12 貴女に出逢えた奇跡

 ボクこと椿木紫水は二回殺された。


 一度目は「事故だった」と言い張るのは、ボクを殺した張本人の不東の弁だ。

 ふざけんな。

 ボクはボクのできる全力で闇の結界を張り、それを突き破られた。

 はじめから、そうなるとわかっていたのに不東は止めなかった。

 殺すつもりはなかったのだろう。あいつにそんな度胸はなかった。

 その後、ボクを土之井と神官が生き返らせてしまってから、不東から倫理観が失くなった。


 不東は、殺しても生き返る術があるのなら、殺すくらいなんでもないと考えやがった。


 本当にマジでふざけんな。

 殺されるのがどういうことか、わかるか?

 文字通りに死ぬほどの激痛に身を捩ることもできず、意識だけが真っ暗に、深い闇に落ちていく。

 ボクの生きたいという意思は全て無意味で、命がこぼれていくのを黙って放っておくことしかできない。

 全身の端から徐々に染み込んでくる「死」と「虚無」の気配。恐ろしいなんてものじゃなかった。


 そうやって死んで、苦痛も憂いも失くなった後。

 今度は死の時の逆再生が起きた。

 体の中心から「生」が無理やり広がっていく。胸をこじ開けられて、そこで生温かいものを無理やり流し込まれるんだ。

 死ぬ前はあれ程望んだ命が、死んだほうがマシな激痛と共に身体に入ってくる。

 放っておいてほしいのに、意識を闇の底から引きずり出された。


 生き返ったボクの視界に最初に入ったのは、真っ青な顔の土之井と神官。それとボクが吐いたものを心底嫌そうに避けながら近づいてくる、殺人犯不東。

 不東がボクに触れようとして、土之井が止めてくれた。起こされたって、まともに歩ける気がしない。

 なんたって一度死んだのだ。身体は死後硬直から「心臓が動いている」状態に戻っただけで、今無理に動かしたらぼろぼろに崩れそうだ。


 担架で運ばれ、普通の食事が摂れるようになったのが二日後。その日のうちに立つことが出来て、翌日には少しずつ歩けるようになった。

 身体は動くようになったけど、頭の中はまだ混乱していた。

 受け答えはできる。しかし、例えばトイレに行くのだって、ついてくれた神官が定期的に促してくれないとトイレに行くことを忘れてしまう。

 ちゃんとした日常生活をひとりで全部できるようになるまで、七日かかった。


 ボクの心と体には、一度死んだせいで何らかの後遺症が残っていたのだ。

 頭の中は常に靄がかかったようで、言葉の裏を感じることができなくなった。

 だから、生き返って七日目の深夜、不東に呼び出されて地下牢へ行く時に、何の疑念も抱かなかった。


「こんなところで、何の話?」

 サントナって神官が城から消えた後、ボクたち付きになった神官のサガートに尋ねる。ここまで連れてきたのは彼だからね。

 だけどサガートは、下を向いたまま無言だ。

「ところで椿木、レベルいくつ? 生き返ってから下がったりした?」

 不意に不東から聞かれて、素直に答えた。

「ううん、38のままだけど……え?」

 やっと、不東が浮かべる笑顔に「悪意」が籠もっていることに気づく。

 遅すぎる。

 以前のボクなら、ここへ連れてこられる前に抵抗していたはずだ。


「またね、ツバッキー」


 殺人犯は再び殺人を犯した。


 再び地獄を見た。

 死んで、生き返った。

 無理やり急浮上させられた意識は一旦暗転し、次に目を覚ますと二日経っていた。

 二度も死んで、死に慣れたのだろうか、頭の中に靄がかかることはなかった。

 ボクの様子を見に来たサガートに、不東が何故こんなことを繰り返すのか、問い詰めた。

 あの野郎、人間を殺しても経験値が手に入ることに気づき、死刑囚も手をかけていた。

 現在レベル48だから、ボクを最低でもあと二回は殺すつもりだと。

 サガートに謝られた。奥さんと子供を人質に取られているらしい。

 どこまで糞だよ、あの野郎。

 ボクは、もう嫌だと、人前だというのに泣きわめいた。

 ボクがひとしきり嘆いて疲れた頃、サガートから、提案された

 サガート自身も、蘇生魔法なんて高位魔法が毎回成功するとは限らないし、身体への負担も大きい。

 だから、ボクに逃げてくれないか、って。

 目の下に隈をべっとり貼り付けたサガートは、そのための準備も整えてあると、何もない空間から荷物を取り出した。

 空間のことを尋ねたら「マジックボックス」という便利魔法らしい。そういうの、最初から教えておいてほしかった。その場で使えるようになったし、無駄話している場合じゃないから飲み込んでおいたけど。


