第14話
『こんな店が世の中に存在するなんて許せない!これまでにも酷い料理を出す店はあったが桁違いに酷い!あんな料理で客から金を取ろうとは店主は人として恥ずかしくないのか!もはやこれは詐欺だ、例え神様が許しても俺が許さん!こんな店は即刻潰れるべきだ!』
「ぼろくそに書いてるな。」
夜、仕事を終えた運び鳥達が”梟の止まり木”で宴会を開いている中、仕事を終えた事を受付に報告し、カウンター席に座っていたトールはカウンターに置いてあったぐしゃぐしゃに握りつぶされた新聞のあるコラム記事を読みながら顔を顰めている。
彼が読んでいるコラムは先日、ちょっとした騒ぎを起こしたアーノルドが”梟の止まり木”について書いたコラムなのだが、内容は批判だらけだ。
『まず店の衛生観念が酷い!店内の床には他の客が零した酒や料理が片付けもされていないし、料理を乗せる皿やジョッキも碌に洗われていない上に泥水のように汚い水で食器を洗っている!良く今まで食中毒が起こらなかったと感心するほどだ。」
「床にぶちまけたのはアンタだろうが、、、」
自分がやったことを他人がやったように書き、おまけに事実無根の事まで書いている。寧ろ女将はかなりの綺麗好きで店を汚そうものなら例え客だろうとフライパンが飛んでくるのだ。
『次に店員だ!店員の愛想が悪く、水さえ持ってこない!注文をしても帰ってくるのは舌打ちだけ、明らかにやる気が見られない上に不細工だった!これでは食欲が失せてしまう!』
「顔は関係ないだろう、、、」
『こんな店だからか、食事をしている客も最低レベルの人間ばかりで大人しく食事をしていてもイチャモンを付けられたり殴りかかられたりした!そして肝心の料理だが、これが一番酷い!皿に乗せただけの盛り付けが下手な料理、味の無い具が完全に溶けた見た目が泥水のスープ!焼きすぎで炭の塊となってしまったハンバーグ!腐りかけの野菜を盛りつけたドレッシングの無いサラダ!どれも酷い味で一口食べて止めてしまおうかとも考えたが、こんな不味い料理でも食材に申し訳ないので全部食べたが、あんなもの人が食べるものではない!あれならいっそ、独房で食べる臭い飯の方がマシだ!そのくせ店主のおばさんはしっかりと料金を取ろうとしてくる恥知らず!”梟の止まり木”、この店は誰にもおすすめできない、評価は十点満点中、マイナス百だ!』
「一口しか食ってなかったじゃねえか、、、」
明らかに私怨で書いたと分かる記事に怒りを通り越して呆れてしまう、するとトールの隣の席に眉間に皺を寄せたガルドが座り、彼から新聞を奪い取る。
「なーにが!『あんな料理で客から金を取ろうとは店主は人として恥ずかしくないのか!』だ!『例え神様が許しても俺が許さん!』だ!何様のつもりだ!こちとら先代店主の時からこの店に世話になってんだ!だーれがテメエみてえな酔っ払いの記事なんか信じるかってんだ!」
そのまま新聞をビリビリに引き裂くガルド、多分新聞をぐしゃぐしゃにしたのもガルドだろう。
「しかし普通ここまで貶すかねえ。悪いのは自分だってのに。」
「おばさん、おばさん、おばさん?」
「ダメだ、女将さん聞いてないや、、、有名料理評論家としてのプライドがあるんじゃない?」
トールは女将に話しかけるが、二十代前半のピチピチの女将はコラムにおばさんと書かれたことにショックを受け、虚ろな目をしているので代わりに皿洗いをしているユリウスが答える。
「実際、その界隈ではかなり評判が悪いみたいだよ?横暴な態度で料理にイチャモン付けたり、女性店員にセクハラを働いたり、他の客との乱闘騒ぎになったりとか、後会計の際に自分の名前を出して店を脅して無銭飲食したりとか好き放題してるんだって。そんな自分に逆らう者なんて存在しないって天狗になっている時に脅しに屈しない店が現れたんだ。そりゃあ、私怨マシマシで記事を書くだろうさ。」
「器がちっちぇえな。つーか、ユリウス詳しいな?」
「別に詳しくなんてないさ、風の噂で耳にした程度だよ。」
「つまりそのくらい素行が悪いって訳か、ま、この店はこんな記事を書かれたくらいじゃ潰れねえけどな。」
店内を見回すが、あのような記事を書かれたにも関わらず”梟の止まり木”は大盛況だ。運び鳥達の受付に併設されているという理由があるにしてもあのような記事を新聞に書かれ、様々な島にばら撒かれた後とは思えないほどに。
