chapter 7 「もしも私が彼女に出会えていたら...(正)」 Ⅱ
「プロトタイプ? 何が違うの? 着ている服がメイド服じゃないことぐらいしかわからないけど」
「全然違うだろ! 人工音声だって固いし、CGの造形だって全然甘いじゃないか!? 髪のCGだってサラサラじゃない! どうしちまったんだ、ユーリ!? 『人工少女』の素晴らしさを俺に教えてくれたのはおまえじゃないか!?」
「そ、そうだったけー」
夕璃の中で六条夕里の評価がまた一つ落ちたことはさておき、問題はいるはずのないREAのプロトタイプが「ノーネーム」の中にいるということである。
「つまりどういうこと?」
「そのままの意味だ。『ノーネーム』はGATEがベースになっている。正確には俺たちが使っている『GATE WORK CLOUD』の方だな。REAはGWC専用のアシスタント・コミュニケーターだ。そもそも『ノーネーム』の設計思想がわかったときから違和感は感じていたんだ。情報を収集し、解析する。何かに似ていると思わなかったか?」
―――似ているな。
「…………あっ、僕たちのGATE……」
「そうだ。『ノーネーム』がやっていることは超高性能のAIがないと不可能だ。やっていることはAIのディープラーニングそのものだからな。しかも恐ろしく曖昧模糊ですさまじく膨大なデータ相手のな。似ているとは思ったが、まさかまんまとは」
「(GWCは)市販していた?」
蛍はかぶりを振った。本当にわけがわからないという顔をしている。
「市販はしていない。そもそもGWCは自分たちの活動をやりやすくするために作ったものだ。コストもコンプライアンスも完全度外視のロボットアニメの主役ロボみたいな設計思想で見た目だって完全に趣味だ。もちろん運用データはGATEにフィードバックされるがな」
「僕たち以外でGWCを知っている人は?」
「そもそも秘密運用しているわけじゃない。AOIのGATE関連チームはもちろん知っているし、バカな連中がいそうなところにはもれなく無償提供している。だから、個人を特定することは不可能じゃないが時間はかかるな。でもな、そもそもの問題はそこじゃない」
「???」
「今、挙げた連中はまず考えられない。バカばっかりだが、頭は悪くない連中だ。自分のやりたいことのためにもっと洗練されたものにするはずだ。少なくともプログラムの海にAIナビが埋もれたままにするなんてダサい真似はしない。とにかく問題はプロトタイプが流出していることなんだ。なぜわざわざプロトタイプなんだ?」
元々はAI美少女の秘書を作るプロジェクトだったらしいが、そんなものを(大金と時間をかけて)わざわざ作らなくともAOIには優秀な人材がいくらでもいる。そのためしばらく陽の目を見なかったのだが、当時は中等部だった蛍が半ば趣味で改良を続けていたのだそうだ。
そして、生徒会メンバーに就任するとそのあまりに膨大で非効率な仕事の量にブチキレると一気にREAとGWC(GATE WORK CLOUD)を完成させた。
「普通に他の誰かに頼めばよかったじゃないか…………」
蛍たちが声をかければ手伝ってくる人間、特に女子生徒なんていくらでもいるだろうに。
「何を言っている? こっちの方が断然面白いだろう? それにREAは最高に可愛くて最高にクールだろ!」
「まあ、それは否定しないけどさあ」
心底呆れたものの、夕璃とて蛍の思うところは理解できないわけではない。今の彼らには生身の人間の抱く感情が鬱陶しいことのほうが多いのだろう。それにREAが優秀なのも本当だ。もし元の世界に帰れたとしたら一緒に連れて帰りたいぐらいである。
「津島先輩。確認のために一応聞きますが、アンタじゃないよな?」
「できるわけないだろ! できていたら何の役にも立たないコピペサイトなんか作るかよ!」
「でしょうね。さて、困った。いよいよお手上げだ」
平然としているが、蛍の脳はずっとオーバークロック状態である。時折ミカから指摘があると確認しているが、状況が打開するまでには至らない。
そうこうしているうちに窓の外はすっかり暗くなっていた。
タイムリミットがすぐそこまで迫りつつある。
夕璃が夕璃でいられる時間が―――。
―――まだです! 絶対に諦めてたまるものですか! 考えろ、考えろ、考えろ。
ヒントは必ずあるはずだ。
そのとき夕璃の脳裏にある考え、というより言葉が浮かんだ。
―――「ノーネーム」のサーバーは学院の中にあります。
―――この学院の内部ネットワークは特殊なプログラム言語を使っていることは知っていますか?
「…………あっ」
それは他の誰でもない
「REA、じゃなくてFENA、だっけ? 今まで流れた全てのスパムメールをこれから言う条件でチェックできる?」
「肯定します。しかし、要求されたタスクは処理能力を超えるために時間を要しますが、それでもよろしいでしょうか? 所要時間は―――」
「どうした? 何かヒントでも掴んだのか?」
一縷の望みを託して津島から聞き取りを行っていた蛍が夕璃の様子に気づいて戻ってきた。夕璃はすかさず「ノーネーム」の”クセ”について話した。そして、この世界では旧システムと化している学院のかつての内部ネットワークについても。
「いや、まさか…………そんなことが…………ちなみにどうやって思いついた? 普通は浮かばないよな、そんなアイデア」
二人の間に緊張感が走るが、夕璃は構わずあるがまま伝えた。
「別の世界の自分が教えてくれたんだ」
なぜそうしたかはわからない。感覚でしてしまったとしか説明できない。さすがの蛍もその言葉に呆気に取られていたが、クツクツと声が漏れるとやがて腹を抱えて笑い出した。
「アハハハハ、最高だ! おまえはラマヌジャンか!?」
「???」
「いや、その様子だとギャグじゃなくマジなようだな。いやなに、インドの天才数学者がそういう突拍子もないことも言ったことがあってな。本当の天才というのは次元とか世界とかそういうものを軽々乗り越えちまうということだ」
「…………つまり?」
「
「ホタル!」
「よし、そうと決まれば、スパムの分析は俺たちのREAにもやらせよう。新旧のAI美少女の共同作業とか、最高に燃える展開だな!」
「ごめん、それはわからない」
「わかれよ!」
笑いながら夕璃は心の中でかちり、かちりと見えない歯車が噛み合うのを感じていた。かつての夕璃が叶えることができなかったことが隔てた世界を通して実現しようとしている。
六条夕璃は今、夢をみている。
その夢はどこまでも甘美で、長い夜の始まりはいつかの終わりを感じさせた。
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