第11話

 いつもは朝日が窓から差し込んで爽やかな目覚めとなるはずが、生憎の雨により窓には雨粒が付着し、窓ガラスにぶつかる不快な音が部屋に響き、朝日の代わりに曇天の薄暗い光が部屋に差し込む。

 鶏の鳴き声も雨音にかき消され、のっそりと目を覚まし、ベッドから起き上がったトールは一言呟く。


「・・・今日は仕事は休みか。」




 運び鳥とて、仕事である以上休みと言うものがある。但しそれは決まった日に休むと言ったものではなく飛行機が飛べない状況になった場合に休むと言ったもので、簡単に言えば大雨や嵐の日には運び鳥は全員仕事が休みとなる。

 天候によってはずっと働き続けるといった場合もありちょっとブラックじゃないか?と言いたくもあるが、運び鳥は基本的に空を飛んでヒャッハー!と叫ぶような空を飛ぶことが大好きな飛行機馬鹿共の集まりなのでそれ程問題にはなっていない。


「ううう、雨の日は湿気で羽がべとべとになるから好きじゃない。」


「そうか、俺達は湿気が鬱陶しいぐらいで済むけど、そっちは大変なんだな、、、ところでよ。一つ言いたい事があるんだが。」


「ん?何?」


「そろそろ、俺の上から退いてくれない?重いし、熱いんだけど。」


「む!女の子に重いなんて言っちゃ駄目!」


「だったらさっさと、退いてくれ。」


 目が覚め朝食を食べた後、大雨の為仕事が休みとなったトールと雨の所為で日課の飛ぶ練習が出来なくなったリーアは暇な午前を適当に本を読んだり、ラジオを聞いて過ごすなどしていたのだが、何故かリーアはソファで寝転んで小説を読んでいたトールの上に乗り横になっている。

 女性特有の甘い体臭や柔らかい感触などは心地よいのだが、それ以上に人一人分の重さと湿気と羽毛による熱さの不快さはそれを遥かに上回っていた。


「えー、でも暇だからしょうがない。」


「何で暇だったら、俺の上で横になるんだよ?」


「此処だったら、二十四時間いつでも退屈じゃない。」


「意味が分かんねえぞ。ほら。」


「あーれー。」


 ソファから起き上がり、リーアを地面に転がすとトールは外出の準備をする。


「んじゃ、昼近くにもなってきたし、外にでて屋台の食べ歩きでもするか?」


「?外雨だよ?屋台なんてやってるわけない。」


「まあ、普通はそうだな。でも此処じゃ雨の日に屋台が営業するんだ。」


 いまいち良く理解できていないリーアにトールが説明する。


「普段この島は運び鳥達の拠点として使われていて、日中は殆ど誰もいないし夜は皆”梟の止まり木”でそのままバカ騒ぎするから屋台なんて営業しても殆ど儲けは出ない。けど雨の日は別だ。この島に住んでいる運び鳥は午前は家でダラダラしてるけど、その内暇になるし、腹も減る。けど料理をするのも面倒くさいし、できない奴もいる。」


「うん、目の前にいる。」


「ウォッホン!それで運び鳥達は外に出て屋台を散策したりしながら、”梟の止まり木”に集まってボードゲームやカードゲームに興じたりするって訳だ。」


 説明を終えると同時に外出する準備を整えたトール。


「いつまでも家に居ても暇だろう?それとも羽が濡れるのが嫌なら、俺が適当に屋台で何か買ってこようか?」


「ううん、私も行く。雨合羽を着ていけば問題ないから。」


「そうか、んじゃお前も準備しろよ。」


 人情話や大冒険などが無い、唯の退屈な日常だが偶にはこんな話もあっていいだろう。




 トールは傘、リーアは羽が濡れないよう雨合羽を着て家の外に出て、大通りに向かったが確かにそこは普段の晴れの日の島とは異なる景色が広がっていた。


「うわー!本当だ。屋台が一杯。」


「雨で滑りやすいんだから、走って転ぶなよ!」


 長靴に雨合羽という子供っぽいファッションに身を包みながら、体は大人顔負けのスタイルのリーアが大通りを掛けていく。

 いつもであれば八百屋や肉屋、服飾店に生活雑貨と言った店が偶に営業しているといった寂しい大通りだが、今日は串焼きといった軽食や射的などの娯楽など多くの屋台が店を開いている。


「さてと、んじゃ先ずは腹ごしらえといくか。どれにしようかなッと、リーアも食べたい物とか欲しい物があったら遠慮なく言えよ。屋台だからそんなに高いもんは売ってねえし、好きなモン買ってやるよ。」