「本当に不思議だね、普通あんな記事を書かれたらもうちょっと客が遠のきそうなものだけど。」
「まあ、この島に住んでる人の殆どはこの店の味を知ってるからな。どっかの知らねえ料理評論家が書いた記事より、自分の舌を信じるさ。」
「さっすが、先代の頃からこの店営業してないよね、でもこれってちょっと不味い予感がするな。」
「不味い予感?どこがだよ、あんな酷え記事にも負けず”梟の止まり木”は大繁盛!文句ねえじゃねえか?」
ユリウスの心配を笑い飛ばすトール、皿洗いを終えたユリウスが蛇口の水を止め、真剣な表情になる。
「だからだよ、アーノルドはこの店を潰すつもりで記事を書いた。けれど実際はいつも通りの大繁盛、これで完全にアーノルドのプライドはズタズタ。きっと次にアーノルドは自分のプライドを保つためにもっと直接的な手に出てくるよ。」
いつものおちゃらけた雰囲気ではない、真面目な顔で告げるユリウスにトールは彼の言葉を笑い飛ばす事は出来なかった。
アーノルドが”梟の止まり木”を批判する記事を書いてから数日、トールは同僚である皮肉屋のジョナサンと一緒にとある島へと荷物を届ける仕事を終え、ゆっくりと島を見て回っていた。
「あーっ!今日の仕事終わりっと、さてと島の観光名所とか見て回ろうかな?」
「観光名所?ふん、そんなのただ勝手に俺らが価値を付けただけだろ?結局はただの風景なのに、それをもてはやして、でもまあ、そんな景色を見てはしゃぐ奴を見るのは面白いけどな。」
「・・・そんな性格だから、奥さんに逃げられるんだぞ。」
「逃げられてねえ!」
捻くれた発言をするジョナサンを疲れを取るように伸びをしたトールが言葉のナイフで突き刺す。
ジョナサンのようなタイプと修学旅行に行くと、きっと雰囲気は最悪になってしまうだろう。
「でもま、先ずは昼飯だな。適当なレストランで飯食ってこうぜ。」
「お前はいいよなあ、リーアちゃんが毎日愛妻弁当作ってくれて、、、俺なんか、、、」
「戻ってきて欲しいんなら、奥さんが作ってくれた弁当に対して『俺のような落ちぶれた飛行機乗りにはお似合いの弁当だな』って言ったのを謝れよ。後リーアとは別に結婚してねえし、今日はリーアは朝から女将の所で仕込みを手伝っていて弁当は無えし。」
「でもどうせ、後数年して気が付いたら結婚してるんだろ?いいよなあ、俺なんか、俺なんか。」
朝早くから弁当を作ってくれた奥さんに対して嫌味や皮肉をいったジョナサンが悪い癖にうじうじと落ち込んでいる彼を無視し、飲食店を探す。
すると、二つの飲食店が目にとまる、片方は店自体はかなり大きいのにテーブルが空くのを待つ為に長蛇の列が出来ているレストラン、下手したらその列で店をぐるりと囲んでしまいそうで並んでいる人達も早く列が進まないかと、文句を言っている。
もう一つは店の大きさは小さいがしっかりとした作りのレストランなのだが、外から見ても分かる程客が入っていらず閑古鳥が鳴いている。
隣り合っている二軒のレストラン、もうわざとやっているのではないかと疑ってしまうレベルだ。
「これはどっちに入るか?」
「愛妻弁当のお前はどっちでもいいだろう?」
「だから、今日は違うって。」
取り敢えず行列のできているレストランの方に近寄るが、店先に何やら無視できないポスターを発見する。
「おい、トール。コイツは、、、」
「マジかよ、、、」
そこにあったのは新聞の記事、とある料理評論家がこのレストランを絶賛した記事なのだが、その料理評論家がよりにもよってあの男、アーノルドであった。
眼鏡を掛け、食に関する知識を自慢し無駄に格好つけているアーノルドの記事を見た瞬間、一気に食欲が失せる。
「この店は止めとくか?」
「だな、隣の店にしよう。」
いくら繁盛していようとアーノルドの顔がチラついては食事を楽しめないと判断した二人は、隣の閑古鳥が鳴いているレストランを選び、扉を開ける。
「っ!いらっしゃいませ!二名様ですか!?」
「あ、ああ」
「二名様ですね!こちらのお席へどうぞ!お父さん、久し振りのお客さんだよ!」
余程客が来なかったのだろう、二名という決して多い人数ではないにも関わらず、ウェイトレスである十八歳程の女性は元気よく挨拶をし、厨房の奥にいる父に声を掛ける。
