第15話

 それに興味を持ったのは担当編集のちょっとした一言だった。


「アーノルドさん、最近話題になっている"孤島のレストラン"って知ってます?」


 アーノルドがコラムを書かせてもらっている新聞社の編集を自宅に招いて、次回のコラムの打ち合わせをしていた時だ。

 今回載せたコラムも辛口の評価が好評で、次に回るレストランを何処にしようか?候補を絞っていた際に担当編集者がアーノルドの知らない店の名前を口に出す。


「”孤島のレストラン"?いや、知らないな。どんなにレストランなんだ?」


 話題になっているという言葉から、有名料理評論家としてのプライドが刺激される。


「そのレストランは名前の通り孤島にあるレストランなんですけど、料理がめちゃくちゃ美味いって評判なんです!料理は独自のコース料理で今までのレストランとは違う新しい体験が出来るって、話題なんです!実際、各地の有名貴族が船やら飛行機やらを出して食べに行くどころか、専属のコックとして料理人のスカウトもあるくらいなんです!」


「ほお、ソイツは面白そうだな。」


「けれど、コックは職人気質でどんなに金を積まれても貴族の頼みを断っているんですって、普通なら不敬罪になりますけど、逆なその頑固な職人気質が認められて貴族から感謝状が贈られてくるとか、後ウェイトレスが巨乳の美人のお姉さんだそうですよ。」


 巨乳の美人という単語にアーノルドの鼻が膨らむ。


「話題にあがってるから、その店に行くっていうのは三流のやる事だが、料理評論家として不味い料理か美味い料理かを評価しなくちゃいけねえな。よし!次に取材するレストランはそこだ!」


 さも大物のように振舞いながら他の話題に食いつく一般人とは違う理由で、そのレストランに訪れようとするアーノルドだが、本心は巨乳美人のウェイトレスに食いついただけである。


「了解です!それじゃ、早速編集長に報告してきますね!今回も辛口な評価をお願いしますよ!」


「はっはっは、任せとけ、なんてったって俺はそんじょそこらの偽物とは違う、本物の料理評論家だからな。」


 腰を低くしながら家から出ていく担当編集者を見下した目で見送りながら、アーノルドは椅子の上でふんぞり返る。

 

「さてと、”孤島のレストラン"ねぇ?どのくらい下手にでてくれるかな?」


 棚から高級ワインを棚から取り出し、テーブルの上に置いたグラスに注ぐ。このワインはとあるレストランから無料で頂いたもので、その際に店長からレストランを絶賛する記事を書いてほしいと頼まれた。つまり賄賂である。

 他にもアーノルドが過去に絶賛した記事を書いたレストランからは様々な貢物がきた。シンプルに金、高級食器や食材、時には美人ウェイトレスを差し出したレストランもあった。


「巨乳美人のウェイトレスか、、、まあ貴族様が贔屓にしてくれるなら儲けもたんまりだろうしな。」


 最もアーノルド本人は賄賂を受け取っているという意思はない。自分はそこらの二流の偽物とは違う一流の本物の料理評論家なのだ、寧ろ自分を敬うのが当然、食事というのは楽しく頂くものであり賄賂などの貢物を送ったり、女性ウェイトレスへのセクハラや他の客との暴力沙汰を見逃すなど、自分を気持ちよくしてくれたレストランには多少料理の味が悪くても高評価を、逆に自分をぞんざいに扱ったりしたレストランにはとことん罵倒した記事を書いてやった。

 

「俺に逆らえる奴なんてこの世にはいねえんだよ!がはははは!」

 

 高級ワインを碌に味わいもせず、がぶ飲みし酔いが回ったアーノルドは誰に言うでもなく大声で笑う、それが人生最後に味わう高級ワインであるとも知らずに。




 大型の客船のデッキから見える島は木々が一切なく、中心地を取り囲むようにして岩の壁があり、空中から見たら王冠を連想させる島だった。


「あそこに件のレストランがあるんだな?しっかし、ちっちぇえ島だな。」


「なんでも、秘密のレストランというコンセプトだそうですよ?」


「秘密のレストランだあ?っけ無駄に気取りやがって、客に此処まで労力を使わせてる時点で客商売としちゃあ、ゼロ点だな。職人気質のコックも職人気質気取ってる自分に酔ってるだけじゃねえのか?」


「流石先生!鋭い指摘ですね!」


 ただ適当に嫌味を言っただけなのに、担当編集者は勝手に盛り上がる。担当編集者と打ち合わせをしてから数日、アーノルドは大型の客船(代金は新聞社持ち)に乗り、話題となっている”孤島のレストラン"へと向かっていた。


「あ、先生。此処からはボートに乗って移動するそうですよ。」


「あ、何でだよ!このまま乗り込めねえのか!?」


 客船に揺らされながらデッキの椅子で優雅に過ごしていたアーノルドがゴムボートに乗ることに文句を言う。

 

「何でも、此処から先は船では進めないらしくて、ゴムボートに乗り換えてから小さな入り口から入っていくみたいです。」


「っち!不便だな!」


 この時点でアーノルドはレストラン側が賄賂等を渡してこなかったら、猛烈に批判してやろうという気持ちになっていた。

 料理評論家である以上は料理を頂いてから評価を下すべきなのに、料理を食べる前に既にレストランの評価をしてしまうとは!正に他の料理評論家とは一線を越えている!

