6 冒険者ギルド

 女子三人の荷物を改めて見ると、それぞれの生活用品もばっちり揃っていた。


 なんとシスターから「面倒を見て差し上げなさい」とのお達しもでているという。

 三人は言われる前から、僕についていこうと決めていたらしい。


「だからって、嫁入り前の娘が色々と真っ盛りの男のとこに乗り込むのはどうなの!?」

 混乱しているのは僕一人だ。混乱のあまり自分が何を口走っているのかよく把握できていない。

 何故だ。どうしてこうなった。


「横伏くん、そういうことする人には見えないし」

「見えなくても僕は男だよっ!?」

「横伏くんには助けてもらったから、お返しできると思ったのに……」

 冬武さんがしょんぼりとうつむく。芽生える罪悪感。

「ぐぬ……だって、皆はいいの? 他人の男とひとつ屋根の下だよ?」

「ウチは横伏だったらいいよ」

 堂々とあけっぴろげなことを仰る節崎さん。サバサバしすぎて色気を感じないのはどうなの。

「ローズはトウタの近くだと安心できるから、一緒に住みたい」

 髄弁さんはどうしても年下にしか見えない。妹がいたらこんな感じかな。

「どうしても駄目なら、修道院に戻るから」

 ここまで言われてしまうと、無下にもできない気がしてくる。


 その上、女子三人の懇願するような視線に、耐性のない僕が敵うはずもなく。



 なし崩し的に四人での生活が始まったのだった。




***




 三人に掃除をしてもらっている間、僕は言われた通り冒険者ギルドへやってきた。

 三人の掃除欲の前に、邪魔をしてはいけないと本能が囁いたのだ。


 冒険者ギルドへの道はシスターが教えてくれたので、迷わずたどり着けた。


 中へ入り、早速受付へ向かう。


「こんにちは。ご用件は何でしょう?」

「冒険者になりたいです。それで、これはイデリクの村長さんからと、修道院のシスターの書状なのですけど」

 受付の、20代後半くらいの女性に三枚の書状を渡すと、受付さんは「確認させていただきます」と言って書状を一枚ずつ読み始めた。

 イデリク村のビイラさんが持たせてくれたうちの、後から書いてくれたほうに目を通すと、受付さんの表情が曇った。

「これは……。こちらの板に手をおいていただけますか? ……はい、結構です。少々お待ち下さい」

 黒いタブレットみたいな板に手を置くと、表面がさあっと光り、受付さんの手元にある箱がレシートみたいな紙を吐いた。

 その紙と書状を手にどこかへ行き、しばらくすると壮年の男性を連れて戻ってきた。


「スタグハッシュで冒険者カードを持たずに魔物討伐していたというのは、君かね」

「はい」


 壮年の男性は、冒険者ギルドの統括、つまりここの最高責任者だ。

 鍛え上げられた身体は陽に焼けて逞しく、冒険者はとっくに引退していると後日聞いたときは、現役でいけそうなのにと驚いた。


「統括、こちらです」

 受付さんとは別の、役職が高そうな女性が統括に書類らしきものを手渡した。

 統括はそれを眺め、むぅ、と唸る。


「名前は?」

「横伏藤太……トウタです」

「他に、似たような境遇の者に心当たりは」

「あります」

 四人の名前と、例の詐欺神官の名前も聞かれて答えた。


「間違いない。サントナという者が不正を働いたようだな。この件はこちらで処理し、後ほど適切な補償をする。それでいいか?」


 書状と、何かが書かれた書類、そして僕が名前を言っただけであっという間に色んなことが決まってしまった。


「構いませんが……どうして僕の言ったことが本当だと解るのですか?」

 統括は一瞬だけ怪訝そうな顔をして、次に「そうだったな」とひとりで納得した後、説明をしてくれた。


「冒険者カードは最新鋭の情報端末魔道具だ。本人が持たねば機能せず、こちらの総合端末で調べれば不正はすぐにわかる。冒険者になる者には必ず説明しているのだが、サントナとやらはあえて説明しなかったのだろうな」

「なるほど」

 サントナは僕たちが異世界人だから、騙し通せると思ったのだろう。


 受付さんがスマホより少し薄い黒い板を持ってきて統括に渡した。統括は板を僕の前に置いた。


「これが君の冒険者カードだ。サントナのところにあるカードは既に無効になっているから安心してほしい」

「ありがとうございます。えっと、これでもう僕は冒険者になったと考えてもいいのですか?」

「ああ。冒険者ギルドは新たな冒険者、トウタを改めて歓迎するよ」

 統括に握手を求められ、握り返した。



 冒険者ランクは、これまでの実績にビイラさんの推薦状を加味してランクCからのスタートと決まった。


 冒険者カードはスマホに見えるなぁと思っていたら、本当にほぼスマホだった。

 自分のランクの確認は勿論、冒険者同士の連絡の取り合いや、請けているクエストの進行状況と履歴の閲覧、お互いの了承を得て登録しあえば冒険者個人の情報を見ることなどができる。