「そんなに客が来なかったのか?店の雰囲気は中々いいけどな。」
「そんだけ味が駄目って言う事じゃないのか?」
店内はきちんと清掃されており、汚い雰囲気はない。またお洒落な小物などは置いてなく、シンプルな店構えだが、それが逆に居心地の良さになっている。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「じゃあ、この日替わりランチセット二つで。」
「本日の日替わりはトマトソースの煮込みハンバーグですが、宜しいでしょうか?」
「じゃ、それで。」
「メニューをおさげしますね。」
メニューから日替わりランチを注文し、注文を受けた店主の父親が調理を開始する。仕込みは済んでいたのであろうトマトソースの匂いが、トール達の元まで漂ってきて自然と腹が鳴る。
「お待たせしました、日替わりランチです!」
「おお!」
「美味そうだ!」
皿に盛られたライスとサラダと一緒にメインディッシュである煮込みハンバーグもテーブルに置かれる。
「「いただきます!」」
ナイフとフォークで丁寧にハンバーグを切り分け、口に含む。水っぽさを感じさせない濃厚なトマトソース、ハンバーグは軽くナイフを入れると肉汁が溢れてきて、それをライスにかけるだけで何皿でもいけそうだ。
肉自体も選りすぐりなのだろう、濃厚な肉の旨味だけを凝縮し、質の悪い肉特有のパサパサ感などは一切ない。
「美味めえ~。」
「こりゃ、大当たりだな。」
最初はアーノルドが褒めたレストランに入るのが嫌で、こちらのレストランにしたのだが大正解だったようだ。
これだけ客が入ってこないという事はかなり不味いのでは?とかなり失礼なことを考えていたが、今はもうフォークとナイフを動かすのに夢中だ。
「ふふ、そんなに喜んでもらえると、店側としても嬉しいですね。」
「いや、マジで美味いよ。これはもっと宣伝しとけよ!勿体ないって。」
「というより、これだけ美味いのに何故客がいないんだ?地元の客とか、常連はいないのか?」
美味しそうに食べるトール達を見てウェイトレスが微笑むが、ジョナサンが疑問をぶつけると顔を曇らせる。
確かにジョナサンの言う通りだ。観光名所で有名な島にあるようなレストランならともかく、トール達がいるレストランはどちらかというと、地元の客に愛されるタイプのレストランだ。
これだけ美味い料理を出すにも関わらず、地元の客がいないのはおかしい。
「それはコイツの所為さ。」
すると厨房の奥にいたコック、ウェイトレスの父親である男性が出てきて、茶色に焼けた新聞をトール達のテーブルの上に置く。
「ん?これは、、、」
「おいおい。」
うんざりしたような表情を浮かべるトールとジョナサン、そこには、とある料理評論家のこのレストランへのコラム記事が書かれており、内容は批判だらけだ。
『不味い料理の癖に値段だけ高い!。』
『店員の態度が客を客と思っていない!』
『レストランを名乗るのもおこがましい!評価は十点満点中、マイナス五十点!』
そしてムカつく笑顔を浮かべる料理評論家、アーノルドの写真がデカデカと掲載されている。
「こいつが半年くらい前にウチの店にぶらりと来てな。今日と同じ煮込みハンバーグの日替わり定食を頼んだんだが、酷い客でな。他の客に絡んだり、娘にちょっかいを掛けてきたりして最悪だったよ。」
「はい、、、私は何度も足を引っかけられそうになったり、スカートを捲られたり、お尻を触られたりしました。」
「もう警察呼べよ。」
”梟の止まり木”に来た時と全く同じことをしているアーノルド、どうやらあの態度は酔っぱらっていたからではなく、素であったらしい。
「でもまあ、こっちも我慢したんだが、会計の時にな『俺はあのアーノルド=カーターだぞ!』っていって金を払わなかったんだ。んでこっちがお代を請求しても『俺はあのアーノルド=カーターだぞ!』の一点張りでな。警察を呼ぼうとしたら慌てて逃げやがった。」
「もう唯の無銭飲食の客じゃねえか。」
「それで翌日の新聞にこの記事が載ってたんだ。そっからどんどん客足が遠のいていったんだがな、最初の方はまだマシだったよ。常連さんも来てくれて、けれど今まで来たことのない客が突然常連さんに喧嘩を売るようになってな。それが原因で常連さんも離れて、しかも保健所から営業禁止の報せまで届いた。なんでも匿名でウチの衛生環境に問題有りって連絡があったらしい。そっからはもう見ての通りさ。保健所に誤解だってわかってもらえても客は戻ってこず、閑古鳥が鳴いてるって訳さ。」
