第13話
美味い食事には様々な条件がある。例えば食材、野菜は肥料を使った新鮮な物に限るし、肉もそうだ。栄養価のある餌を食べた家畜の肉の方が、碌に栄養を取っていない細った家畜の肉よりも美味い、魚肉も然り。
また調理をするコックの腕も重要だ。如何に食材が素晴らしくても肝心のコックが下手くそだったら、犬の餌以下になってしまう。
その点でいえばトールの右に出る者はいないだろう、彼こそ如何なる食材をも毒物に変える天才だ。
「うっせえな。」
失礼。それで美味い食事にはこのように条件があるのだが、見落としがちな物が一つある。それは雰囲気だ。
例えば貴方が高級フレンチのレストランで食事をしていたとしよう、目の前には綺麗に盛り付けられた料理、しかし店内に流れるBGMがヘヴィメタルだったらどうだろうか?
それでは一気に高級フレンチへの期待も冷めてしまう、他にも居酒屋で常連達や女将と楽しく飲んで食事をしている中、悪酔いした知らない客がいきなり入ってきて料理や酒、店に文句を言い出した挙句、店員にちょっかいを掛けたら?
酔いが醒める上に酒や食事が不味くなってしまうのは確実だ。
リーアが奏でる音楽を聴きながら、楽しく酒や食事を楽しんでいる仕事終わりの運び鳥達で一杯の”梟の止まり木”も一人の酔っ払いによって楽しい宴が台無しにされていた。
事の始まりは数十分前、この間の大雨の日に女将に頼まれ、早速トライリュートを使った音楽と歌を運び鳥達の前で披露することになったリーア、そのまま”梟の止まり木”で食事を採ることにしたトールと一緒に”梟の止まり木”へと向かった。
店内は既に仕事を終えたガルド達が酒を飲んでいて宴が始まっており、女将に言われるがままカウンター席に座ったリーアが曲を奏で歌う。
その歌声にガルド達は魅了され、彼女が歌い終えるまで一言も発さず聞き惚れていた。そして歌い終えると拍手やら口笛やらの賞賛をリーアに浴びせる。
そのまま次の曲を弾こうとするリーアと酒を飲みながら期待するガルド達、店内は非常に盛り上がっていたのだが、突如扉が乱暴に開かれたのだ。
「あー、何だこの店は、客の出迎えもしねえのかぁ?俺を誰だと思ってやがる?ヒック。」
そこにいたのは高そうな生地で作られたスーツを着崩し、鼻の先まで真っ赤になった酔っ払いの眼鏡尾中年男性だった。
手には酒瓶を持っており、それをラッパ飲みしながら乱暴に店に入ってくる。
「ひっく、おい、ウェイトレスは何処だ!客を待たせるのかよ!この店は!お客様は神さまだろ!」
ガルド達も酔っぱらっているが、それもあくまで少々酔いを楽しむ程度に嗜んでいるだけで、理性を失う程ではない。
しかし目の前の酔っ払いは明らかに泥酔状態だ、足は千鳥足だし、店の雰囲気からしてウェイトレスが客を迎えるような場所ではない事は明らかだ。
普通の店なら嫌な顔をされるか、お帰りくださいと言われるだろうが、普段から荒くれ者達の集まりでもある”梟の止まり木”で伊達に働いていない女将とジゼル。
料理を作ってくれている女将の代わりに、ジゼルが酔っ払いをテーブルへ案内しようとするのだが。
「何だぁ、色気のねえ女だな?もっとの胸のデカい女を連れて来いよ!」
「きゃっ!」
酔っ払いはジゼルの胸元を露骨にジロジロと眺めると彼女を突き飛ばしながら、千鳥足で勝手に空いているテーブルへと進む。
「おっと、ごめんよ、へっへっへっ」
しかも移動する際、わざと他の客の頭にぶつかったり、転んで酒や料理を地面にぶちまけたりすると言ったオマケ付きだ。
店員へのセクハラ、暴力、他の客への暴力行為、完全に営業妨害な上、さっきまで盛り上がっていた雰囲気が台無しになってしまっている。
「おい!料理はまだか!俺を誰だと思ってる!」
椅子に座った酔っ払いが怒鳴るが、そもそも注文をしていないし、初めての客の素性など知っているわけがない。
「俺はそんじょそこらの偽物とは違う、本物の料理評論家、アーノルド=カーターだぞ!」
「誰だよソレ?」
「へえ、彼があのアーノルドか。」
聞いてのいないのに名乗り始めた酔っ払い事アーノルドに少し離れたカウンター席でオムレツを食べていたトールが呆れるが、皿洗いをしていたユリウスは感心したように男を見つめている。
「知ってんの、ユリウス?」
「知ってるも何も凄い有名な料理評論家だよ。彼が太鼓判を押した店に外れは無し!絶対に美味しい店を見つける本物の料理評論家だって新聞やラジオで話題だよ。」
「えー、でもあのオッサンの所為で飯が不味くなってんだけど。」
「まあ、新聞やラジオでは人柄とかは分からないだろうからね。」
