4 大きな町に到着
ビイラさんに今後どうするのかと聞かれ、とにかくスタグハッシュから離れたい旨を伝えると、大きな町までの行き方を教えてくれた。
「ここから北に、モルイという町があります。対立国のアマダンに近いところですから、スタグハッシュの目も届きにくいのです。ひとまずその町で様子をみてはどうでしょう。この村にも乗合馬車の駅がありますよ」
ビイラさんには、僕が異世界から召喚されたことは伝えていない。
スタグハッシュへは兵士志願として入城、そこで城の人に騙され、仲間は僕が死んだと思っている、ということにしておいた。
あの連中に生きていることを知られたくない本当の理由と、スタグハッシュにいた理由を上手く誤魔化せたと思う。
「モルイに行ってみます。本当に、お世話になりました」
「こちらこそ、助かりました。またいつでも来てください」
城から着てきた装備は村の鍛冶屋さんに引き取ってもらい、報酬で装備を整えた。
城のものを持っていたくないのもあったけど、なにより、サイズが合わなくなってしまったのだ。
筋肉魔人のせいだ。
報酬を少しでも村に還元したくて一番良いのを頼んだのに、それも合わなかった。
鍛冶屋の親父さんに見繕ってもらうと、大きすぎて売れ残っていたものだからと、かなりの安価で装備が揃ってしまった。
どれもこれも、僕に誂えたようにしっくりくるのですが……本当に売れ残りですかね?
親父さんを見ると髭面でニヒヒと笑われ、「また寄ってくれよ」と言われた。
ありがたく受け取っておこう。
***
乗合馬車に揺れること約二時間。モルイの町に到着した。
まずは冒険者ギルド……の前に、腹ごしらえだ。
朝食はビイラさん夫妻のご厚意でしっかり頂いたというのに、もう空腹になっている。
食欲魔人、恐るべし。
この先、自分の食費を稼ぐためにも頑張って冒険者をやらなくては。
……召喚なんてされなければ、今頃は高校で遊んで……じゃない、真面目に勉強していたはずなのに。
思考が異世界に染まっていることに、ようやく気づいた。
いやいや、現実逃避している場合じゃない。
軽く頭を振って、適当に歩き出した。
乗合馬車の御者さんあたりに道を尋ねるべきだった。
明らかに雰囲気の怪しい場所に出てきてしまった。
建物の扉は全て閉まっているか、開いていても怪しげな笑みを浮かべる人がこちらを無遠慮に見つめている。
すれ違う人は皆フードを目深に被り、誰とも目を合わせない。……最後のは人のこと言えないか。
物を売っているらしい露店では、いつお金をやり取りしたのかよくわからないまま店主と客が売買している。
全体的に、一見さんお断りの雰囲気が漂っている。
早くここから抜けようと早足になった時だった。
「待てコラぁ!」
男の声がする方を見ると、淡い水色のドレスを着た女の人が男に追いかけられていた。
女の人は僕の目の前でなにかにつまづき、盛大に転んだ。
「はぁ、はぁ、手こずらせやがって」
フードを目深に被った男が息を切らせながら追いつく。
そして女の人の腕を掴み、強引に立たせようとした。
だからつい、男の手を掴んで捻り上げてしまった。
「んだよてめぇはよぉ!?」
「女の人に乱暴するのは良くないと思って」
レベル100の効果なのか何なのか、僕はとても落ち着いていた。
以前だったら、こんな場面に遭遇してもこっそり警察に通報するくらいしかできなかった。
暴漢を物理的に止めるなんて、実行しても成功しない。
なにより、女の人が不当な目に遭っていると、はっきり理解していた。
僕の手を振りほどこうとしてもがく男性は、別の手で腰のナイフを手にした。
「あぶないっ!」
女の人がナイフに気づいて僕と男の間に割り込む寸前。
僕は空いている手でナイフを叩き落とし、ついでに前髪をかきあげて男を睨みつけた。
目つきの悪さを存分に活用したのだ。
「ヒッ!?」
男が怯んだ隙に、女の人を横抱きにしてその場から全力で逃げた。
人の多い場所に出て、後ろを振り返る。男は追ってこないようだ。
「あの……」
横抱きにしたままの女の人が僕を見上げる。
事態を改めて見直すと、僕は女の人を突然お姫様抱っこして逃げた野郎だ。この状況拙くない?