 微量の魔力で動き、魔力は自分でチャージできるため、電池や充電は不要。

 ただし、通信機能は離れすぎていると使えないし、さすがにソシャゲやインターネットは無い。


 カードの説明と冒険者の心得講座を一通り受けて、帰る頃には日が暮れかかっていた。

 本格的にクエストを請けるのは明日からにしよう。




 家は、荒れていたのが嘘かと思えるくらい綺麗になっていた。

 家の前では節崎さんが木材を片付けている。

 僕に気づいて、手を振ってくれた。


「おかえりトウタ」

 節崎さんもいつのまにか僕を名前呼びしている。

「ただいま。……節崎さん、その肘ってまだ傷残ってるの?」

 節崎さんの左肘には、初対面のときから包帯が巻かれていた。

 修道院でも大工仕事を受け持っていて、その時の不注意で怪我をしたそうだ。

「ああこれ? もう痛みはないよ。傷跡がグロいから隠してるだけ」

「実験みたいで悪いんだけど、治癒魔法を試させてもらっていいかな」

 節崎さんは目を丸くした。

「へぇ、魔法が使えるの? 是非やってよ!」

 快諾を得たので、包帯を取って突き出された肘に右手を翳す。


 傷よ治れとイメージしながら、魔力を放出する。

 土之井がやってくれたのとは違い、一瞬だけぶわっと光ってすぐに収まった。


「わっ!? ……大丈夫?」

 自分で驚いてしまった。

「びっくりしたぁ。……おお、消えてる! 凄い!」

 節崎さんは肘を色んな角度から眺め、傷跡がないことを確認すると、笑顔になった。

「よかった。治癒魔法は鈍痛が残るんだけど、半日くらいで……」

「いや、痛みなんて残ってないよ? 全く痛くない」

「え?」

 おかしいな。いや、鈍痛が残る話の出どころはスタグハッシュの神官だ。

 また騙されていた可能性が高い。

 しかし、僕は土之井の治癒魔法で鈍痛が残っていた。何故だろう。


「節崎さんが痛くないならいいか」

 一旦深く考えるのをやめた。

「ありがとな!」

 節崎さんに背中を軽くぱちんと叩かれた。彼女なりのお礼だ。




「トウタおかえり」

「おかえりなさい、トウタくん」

 家に入ると、髄弁さんと冬武さんに出迎えられた。

 キッチンからはいい匂いがする。

「トウタ、すごくよく食べるって聞いたから、いっぱい作ったよ」

「今日は簡単なものしかないけどね」

 元からあったテーブルは小さくて、料理が全て乗らなかったらしい。僕が食べた側から冬武さんが給仕してくれる。

「自分でやるから、冬武さんも座ってよ。今日は皆疲れてるでしょ」

「平気よ」

「ご馳走様。ヒスイ、私が代わるよ」

「そう? じゃあお願い」

 素早く食べ終わった節崎さんが立ち上がり、冬武さんを座らせた。

「トウタ、おいしい?」

「うん」


 女の子三人と一緒に住むなんてとんでもない、とまだ思うところはある。

 だけど、こういうのはいいな。




***




「[鑑定]で、[魔眼]のこと見られない?」

 夕食後、キッチンでそのまま皆と駄弁っていて、異世界召喚によって得たチートについての話になった。


 僕が[魔眼]の効果がわからないことと、[鑑定]のスキルがあることを話すと、髄弁さん……じゃなくて、ローズに言われたのだ。

 食事中に「ここの習慣に合わせましょ」と言われて、皆を名前呼びすることになった。こっちはまだ慣れない。


「モノや魔物にしか使えないと思い込んでた……」

「ラノベ界じゃ常識。トウタはあまり読まなかった?」

「読んだことはあるけど、我が身に起こるとよくわからなくなる」

「その気持ちはわかる」

 節崎さんことツキコがうんうんと頷く。ツキコもラノベ愛読者だったらしい。

 ラノベを読んだことがないという冬武さんことヒスイは首を傾げていた。


「じゃあ、早速」



[魔眼・解放]

 眼に魔力を宿した者が得るスキル。解放済み。

 解放条件:命の危機

 効果:視界に入った魔物を倒した場合、経験値上昇×100

    視線に魔力を乗せる

               ]

               ]



「あれ?」

「どしたの?」

「いや、思ってたのと違ってて」

 修道院で背後にいたヒスイの仕草や、ツキコとローズの位置が『視えた』のは、[魔眼]の仕業じゃなかったのか。

 あと、効果の欄に奇妙な空白がある。何かを隠されてる気がするけど……見えないのでは仕方ない。


「どんなスキルだったの?」

 ツキコがわくわくした顔を僕に近づける。

「待って、もう一つわからないのがあるから、そっちも見る」


 もう一つのよくわからないスキル、[心眼]も[鑑定]した。



[心眼]

 物理的に見えないものを見ることができる。

 効果:気配察知

    急所特定

               ]

               ]



 こっちだった。他人の心が読めるわけじゃないことに一番ホッとする。


 安心したところで、皆に鑑定で得た情報を共有した。

 ついでにレベルも白状しておいた。


「……トウタ、かなり強くない?」

「うん、これぞチート感がする」

 ローズとツキコが額を突き合わせてヒソヒソする。本人の目の前なのに、ヒソヒソする必要はあるのか。

「すごいのね。よかった」

 ヒスイが純粋に喜び、その場の注目を集めた。


「よかった、って?」

「だって、トウタくん、これから魔物討伐を仕事にするのでしょう? だったら強いに越したことはないわ」

「確かに」

「でも、危険な目にあうことには変わりないのよね。トウタくん、今更言うのも何だけど……無理はしないでね」

「うん」

 心配してくれる人がいるという事実に、心が温かい。




***




 一つだけ、三人に話せなかった鑑定結果がある。



[種族:魔人]

 人間が持つことのできる魔力量の限界を超えた者。全ての能力において、人間を超越する。




 僕は人間を辞めていたらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る