5 無差別召喚被害者の会

 ものすごく大量に食べるからと遠慮したのに、結局修道院の食堂で振る舞ってもらうことになった。


「保存食を入れ替えたいのですが、配り切れなかった備蓄がまだ大量に残っておりまして。たくさん食べてくださると無駄にせずに済むのです」

 シスターは言葉を選んでいたけど、要は『賞味期限切れ間近の食料が余ってる』ってことだろう。今の僕には有り難い。

 出されたのは、干した野菜やチーズを工夫して調理したものが多かった。

 修道院なのに大きなベーコンが出てきたときは、思わず二度見してしまった。

「野菜の取れない季節は魔物肉のほうが安上がりだったりしますの」

 つまり節約術の一つだ。合理的な経営をしているらしい。


 十人くらい食事ができそうなテーブルいっぱいに並べられた料理のほとんどを、僕一人で食べきった。

 途中で遠慮しようとしたら、「遠慮なさらずに」と更に追加が出てくるのだ。


「横伏くんて、大食いだったのね」

「前はこうじゃなかったんだよ。こっち来てからのスキルのせいだと思ってる」

「変なスキルがあるのね」

「うん。僕も困ってる。あの、ご馳走様でした」

 たっぷり食べて、久しぶりに満足した気分になった。

「一息ついたら、話をしましょう。ヒスイ、私の部屋に二人を呼んでおいてくれる?」

「はい」


 食後のお茶の後、シスターの部屋へ案内された。




***




 シスターの部屋には、冬武さんと、冬武さんが呼びに行った女の人二名がいた。


「ほんとだ、横伏くんだ」

「ウチら以外にも召喚されてたのね」

「冬武さんもだけど、どうして僕のこと知ってるの?」

 学校で目立った覚えはない。

 成績はそこそこで、運動神経も普通だし、見た目に至っては目つきが悪い。

 何より陰キャで、友達もそんなにいなかったし。


「いつも前髪で目元隠してる男子がいる、って有名よ」

「なんだそれ……」

 思わず頭を抱える。目隠し前髪が逆に目立つとは。



 二人は、節崎ふしざき月子つきこさんと髄弁ずいべんローズさん。

 薄々予想していた通り、彼女たちもこの世界に強制召喚されていた。

 節崎さんは長身でスレンダーな、キリッとした人だ。肘の包帯は修道院の備品の修理中に怪我をしたものらしい。

 髄弁さんは欧米系とのハーフで、瞳は青、髪はプラチナブロンドと見た目は日本人らしくない。背も低くて、同級生だと思わなかった。


 全員、この世界に来るまで、接点は殆どなかったらしい。



 まずはお互いの状況を整理するために、それぞれに起きたことを時系列順に話すことになった。

 最初は三人の方だ。




 三人を召喚したのは、アマダンという国の人たちだ。地理的には、スタグハッシュと河を挟んで真北に隣接している。

 スタグハッシュが英雄召喚に成功したから、こちらは対抗して聖女を呼べという王命の元、理不尽にも召喚されたのが、この三人。

「召喚って、国同士の対抗に使うものなのか。異世界から勝手に喚ばれるこっちの身にもなれよな」

 僕が憤ると、冬武さんも同調した。

「こっちの都合を考えない、身勝手な人たちだったわ」


 約三ヶ月前、冬武さんたちは召喚されてすぐ、何の説明もないまま、透明な丸い玉に手を置けと命じられた。

 事態がわからず拒否すると、力ずくで手をひかれ、玉に載せられた。


 三人とも何も起きなかったとみるや、召喚した場にいた一番偉そうな人――多分王様――は一言。


「違ったか。ならば用はない」



 そして「聖女を喚ぶつもりだった」「貴女たちは聖女でなかったから」ということだけ簡単に告げられた後、問答無用で一方的に修道院へ送り出されたという。




「……そいつら殴りたい」

「ウチも、殴らなかったことを後悔してる」

「直に殴ると手を痛めるから、バールのようなものを用意してから」

「機会があったら私も是非」

「そうしよう」


 アマダンの奴ら殴ろうぜ同盟がここに結成された。




 三人の話にはまだ続きがある。


修道院ここは、身寄りのない女性のための施設よ。シスターは突然連れてこられた私達に驚いてたけど、すぐに納得してたわ」

 アマダンでは時折、愚昧な王が成功した試しのない『聖女召喚』を行い、修道院に尻拭いをさせていた。

 そして、修道院は残酷な事実を告げる役も受け持っていた。



「元の世界へ帰る方法、無いんですって」

 冬武さんが沈んだ声で告げた事実を、僕は既に知っていた。




 スタグハッシュに召喚された五人のうち、特に日本へ帰りたがったのは土之井だ。

 亜院と椿木はこちらの世界が肌に合ったらしく、日本へ帰る気は無いと言い切っていた。


 土之井は魔物討伐や訓練の合間を縫って、勇者候補権限で城の図書室の書物を読み漁り、帰る方法を模索し続けていた。


 一時期、酷く無気力になっていたから、多分手がかりが見つからなかったのだなと悟った。



「それで、修道院でお世話になっていたのだけど……私、さっきの伯爵に見初められて」

 当時のことを思い出したのか、冬武さんはうつむいた。


 僕はこっそり眉をひそめた。


 召喚された女性は、貴族の間で人気があると、スタグハッシュの兵士たちが話してるのを聞いたことがある。

 かなり下衆い理由だった。

 僕たちが全員男だったのが惜しいとまで言っていた。