「ご、ごめんっ! 無理やり……」
とりあえず、女の人を下ろした。
「いえ、助かりました……」
女の人をよく見ると、黒髪黒目で日本人みたいな顔立ちをしている。歳も同じくらいかもしれない
日本じゃ見慣れないドレスを着てるから、ぱっと見気が付かなかった。
そのドレスはあちこちほつれ、薄汚れている。必死に逃げていたのだろう。
この後、どうしたらいいのか。どこかへ送り届けるべきだろうか。
「もう大丈夫みたいだけど、どうする?」
話しかけると、女の人が思いもよらないことを言い出した。
「横伏くん……?」
名前を呼ばれて硬直していると、女の人は僕にすがりついた。
「横伏くんよね!?」
「う、うん。どうして僕を?」
「私、
「同じ高校!?」
しかも、同級生。友達は少なかったし、同級生全員の顔と名前なんて覚えていない。ましてや女子との接点は皆無に等しかった。どうして僕を知っているのか。
「やっぱり間違いないわね。突然で申し訳ないのだけど、お願い、一緒に来て!」
説明の間も与えられず、僕は冬武さんに手を引かれた。
案内されたのは、町の外れにある教会のような建物だ。
冬武さんは『修道院』だと言っていた。
建物に入ってすぐの大きな両開きの扉に立つと、中から怒鳴り声が聞こえる。
「ヒスイちゃんはどこだ!? いないなら、残りの二人のどちらか……ええい! 二人共よこせ!」
「彼女達には手を出さないという約束です。ヒスイはどうしたのですか? 二人を放って逃げ出すような子ではありませんから、どうせ貴方が何かしたのでしょう?」
「黙れ、いくらお前でもこの私に……」
急いで扉を開け放って、今にも殴られそうな女の人――服装の感じからしてシスターかな――の前に割り込む。
拳を振り上げていた男はぴたりと手を止めた。冬武さんを追っていたのとは別の男で、貴族みたいな格式張った服を着ている。
「誰だお前……ヒスイちゃんっ!」
男は僕を無視して両手を広げながら冬武さんに近づいていく。
僕の背後にまわった冬武さんは身を縮こまらせて後退った。
「戻ってきてくれたのだね! さあ、もう回りくどいことはやめて、さっさと結婚しよう! ちょうどここは教会だ!」
「修道院での挙式は承っておりません」
シスターが冷静に突っ込む。
僕は男の肩を掴んで、歩みを無理やり止めた。
「? 何だね君は。手を放したまえ」
「彼女がどうみても嫌がってますから」
「庶民が伯爵たる私に口答えをするなあ!」
顔に向かって来る拳が、とても遅い。
何のつもりなのかな。
片手で受けると、ぺしょ、と気の抜ける音がした。
同時に、シスターと冬武さんから短い悲鳴が上がる。
「どうしたの?」
男の手を受け止めたまま後ろを振り返ると、悲鳴を上げていた二人は唖然としていた。
「よ、横伏くん?」
「はい」
「手、は大丈、夫?」
冬武さんが何故か片言だ。
「僕の手は何とも。この人の手もまだ潰してないよ」
男の人の手のはずなのに、このまま握りしめたら枯れ葉みたいにくしゃりと潰せそうだ。
「なっ!? は、放せっ!」
僕に手を潰す気があると勘違いしたようだ。
例えで言っただけで、誰が好き好んで人の手なんか握りつぶすものか。
男の手を握っている状態が気持ち悪かったので、男が思い切り腕に力を入れて手を引こうとした瞬間に離してやった。
男は勢いがついたせいで、派手にすっ転んだ。
「シスター、あの方、私を監禁しようとしたのです。それで……寄付なんてするつもりはない、他の二人も手中に収めると話してました」
「本当ですか、ヒスイ」
冬武さんが僕の後ろでシスターに頷いた気配がした。
……『頷いた気配』? どうして僕にそれが解るんだ?
「痛てて……ヒスイちゃん、それは誤解だ! その、ヒスイちゃん一人じゃ寂しいだろうから私が……」
「それはしない、という約束でしたよね? ミネアーチ伯爵?」
シスターは40代くらいの小柄な女性だ。
顔に笑みを浮かべたシスターから発せられる威圧に、伯爵とやらが震えている。
「いや、その……ハハ……」
「監禁? 私はヒスイが幸せならと送り出したのですが? 自由を奪われたヒスイが幸せになる未来など全く見えませんね」
ずい、ずい、と伯爵ににじり寄りながら、シスターが責め立てる。
伯爵はずりずりと膝で床を擦りながら、後ずさる。
「し、しかしシスター、当家に嫁ぐのであればそれなりの教育というものが必要で……」
「
「いえそんなことは!」
シスターが伯爵を壁際に追い詰めている間に、冬武さんに話しかけた。
「他の二人っていうのは、この先?」
「うん。あとで案内するね」
建物の中には、ここにいる四人を含めて十二人いる。そのうち二人は奥まった場所にいる。
……だから、どうして人の気配なんてものが解る……いや、
もしかして、これが[魔眼]の力かな。
僕と冬武さんが話している間に、シスターは伯爵を修道院から追い出していた。
「ヒスイ、大変な目に遭いましたね。……あの男の元へ送り出したのは、私の間違いでした。申し訳ありません」
「シスターは悪くないですっ! 伯爵のところへ行ったのは私の意思ですから」
「では、この話はまた後で。それで、こちらは?」
冬武さんを柔らかい眼差しで見つめていたシスターが、僕には少し厳しい目を向ける。
この修道院には女性しかいない。
さっきの伯爵のこともあるし、男というだけで警戒対象なのだろう。
動いた時に前髪が揺れて、このいかにも悪人な目つきを見られたかもしれないし。
目つきのせいで初対面の人によく思われないことについては、とっくの昔に諦めている。
「シスター。この方は私と同郷なんです。偶然出会って、伯爵の追手から助けてくれました」
冬武さんが僕を紹介をすると、シスターは全て承知した、とばかりに頷いた。
表情から警戒心が抜け、少し申し訳無さそうな顔になった。
「そうでしたか。では、詳しい話は奥で。ヒスイ、二人も呼んでちょうだい」
「少し待ってください」
シスターと冬武さんが動こうとするのを、僕が制した。
「その前に、昼食がまだなので食べてきます」
空腹が割と限界だった。
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