 と痛烈な皮肉を言ったところでアーノルドは気にしないだろう、彼はそれが当たり前と考えているから。


「あ、先生。私達のボートが回ってきましたよ!」


「おお、しかしやたらと人が多いな?しかも全員カメラとか手帳とか持ってやがる?俺の他に料理評論家でもいるのか?」


 客船から降りてゴムボートに乗り移るのだが、ゴムボートや乗り移る人がやたらと多い。しかも全員新聞記者のような出で立ちだ。


「あれ、先生に言ってませんでしたっけ?今日は他の新聞社も招いて、先生と一緒に”孤島のレストラン"の取材をするんですよ。」


「何!?」


「先生の書く記事が本当に好評で、他の新聞社からも先生と関係を持ちたいっていう依頼が後を絶たなくて、それで社長がどうせならと他の新聞社の取材班の記者も呼んで今話題のレストランを取材しようって事になったんですよ。」


「そ、そうなのか。」


「良かったですね!これで先生の名前がより多くの人達に知れ渡りますよ!」


「あ、ああ、そうだな。」

 

 担当編集者はアーノルドの名が知れ渡る事に素直に喜んでるが、アーノルドの顔は多少青ざめている。

 今まで訪れたレストランでは多少の無礼を働いても脅せば店側が黙っていたり、黙っていなくても編集に圧力を掛けて自分の立場が危うくなるような証拠や記事はもみ消させたり、チンピラを雇って店内で暴れさせた挙句、保健所に嘘の連絡をしたりして店を潰すなどをしていた為、多少悪い噂が広まったがそれでも決定的な証拠は出なかった。

 だが彼らは他社の人間、アーノルドの起こした問題行動に対して忖度する義理などなく、むしろ嬉々としてアーノルドの本性を暴こうとするだろう。

 名声が地に落ちることを何よりも恐れているアーノルドは、下手な行動はすまいと心から誓う。それにポジティブに考えれば、担当編集者の言う通り名声が広まるチャンスではないか、と前向きになる。


「皆さま、此処から島に入りますので頭を低くしてください。」


 ゴムボートを漕いでいる客船からの案内人の指示に従い、頭を下げる。


「さあ、皆さん到着しましたよ。頭を上げてください。」


「おお、これは、、、」


「綺麗、、、」


「この景色を見ただけでも此処に来た価値があるな。」


 島の中心に入ったアーノルド達、空から差し込む日光や透明度の高い海水による絶景に記者達が心を奪われる。

 が、俗物のアーノルドは。


「っけ、こんな景色見たって腹が膨れる訳じゃなし。」


 と全く興味を持たず、さっさと上陸する。


「ほう、此処が”孤島のレストラン"か。」


 そうして上陸すると、島の中心の端っこにポツンと小さなレストランのような建物がある。

 他に建物が無い以上、あの建物が噂のレストランだろうと判断した一行は建物へと向かう。


「しかし、思ったよりも小さいレストランだな。」


「ええ、それに少しぼろくない?」


 話題のレストランが自分達の想像していたモノよりも数段ぼろい事に記者達が期待を裏切られたかのようにぼやく。

 そしてそれをチャンスと見たアーノルドはさも自分が他の人間とは違う風に演技を始める。


「やれやれ、君達はレストランの外観だけでその店を味が分かるのかい?」


 さっきレストランの料理を頂くことなく評価を下そうとした男の発言とは思えない、鏡をプレゼントしてあげたい。


「いいかい、本当に素晴らしい料理を出すレストランというのは店の外観では勝負しないんだよ。コックは自分の料理の味に自信を持っているからね。例えどんなに店がみすぼらしくても料理の味だけで勝負、それで外観の評価を覆す事が出来る。それが出来てこそ一流なんだよ。」


「そ、そうなんですか!?」


「私てっきり外観がぼろいレストランはやる気が無いのか、お金が無いのかのどっちかだと思ってました。」


 普通に考えれば、店を綺麗にしなければ客は寄り付かないのだから記者の言っている事の方が正しいのだが、有名料理評論家という肩書のお陰でアーノルドの発言の方が正しく聞こえてしまう。


「さあ、では話題のレストランの取材を始めましょう。」


 建付けの悪いドアを開け、レストランの中へとアーノルドと記者一行は入っていく。


「いらっしゃいませ!何名様ですか!」


「ああ、えっと十二名かな?」


 店に入ってきた一同を一人のメイド服を着たウェイトレスが出迎える。

 真っ白な汚れ一つない肌、藍色の瞳に切りそろえられた白髪。見る者を魅了する整った顔、何処か育ちの良さを思わせる顔立ちだ。

 そして何より、注目するのはその胸。まるで巨大なボールで大きさ、形ともに規格外、少しお辞儀するだけで激しく揺れるその胸にアーノルドは釘付けだ。


「十二名様ですね!ではこちらのお席へどうぞ!」


 元気よく案内するウェイトレス、案内される最中アーノルドの不躾な視線を胸部に感じるがそれを表面に出さない当たり、相当なプロ意識を感じる。


「当店はコース料理となっておりますので、メニューは存在しませんが宜しいですか?」


「構わないよ、それじゃコース料理を頼む。」


 狭い店内には不釣り合いな大きいテーブルに一同が座り、料理が運ばれてくるのを待つ。

 こうしてアーノルドの料理評論家としての処刑開始のカウントダウンが始まりを告げたのである。

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