 冬武さんはシスターに願い出て、修道院への寄付と、他に召喚された二人には手を出さないことを条件に、嫁ぐことにした。


 結果は……先程までの通りだ。

 伯爵は契約不履行ということで、冬武さんが嫁ぐ話は白紙に戻った。



「ウチらに黙って決めちゃうんだもん」

 節崎さんがぷりぷりと怒っている。

「ヒスイ、もう行かないでね」

 髄弁さんがヒスイさんを見上げる。

「ごめんね。もう離れないよ」

 冬武さんが髄弁さんの頭を撫でると、髄弁さんは猫のように目を細めた。


「横伏くんの方はどうだったの?」


 問われて、僕の事情と、一緒に召喚された四人のことと、そいつらに捨てられたという話をした。


「なっ、なにそれ本当!? 男の……いえ、人の風上にも置けない……!」

 何故か冬武さんが憤慨し、節崎さんと髄弁さんも「同意」と頷いた。

「いや、まあ許せることじゃないけど、僕が弱かったのは事実だし」

 女子三人の勢いに、思わず元仲間をちょっとだけ庇ってしまう。


「そんなことないよ! 助けてくれた時、強かったよ! 私を追ってた人、かなり強い人だったんだよ!?」

「えっ?」

「具体的には冒険者ランクAの人だよ!」

「A!?」

 冒険者ランクで言えば不東より強い人から逃げ切れたのか。

 いや、不東のランクはあの詐欺神官がレベルだけ見て勝手につけたものだから、正確なところはわからないけど。

「あと伯爵も。貴族は強いから貴族を名乗れるのよ」

「え、強かったの?」

 枯れ葉みたいな感触の手をした人が強いとは思えない。

 きっと有名無実ってやつだ。


「トウタ、日本で見たときよりたくましい。頑張って強くなったんだね」

 髄弁さんが僕を見上げている。初対面のはずなのにいきなり名前呼びするあたり、欧米の血だなぁと妙なところに感心してしまう。


 頑張ってというか、気づいたらこうなってただけなのだけど。


 ここで、それまで黙って聞いていたシスターが、口を開いた。


「トウタさん、話はわかりました。貴方も修道院ここに、と言いたいのですが……申し訳ありません。修道院は基本的に男子禁制なのです」

 丁寧に頭を下げられて、こちらが慌てる。

「元々お世話になるつもりはないです。食事まで頂いておいてなんですけど、僕のことはお気になさらず」

 ご飯は備蓄処分という名目だったとはいえ、今度お礼をしようと思う。

「ご理解に感謝いたします。しかし、この後どうなさるおつもりで?」


 シスターの言葉に、何故か女子たちが顔を見合わせた。


「この町には、冒険者になるつもりで来ました」


 前の村で、ビイラさんに貰った書状のことを話した。


「でしたら、私も口添えしましょう。それと……」




***




 シスターに紹介されたのは、修道院の近くにある空き家だ。

 五年前に持ち主が手放し、町の外れということもあって買い手がつかず、修道院が『いずれ人が増えたときのために』と土地ごと安く買い上げていたものだ。


 これを、僕にたったの10万ゴルで譲ってくれたのだ。


「安すぎませんか?」

 いくら僕でも、6LDKの家一軒が土地付きで10万というのがどれだけ破格か、理解できる。

「修道院の別棟としては大きさが微妙で、持て余していたのです。それと、一つお願いを聞いていただきたく」

「何でしょう」

「修道院の近くということで……良からぬ想いを抱く者が勝手に住み着くことが何度かありまして」

「警備か護衛代わりというわけですね」

「ええ。お願いできますか」

「僕でよければ」

 人、しかも男が住んでいるというだけでも牽制くらいにはなるだろう。

「こんなに心強いことはありません」

 にっこり笑うシスターは、僕を買いかぶり過ぎな気がする。




 五年も空き家、しかも不届き者が勝手に使っていたということもあって、家の中は荒れていた。


 その家の中に、何故か女子三人がついてきた。よく見れば、全員大掃除装備が万全だ。


「横伏くんは冒険者ギルドへ行っといでよ。その間にやっとくから」

 節崎さんが肩に担いでいた木材を下ろし、腕まくりをする。

「やっとくって、何を」

「ツキコは大工仕事。ローズとヒスイは掃除する」

 髄弁さんは木桶と布を手に水場へ向かった。

「いや、あの?」

「流石に半日で全部は無理だから、今日はキッチンと寝室だけかな」

「じゃなくて、どうして?」

 冬武さんは頭に三角巾をキュッと巻き、僕に向き直った。


「横伏くん、ここにひとりで住むつもり?」

「そうだよ。そうだよね?」

「冒険者として仕事している間、留守番は? 魔物を討伐して疲れて帰ってきて、食事はどうするの? 普段の家事は?」

「留守番はしょうがない。家事は自分でできるよ」

 日本でも一人暮らしをしていた。料理はあまり上手くないけど、家事は一通りできる。

「住み込みのメイドがいたら、便利だと思わない?」

「そりゃあ助かるけど……まさか」


 冬武さんは大きな胸をぐいっと張って、宣言した。



「私達も、ここに住むから!」



「全員集合っ!」

 日本の学校教育の賜物か、僕の叫びに女子三人は僕の前へビシッと並んだ。

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