「何だよそれ!完全に逆恨みじゃねえか!」
「それのどこが料理評論家だ!こいつ、唯の味音痴じゃねえか!!」
自分達の行きつけの店も同じような目に合った上に美味い料理を出すレストランをしょうもない理由で酷評された事にトールとジョナサンが怒りを覚えるが、コックの父親は諦めたように笑うだけだ。
「仕方ないんだよ、この業界はどれだけ歴史があろうとコックの腕が良かろうと評論家の声一つで店が潰れるか、繁盛するかが決まっちまう。有名料理評論家を無下にしたウチのレストランが悪いのさ。」
食事を終えた後、寄り道をする気分でもなくなった二人はそのまま真っすぐと飛行機に乗って運び鳥島へと帰還したが、気分は最悪だった。
ただでさえ、この間の一件で気分が悪かったのに更に同じ人物が起こした被害者に会ってしまったのだ、気分が良くなるはずがない。
「あー、くそ、あの野郎また店に来たらぶちのめしてやろうか?」
「やめとけ、店でやったら女将に迷惑が掛かるだろ、やるなら路地裏で闇討ちだ。俺や他の奴らも呼べば証拠が残る事無く、海に沈められる。」
何やら恐ろしい事を企んでいる二人。今日はこのまま仕事を終えた報告だけしてさっさと家に帰って寝ようと考えているトールは”梟の止まり木”の入り口の扉を開け、仕事の報告をする為受付に向かおうとするが、そこには彼らの予想もしない光景が広がっていた。
「あっ!トール!」
「やっほー、お帰りー。」
女将の仕事を手伝っていたのだろう”梟の止まり木”にいたリーアがトールを見つけると半泣きのまま彼に抱き着き、ユリウスが右手を上げ気楽に出迎えの挨拶をしてくる。
いつもなら仕事を早く終えた運び鳥達と彼らに酒や料理を提供する女将で賑わっている”梟の止まり木”、しかし今日は違った。
木製のテーブルや椅子は全てひっくり返り、酒を入れるジョッキなどのガラス片が床に散乱している。
更に所々に黄色いテープが張られており、眼鏡を掛けた役人のような男が女将と何か話しているのを他の運び鳥達が遠巻きに眺めている。
「おいおい、コイツは一体何があったんだ?」
「それはね、、、」
「昼にワーッ!って人が来て、ドガシャーン!ってなってたのをユリウスがテイッ!てしたら、クイッ!って人が現れて、女将にグチグチ言い始めた!」
「何、昼頃にチンピラが沢山店に来て、暴れてたのをユリウスが追い返したら、保健所の役人が来て、女将に営業停止の報せを届けに来ただって!」
「よくわかったね、今の説明で、、、」
「愛のなせる技。私とトールは相思相愛」
「片思片愛じゃないかな?まあ、大まかな話が今彼女が言った通りだよ、店に知らない人が来て暴れ始めてね。女将やリーアにも危害を加えそうになったから、僕が追い返したんだ。」
「そうなのか、助かったぜユリウス。しかしチンピラを追い返すとか、唯のプー太郎じゃなかったんだな、お前。」
「ねえ、僕の事見直してるの?それとも貶してるの?」
「で、何で保健所の役員が来てるんだよ?」
さらっと無視するトール。都合の悪い事はさりげなく受け流す、これは世の中を生きるのに必須のスキルである。
「何でも、匿名で連絡が入ったらしいよ。この店の衛生管理には問題があるって。」
「なんか、どっかで聞いたような話だな。」
ぐりぐりと頭と胸を押し付けてくるリーアを離そうとトールが藻掻いていると、ジョナサンがポツリと呟く。
確かについ最近似たような話を聞いた覚えがある。
「では、こちらで確認が取れるまで、この店で飲食物の提供は禁止とさせていただきます。宿の営業や運び鳥さん達の組合の拠点としては今まで通り活用していただいて構いませんので。」
「はい、、、分かりました。」
「取り敢えず、軽く見て回りましたが問題はなさそうですので、直ぐに酒場の営業は再開できると思われます。それと割れたジョッキやテーブルについてはこちらでも人員を派遣して片づけを手伝いましょう。」
「・・・ありがとうございます。」
落ち込んでいる女将を多少元気づけようと役人が前向きなことを言うが、それでも女将の表情は暗いままだ。
