11 髄弁ローズは頼られたい
クエストをひとつ終わらせて、三日はお休みだと言っていたヨイチが、昨日ギルドに呼び出されてしまった。
その日の遅くにギルドからお使いの人がやってきて、ヨイチは魔物の巣の討伐に駆り出されたからしばらく帰れない、と伝えてきた。
まだ巣の規模や他の冒険者がどのくらい集まれるかがわからないので、帰還時期は未定。
これまでのデータに基づく推測からすると、半月は会えないかもしれない、とのこと。
「今のうちに二階の足場組んでおこうかな」
ツキコは家を縦にも伸ばすつもりみたい。それはもうDIYの範疇ではないのではと思う。でも豪邸に住むのは確かに憧れるので、誰も止めないし、できることがあれば手伝うつもりでいる。
「食材余っちゃうわね……。保存が効くように調理して、後は修道院におすそ分けかな」
ヒスイはキッチンの番人だ。ヒスイの料理は全部美味しい。人の五倍は食べるヨイチの為に買い込んであった食材について、無駄にしないように考えている。
私は……いつもどおり週三日で薬屋さんの店番をして、それ以外はお家の掃除や洗濯、庭の草木の手入れをする。
皆でヨイチが居ない間の日常を埋める。
ちょっと寂しいと感じているのは、私だけじゃない。
「少ない……」
薬屋イネアルでの店番中、気がついたら口に出ていた。
「どうしたんだい? ローズ」
いつもなら地下の工房に篭もっているイネアルさんが、何故かこのタイミングで背後にいた。
「んと、ヨイチが家にいないの」
「ああ、大きな巣が出たってね。それで、何が少ないのだい?」
「えと……」
イネアルさんは美人さんだ。絹みたいにさらさらの銀髪を肩の辺りで一つにまとめているのが、白い肌と碧色の瞳によく合っている。これで男性なのが勿体ない。
そんな綺麗な顔のイネアルさんが、私を上からじっと覗き込んでくる。
こうなると、白状するまで諦めてくれないことは、勤務歴約半年の私はよく知っている。
「ツキコとヒスイは、家のことしっかりできて、ローズはそうでもない」
実は、家にいても、することがないのだ。
掃除や洗濯は、ヒスイが料理の合間時間に「ついでだから」とぱぱっとやってしまう。
草木のお手入れはツキコが「木材を取るついでに」と手際よく終わらせてしまう。
私に残る仕事といえば、ヒスイが間に合わなくてやり残した僅かな家事と、庭の草むしり程度。
家に貢献できていない。
できることが少ない。
「そんなことないと思うんだけどねぇ」
イネアルさんは苦笑いを浮かべて、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「じゃあ、家のことは二人に任せて、私たちは直接ヨイチを支援しようよ」
「直接?」
私は首を傾げた。
***
「明日からしばらく、残業がある。帰る時間、少し遅くなる」
家でヒスイとツキコに話すと、二人は顔を見合わせた後、私に向かって身を乗り出した。
「あのイネアルさんがローズに残業させるの!?」
「一体何の仕事でローズを遅くまで!?」
「暗くなる前には帰してもらうのよ?」
「日が暮れたら迎えに……いえ、冒険者さんを雇って……」
おかしい。私は二人と同い年のはずなのに、姉二人に心配される妹みたいになっている。しかも二人とも重度のシスコンだ。
「ねえ、ローズは二人と同学年だよ」
思わず言ってみると、二人は再び顔を見合わせ、ハッとなった。
「お、覚えてる覚えてる」
「忘れるわけないじゃない」
忘れられてた。実年齢より若く見られるのはしょっちゅうだけれど、この二人にまで年下扱いされるのは、ちょっとショックだ。
「ポーションの作り方を習うの。工房でしかできない練習もあるから、居残らせてほしいってお願いしたら、残業扱いにしてくれたの」
気を取り直した私の説明に、二人は納得して安堵した。
「なるほど、社員教育ってやつね」
「そうよね、イネアルさんのところがブラック企業なわけがないわ」
私はもちろん、ヒスイとツキコもここの仕事が日本に比べてだいぶ恵まれていることに日々感動しながら過ごしている。
全員、時給換算すると五百ゴルくらいなのは最初安すぎると思った。だけど、この世界の少なくともこのあたりでは、一日三時間働けばその日暮らしができる。
ヒスイは食堂で働き始めてから「お客さんが増えた」「ヒスイ目当ての客が来る」と特別手当をもらっているし、ツキコは「職場の道具や余った素材は使い放題」ということで、家具や家の増築の材料の一部をほぼ無料で入手している。
私は週に三日、あまりお客さんの来ない暇なお店で、イネアルさんの蔵書を読み漁って薬や薬草の勉強ができている。
その上、これからポーション作りもやらせてもらえる。私が作ったポーションが売れたら、売上の一部が貰えるらしいのだ。
「でも、すごく遅くなったらやっぱり心配だわ……」
「警備兵の巡回を増やしてもらえるように頼めないかしら」
また私の年齢を忘れたヒスイとツキコが額を突き合わせて相談をはじめた。
心配してもらえて嬉しいのと、年下扱いに対する微妙な気持ちがせめぎ合った。