 荷物をボクのマジックボックスに移し、これまでの経緯をこの世界の言葉で書いた。

 そして真夜中に、サガートに導かれて城の外へ出た。


 マジックボックスなんて異世界転移モノの定番チートがあるのなら、転移魔法ってないのかな? とボクはひらめいた。

 外へ出たはいいが、他の町や村へ行くには、どうしてもあの森を超えなければいけない。

 ひとりで真夜中の森は、ちょっと怖い。

 どこでもいいから、安全な町へ。

 そう願って、自分の周りに転移魔法陣を描くイメージと共に、魔力を放出した。


 成功した。が、一部失敗した。


「ぐ……」

 生き返った直後は魔力ゼロの状態だ。二晩眠っただけでは全快していなかった。

 ボクは薄暗い場所でうつ伏せのまま、魔力の枯渇によって動けなくなっていた。

 転移魔法だもんな、魔力の消費激しいものだよね。

 あたりを見回す余裕はないけれど、人工的な明かりを感じるから、少なくとも城の西の森ではなさそうだ。だから、一応成功はしたはずだ。


 体を動かすのも億劫で、仕方なくしばらくそうしていると、足音が近づいてきた。

 足音はボクの近くで止まった。


「だ、大丈夫? じゃないね……」

 声は真上から降ってきた。鈴を転がすような声って実在するんだと初めて知った。

 声の主はボクの身体の下に手を入れて、ボクをひっくり返そうとしている。

 何が起きているのだろう。

 ボクは他の連中に比べたら小柄なほうだけど、一応男だ。声の主は女性だろうから、重いんじゃないかな。

 申し訳ないけれど、指一本動かせる気がしない。

 時間をかけて、ボクは仰向けに転がされた。

「これ、飲んで」

 口元によく知っている形状のガラスビンを押し付けられる。口はかろうじて開けることが出来た。そこに、少しずつ薄甘い液体が流れ込んでくる。

 美味しい。

 今まで回復ポーションは何度も飲んできたけれど、これほど美味しい飲み物は他に知らない。

 てっきり治癒ポーションを飲まされたのかと思ったのに、魔力まで回復している。不思議だ。


「ん、ぐっ、げほっ、はっ、はっ、は……」


 ポーションを飲ませてくれる人は中身が全てボクに流れ込むまで止めることを知らなかった。できなかった呼吸を急いだせいでしばらく咳き込み、それから目を開けた。

 メガネをどこかに落としたらしく、なかなか焦点が定まらない。

 なるべく大きく目をあけて、救い主の顔を見た。


「天使……」


 そこには天使がいた。

 緩やかにうねるプラチナブロンドに縁取られた小さな顔には、大きなサファイヤの瞳が嵌っていて、ボクをまっすぐ見つめていた。

「へ?」

「ここって天国?」

「現実ですよ、起きてください。まだどこか痛みますか?」

「大丈夫……。えっと……メガネ……あ、あった。奇跡だ、割れてない」

 ボクの相棒であるメガネには、この世界で魔法を覚えてすぐ保護魔法を施してある。ボクの魔力と連動しているから、魔法の効果は薄くなっているか最悪切れていてもおかしくなかった。無事で良かった。

 メガネを手に取り、ホコリを払ってから顔に掛ける。

 眼鏡越しに天使らしき人を改めて見た。

 女性だ。小柄で、庇護欲をそそる容姿だ。異世界に来てよかった。こんな可愛い人、日本じゃお目にかかれなかっただろう。

「やっぱり天使では……」

「違うよ」

 冷静に考えて、現実だというなら天使なんていないよね。知ってる。

 本人も否定してるし。

 頭では理解できた、と思う。

「……そっか。でも、助けてくれたのだからボクの天使だ。ありがとうございます」

 ボクは精一杯の感謝を込めて、頭を下げた。


「ボクの名前は……シスイと言います。命の恩人に、お礼がしたいのですが」

 こちら風に名乗り、お礼を申し出ると、天使は困ったという表情になった。

「お礼はいい。それより、どうしてここで倒れてたの? 魔物に襲われた?」

「いえ、魔物に襲われたわけではないのです。初めて転移魔法を使ったら、ここだったのです」

「転移……難しいって聞く。シスイは凄腕魔法使い?」

「どうでしょう。失敗して、ここで倒れてましたから」

 自虐を込めたジョークは、天使にウケなかった。

 天使は顎先に指をあてて、何か考え込んでいる。その仕草も可憐だ。

「シスイ、家はどこ? すぐに帰っちゃう?」

「家は、その……あの、旅暮らしをしているので」

 とっさに嘘をついてしまった。スタグハッシュには帰りたくないから、家と呼べない。宿なしと言うのは格好悪い。この世界には冒険者がいるくらいだから、旅暮らしは変じゃないだろう。

 天使は不思議そうな顔でボクを見つめた。旅暮らしは拙かっただろうか。

 しかし次は何かを考えるように少し俯き、顔を上げた。

「お礼、やっぱり欲しい。あと一週間、この町に居てくれる?」

「一週間と言わず、貴女の近くならいつまでも」

「……シスイ、重い」

 天使に引かれたので、ボクも一旦冷静になって理由を尋ねた。

 このあたりは街灯がなく、日が暮れてから女ひとりで歩くのはよくないと、家族に心配されている。

 しかしこの道はどうしても通らねばならない。

 一週間ほどで信頼できる身内が冒険者のクエストから帰還するので、それまでの間、この道を警戒していてくれないかということだった。

「日が暮れて、一時間くらいでいいの。お願いできる?」

「それは確かに危ない。貴女を護るためなら、喜んで引き受けましょう」

「助かる。お願いします。……じゃ、遅くなると怒られるから」

 天使はぺこりと頭を下げてから、振り返らずに走り出した。


「天使って本当にいるんだなぁ……」

 これがボクの運命を変える出来事になるとは、このときはまだ知る由もなかった。


 差し当たって今夜はどこで寝て、今後生活に必要なお金を稼ぐのにどうしたら良いのか、全く考えていなかった。

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