自分の腕に誇りを持ち、客に笑顔になってもらう事が楽しみであったのにそれを奪われたのだ。落ち込んでも仕方がない、そして役人が帰りガルド達が店の片づけを手伝いながら女将を励ましていると、歓迎されていない人間が入り口の扉を乱暴に蹴破りながら入ってくる。
「おいおい、ただでさえ汚い店が更に汚くなってるじゃねえか、こりゃあ、もう店は続けられねえな。」
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた眼鏡を掛けた男、アーノルド=カーターだ。
「何の用だよ、生憎今は客に料理を出してる余裕はないんだが。」
リーアと共にテーブルを元の位置に戻していたトールが顔を歪ませながらアーノルドに帰ってもらうよう告げるが、アーノルドはそれを無視して”梟の止まり木”に入ってくる。
「あーあー、可愛そうにチンピラ共に店を壊された上に保健所から営業停止処分か。ま、こんな店潰れても問題ねえか。」
「・・・おい、何でそれを知ってる?」
たった今来店したばかりのアーノルドが知るはずのない事を知っている事に疑問を浮かべるトール。
「そう言えば、あの店も、、、まさかお前か!」
昼に訪れたレストランの話を思い出し、一つの仮説にたどり着くトールとジョナサン。この男が無銭飲食やらの憂さ晴らしでチンピラを差し向け、保健所に嘘の連絡を入れたのだ。
だが、証拠がないためかアーノルド本人はニヤニヤと笑っているだけだ。
「ん?なんだ、どうした?俺の顔に何かついているか?まあ、確かにそこら辺のチンピラにこの店を紹介したり保健所にある店の衛生管理に問題があるって連絡を入れたけど、別に俺だっていう証拠はないだろ?」
「この野郎、、、」
今すぐ殴り殺したい、だが祖父の教えで手を出される前に手を出すことは禁止されている為、そのムカつく顔を殴る事は出来ない。
「そんな怖い顔をするなよ、ガキが。俺はこの店を救ってやろうと思って此処に来たんだぜ。」
「ああ?」
ふざけたことを言うアーノルドにトールが喧嘩腰に噛み付くが、女将が彼の前に出て右手で制す。
「悪いけど、アンタの助けはいらないよ。帰ってくれないかい。」
「そう言うなよ。こんなチンケな店でも俺が高評価を出せば、あっという間に超人気店へと様変わりするぜ。まあ、その分の礼は必要だけどよ。」
ディアンドルに身を包んだ女将の豊かな胸を凝視するアーノルド、この男が何を望んでいるのか聞かなくても分かってしまう。
「帰ってくんな!」
「お、おお!?」
余りに気持ち悪い視線に女将はアーノルドを店の外へと追い出す。
「な、何しやがる!?俺がその気になればこんなチンケな店、簡単に潰せるんだぞ!」
追い出された事で頭に血が上ったアーノルドが、再び”梟の止まり木”の中に入ろうとするが、塩の入った壺を両手で頭上に抱え、彼に向って投げようとしてくる女将を見て慌てて退散する。
勿論『覚えてろよ』という小物界のレジェンドにしか許されていない台詞を吐きながら。
「・・・ごめんよ、皆。暫くの間は酒や料理が出来なくなっちまったよ。本当に悪いね。」
彼女が一番辛く苦しい筈なのに気丈に笑みを浮かべて、トール達に謝る女将。テーブルの端を掴んでいるトールの手に力が入る。
「なあ、おやっさん。これはアレだよな。女将の店に喧嘩を売られたって事でいいんだよな、俺はこの店の常連でもあったし、ガキの頃から世話になってたし、俺が買ってもいいよな?二度と喧嘩を売りたいと思えねえ位あの野郎をボコボコにしてもいいよな?」
「おい、何一人で盛り上がってんだトール。」
笑いながらも怒りを抑えているトールにガルドが彼の肩を軽く叩く。
「俺らもその喧嘩を買うに決まってんだろう?なあ、野郎ども。」
「応!」
「え、いや、ちょっと皆、、、落ち着いて。」
彼らが本気を出したら、喧嘩を売った相手が再起不能になってしまう事を知っている女将はトール達を止めようとするがもう遅い。
「お前ら、あのクソ眼鏡に誰に喧嘩を売ったか!思い知らせてやるぞ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
この日、有名料理評論家、アーノルド=カーターの人生が詰んだ事が決定した。
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