ポーションには、傷を癒やすものや魔力を回復するもの、毒や麻痺なんかの状態異常回復や、一時的に筋力を上げるもの等がある。
ヨイチは強いからあまりポーションを使わない。ポーションを作って渡してもマジックボックスの肥やしになるだけでは、と思った。
「今回はパーティで巣の攻略をするからね。ヨイチは他の人のためにポーションを使うんじゃないかな。それは結果的に、ヨイチのためになるでしょ」
確かに、と頷いて、私はイネアルさんに師事することにした。
「ローズ、もう一度やってくれる?」
「は、はい」
特別な泉から汲んできた水に、魔力を込める練習からはじまった。
この世界に来たからには身体の中に魔力がある、らしい。ヨイチなんて魔法が使えるし。
私も例外ではなく、魔力を意識したら身体の中に、元の世界では感じたことのない、力の流れのようなものに気づいた。
その力を手に集めるように集中して、水のはいった小瓶を握りしめる。
水は一回目と同じく、ふわっと光った。ただ、それだけ。
「何も起きませんね……」
才能が無いのだろうか。私が魔力だと思っているこの力の流れは、ただの気のせいかもしれない。
「いや、起きてる起きてる。魔力込めてるのに泉の水の色が変わらないなんて、初めて見た」
イネアルさんはいつも穏やかで落ち着いている人なのに、興奮したり興味のあることに遭遇すると、途端に語彙や落ち着きが国外退去してしまう。
「じゃあ魔力が込められてないってことなのでは」
「ちゃんと魔力は入ってるよ。証明する」
イネアルさんは私が魔力を込めたらしい無色透明の水が入った小瓶のひとつを手に立ち上がった。
ついていくと、工房の机に積んである乾燥させた草をひとつまみ、私に見せた。
「これはロセメリという薬草だよ。魔力を込めた水に入れると、水が青色になって治癒ポーションが完成する」
ロセメリを瓶の中に入れて軽く振ると、水はみるみる透き通った青色になった。
「こっちの魔力なしの水にも入れてみせるよ」
「……青くなりませんね」
「だろう? 魔力に反応して青くなるからね。それにしても綺麗な青だ。ほら、私が前に作ったポーションと比べてごらん」
イネアルさんが作ったポーションと、私の魔力で作ったポーションを並べられる。
「ローズの魔力のほうが、色が薄い?」
「透明度の高い青のほうが、効果が高いのだよ。誇っていいよ、ローズ。これならすぐにお店に出せる」
イネアルさんが手放しに褒めてくれる。
「でも、ロセメリとか、薬草のことはまだあまり。乾燥した状態だと見分けられないです」
「覚えれば済む話さ。あえて言うなら、魔力を過剰に放出してるかな。効率よく量産できるように、ちょうどいい魔力量を扱う練習をしたほうがいいね」
イネアルさんは文字通り、手取り足取りポーション作りを教えてくれた。
店番のときは、薬草の見分け方や種類をひたすら見て書いて暗記している。
休みの日の午前中は工房に入れてもらって、水に魔力を込める練習をした。
ヨイチが巣の討伐に向かってしばらく経ったある日、家へ帰る途中で、その人と出会った。
なるべく賑やかな通りを使って帰るようにとシスコンシスターズに厳命されているので、その日も商店街を通った。
とはいえ、我が家は町の外れにある。どうしても街灯のない場所を歩かざるを得ない。
その、少し薄暗い道の脇で、男の人が倒れていた。
黒髪で、黒いローブを着た、男性にしては小柄な人だ。
「だ、大丈夫? じゃないね……」
男の人は声をかけても意味をなさない唸り声をあげるだけで、私がここにいることに気づいているのかすら怪しい。
男の人は、ヨイチよりふた周りくらい身体が小さいのに、重い。うつ伏せになっていたその人をひっくり返すのに手こずった。
「これ、飲んで」
その時私は、練習で作った治癒ポーションを鞄に持っていた。これも、シスコンシスターズに言われたのだ。転んで怪我した時用に持ってなさい、と。過保護極まりない。でも、役に立った。
「ん、ぐっ、げほっ、はっ、はっ、は……」
男の人はしばらく咳き込み、それから目を開けた。
目が徐々に驚愕に見開かれる。私を認識したみたい。
「天使……」
「へ?」
「ここって天国?」
「現実ですよ、起きてください。まだどこか痛みますか?」
「大丈夫……。えっと……メガネ……あ、あった。奇跡だ、割れてない」
男の人は上半身を起こし、地面に放り出されていたメガネを手に取り、ホコリを払ってから顔に掛ける。
黒髪黒目にメガネって、ますます日本人っぽい。
眼鏡越しに私をみて、再び目を見開いた。
「やっぱり天使では……」
「違うよ」
「……そっか。でも、助けてくれたのだからボクの天使だ。ありがとうございます」
男の人は丁寧に頭を下げてきた。
「ボクの名前は……シスイと言います。命の恩人に、お礼がしたいのですが」
シスイは捨てられた仔犬のような目で、私を見つめていた。
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