何度も触れる。その存在がまるで信じられないかのように。最後に「どうして」と小さく呟くのが聞こえた。
「…………ひっどいなあ。かまをかけたでしょ? 夜だし、そっちから絶対見えないじゃん」
振り向くなり若紫は怒ったように言った。夜目に慣れた目でもその顔に涙の痕跡は見分けられない…………注意して聞けば僅かに鼻が詰まった声はしていたが。
「でも、泣いていた」
「うるさい。あと顔ジロジロ見んな」
元いた世界で若紫が泣いた顔を夕璃は一度も見たことはない。けれど、どういう状況なら涙を零すかをわかるぐらいは長く付き合っている。
「あははは」
「笑うな!」
いつもはやられてばかりなので夕璃はちょっと、いや、かなり楽しかった。並行世界と性別変更を乗り越えてやっとできたのはやや情けないが。それにあれだけのことをやらかしたのだから涙の一滴ぐらい泣いてもらわないと親友としてむしろ軽蔑する。実を言うと夕里になっている手前必死に耐えてはいるが、夕璃の涙腺だって決壊寸前なのだから。
「わかりました」
「あー、ホントムカつく…………えっ?」
「犯人はアナタじゃなかったんですね。真犯人は―――もう一人の二見若紫だ」
「ウソ…………信じるの?」
「信じますよ」
若紫はなおも信じられないようで口をあうあうと開くが、言葉にならない。それを見た夕璃はまた涙腺が緩みかけたが、お腹にギュッと力を込めると言った。
「僕が必ずもう一人の若紫さんを助けます」
「そんなの無理だ。何言っているの、バカじゃないの!?」
「ええ、バカですとも。なにせあの生徒会もとい『
「というか、四人ならアンタ数に入ってないじゃん」
「そ、そこは特別枠というか、ほら、『三銃士』だって
「えっ、ええっ!?」
「犯人じゃないとは言いましたが、永井さんと津島さんの件には関わっているわけですからあなたには償うべき責任があります」
別にその答えを用意していたわけではない。完全にノリと思いつきである。
―――まったく……すっかりこっちの生徒会に染まってしまいました。
夕璃は内心苦笑しながらも心臓が鼓動を打つまま、熱くなる心のままに任せた。
「生徒会に入ってください。そして、今まで迷惑をかけた分はきっちり働いてください」
若紫はポカンと口を開け、今度こそ初めて呆気に取られた。
「な、なに―――」
「あっちのセカイでは副会長をやってたと言うのだからまさかできないとは言いませんよね? それとも僕たちと一緒では気後れしてしまいますか?」
挑発してやると案の定息を呑む音が聞こえた。きっと顔は真っ赤になっていることだろう。今夜が新月なのが実に惜しい。
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