美味い店を見つけると言うが、その見つけた本人の所為で飯が不味くなっては意味がないのでは?と考えるトール、よく見ると彼以外のガルド達も食事を進めていた手を止めている。
アーノルドに空気を台無しにされた所為で、食欲が失せたのだ。
当のアーノルド本人はいつの間にかオーダーを終えたのか、ジゼルが運んできた食事や酒を食べ進めている。
「何だぁこれは?ボロボロの木の食器に、出来の悪いガラスのジョッキ、料理も泥臭い見た目に酒も安物、編集の奴から美味い店があるって聞いたけど、とんだ二流、いや三流の店だなここは!」
しかし、フォークで一口だけ食べると文句を言ってそのまま料理を床にぶちまけ、酒もジョッキごと中身を他の客に向ってぶちまけて、笑い転げる
段々我慢の限界が来ているトールやガルド達、そしてとうとうアーノルドが床にぶちまけた料理を靴で踏みつぶしたことで堪忍袋の緒が切れ、全員が立ち上がる。
「おい!アンタいい加減に、、、」
「止めとくれ、ガルドさん。」
男の胸倉を掴もうとするガルドを制して、女将がアーノルドの前に出る。
「お?なんだよ、いるじゃねえかよ、こんな田舎の店にも胸のデカい別嬪のねえちゃんがよ。おいねえちゃん、ちょっとお酌しろよ、そうすりゃ良い記事を書いてやるからよ。どうせ読んでる奴らは本当にうまい料理も分かんねえ偽物の味音痴ばっかなんだ。ほらほら、ソコで楽器弾いてるねえちゃんもこっち来い!」
が自分が命の危機に瀕している事に気付いていないアーノルドは目の前に現れた女将の豊満な胸を凝視し、手を伸ばしてくる。しかも店員ではないリーアにまで目を付けて。
「生憎、ウチはそういう店じゃないんでね。そういうのがお好みなら他所の島にいってくんな。」
「おう、何だ生意気な女だな、良いぜ、そういうのが俺は好みだぜ。」
いよいよ男の手が女将の胸を掴もうとするが、女将の鋭い張り手が男の手を弾く。アーノルドは一瞬だけ顔を歪めるが、その後すぐに厭らしい笑みを浮かべ、女将を脅す。
「俺はな料理評論家として、デュラスとアルバス、両方で名が売れてんだよ。俺がちょっと評判の悪い記事を書けば、こんなチンケな店あっという間に潰れるぜ。」
「それが何だってんだい?」
「分かんねえ女だな。店を潰されたくなければ、お酌しろって言ってんだよ。おら!そこにいる女もこっち来い!」
余程、料理評論家としての自信があるのだろう、店を酷評する記事を書くと脅せば何でも自分の思い通りになると思い上がっているアーノルド。
「書きたきゃ好きに書きな。ああ、リーアはこっちに来るんじゃないよ。」
「あ?」
が、女将はその脅しをきっぱりと払いのける。
「お、おい、分かってんのか?俺がちょっと記事を書けば、、、」
「だから好きに書けばいいさ、悪いけどウチの可愛い店員や他の客に迷惑を掛けるんならお代は結構だから出て言ってくれないかね?」
シッシッと虫を払うような動作をする女将に、今まで築き上げた料理評論家としてのプライドを傷つけられたアーノルド。
酒による酔いと怒りで思わず、酒瓶を女将の頭めがけて振り下ろそうとするが、その手は振り下ろせなかった。
「おいおい、女に手を挙げちゃ駄目じゃねえか?」
「な、何だよ、お前は?離せ!」
ガルドがアーノルドの手を掴んだからだ。元軍人、運び鳥になってからも体は鍛えているガルドの手をアーノルドは払いのけられなかった。
そして周りのテーブルにいる運び鳥達が自分を睨んでいる事に漸く気づき委縮する。
「くそ、こんな店、こっちから出てってやるよ!本物であるこの俺を虚仮にしやがった事、覚えてろよ!」
悔し紛れにテーブルを蹴とばしながら、千鳥足で走りながら”梟の止まり木”を後にするアーノルド『二度とくるんじゃねえ!!』という運び鳥達の声援付きだ。
「悪かったね、みんな、不快な思いをさせちまって。今日はお代は結構だから好きに飲んどくれ。後ユリウス、玄関には塩を撒いといてくれよ。」
店の雰囲気を台無しにされてしまった事を詫びる女将だが、ガルド達はそれを笑い飛ばし、飲んだ酒分の硬貨をテーブルに置いていき、店を後にする。
「う~ん、でも最後に彼が言った言葉、何だか嫌な予感がするな~。」
「覚えてろって台詞か?別にあんなオッサン、仕返しに来ても俺達なら簡単にボコボコにできるぜ?」
「そういう系だといんだけどね~。」
ただ一人、ユリウスだけがアーノルドが最後に言い放った言葉に警戒していた。
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