「本当!じゃあ、はい!」


 迷うことなくトールを指さすリーア。


「何故俺を指差す?」


 そういう事だよ。


「好きな者って言ったから。」


「屋台の中でな。」


「えー、じゃあこれが良い。」


「じゃがバターか、んじゃ俺も。おっちゃん!じゃがバター二つくれ!」


「はいよ!ちょっと待ってな!」


 肉食系女子のリーアが選んだのは意外にも豚串や牛串でもなく、じゃがバターであった。注文を受けた普段は八百屋をやってる店主が愛想良く笑い、蒸した小さなジャガイモが入っている鍋からジャガイモ十数個を紙の器に移動させ、塩と溶けたバターを上からかける。

 見てるだけで涎が出てきそうな光景だ、店主が袋に入れて渡してきたじゃがバターを受け取り、小銭を渡す。


「熱っつ!」


「でも、美味しい。」


 屋台で買ったものをゆっくり食べられるように用意されたであろう、ビニールで作られた簡易的な屋根とテーブル、椅子が用意された休憩所で二人はじゃがバターを食す。

 出来立てのじゃがバターはとても熱く、口の中が火傷しそうだがバターと塩のしょっぱさが絶妙で口の中が火傷すると分かっていても一口また一口と使っているのは使い捨てのフォークだが箸が止まらない。


「ハフハフハフっ!」


「ふー、ふー。」


 その後も熱いまま口に放り込んだり、息を吹きかけて冷ましてから口に入れたりする中、リーアが自分のフォークに刺さっているじゃがバターをじーっと見つけたかと思うと、トールの口元に近づける。


「どした?」


「はい、あーん。」


「いや、俺達同じもの食ってるし。」


「チッ!じゃあ、次は二人で別の物を選んで食べよう。」


 顔を歪ませて舌打ちするリーア、何となく自分が女心を読むのに失敗した事を察するトール。

 その後も二人で屋台を散策していく、隣り合う二軒の串焼き屋では豚串の店主が牛串の店よりも自分の店の串焼きが美味いと言い、牛串の店主も負けじと豚串の店よりも自分の店の方が美味いと言い張り、リーアと二人食べ比べをする羽目になったり、射的の店ではリーアが何故か景品よりもトールを狙い撃ってきたり、輪投げの店でトールが荒稼ぎをしたりなど、なんだかんだで楽しんでいる。

 因みに串焼きの勝者は、更にその隣の焼き鳥の店主の店が勝者となった。


「あー、痛ってえな。何で景品じゃなくて俺を狙うんだよ?」


「店主が欲しい景品を狙い撃って倒れたら貰えるって言ったから。」


「俺は景品じゃねえ。」


 歩き回って疲れたのか、お互い半分食べたかき氷を交換しながら休憩をする。大分屋台も回ったし、腹も膨れてきた。このかき氷で食べ歩きは終了だろう。


「この後はどうするの?」


「そうだな、女将さんの所に挨拶して家に帰るか?」


「ん~~~~!」


「一気に食うからだ。」


 今更間接キスに気付いたリーアが照れるようにかき氷を一気にかきこむが、それにより発生した頭痛に頭を抱え込む。

 肉食系なのか、初心なのかよくわからないなと考えながらトールはゆっくりと頭痛が発生しないようかき氷の残りを食べ進めていく。




 伊達に運び鳥達の拠点となっていない”梟の止まり木”、扉を潜るとそこには既にガルドや皮肉屋のジョナサン、ケツ顎のジャン、など個性豊かな運び鳥のメンバーがジョッキ片手に昼間から酒盛りを始めていた。


「おや、いらっしゃい。二人共。」


「ども、女将さん。」


「やっほー、女将。」


「全く、折角の休みだってのに、いつもの顔触ればっかだね。他に行くとこは無いのかい?」


「あったとしても、こんな雨の中じゃ無理だよ。」


「ソイツもそうか。」


 憎まれ口を叩く女将だが、その顔は笑っている。女将も人のいない静かな酒場よりもいつものメンバーがそろっている賑やかな酒場の方が嬉しいのかもしれない。


「それで、ご注文は?」


「俺は炭酸入りのミント水。」


「私は炭酸入りの果実水をお願い。」


「はいはい、アンタ達も屋台で食ってきた後かい。」


 料理を注文しないことに文句を言いながらも、ジョッキにそれぞれ注文した飲み物を入れカウンターに座った二人に渡してくる。


「おう、トール!お前も来てたのか。丁度いい、ちょっとゲームに付き合え!」


「いや、俺は遠慮しとくよ。」


「何だよ、つまんねえな。」


「だっておやっさん達、イカサマばっかりするだろ?


 テーブルの一角で今日の酒代を掛けてカードゲームに興じているガルド達がトールを誘うが、自分も含めて全員イカサマを仕掛け捲るカードゲームに辟易しているトールは誘いを断り、ジョッキをゆっくりと傾ける。尚そのトールにイカサマを教えたのは他ならぬガルドや祖父で、七歳の頃には本職顔負けのイカサマを身に着けていた。


「ねえねえ、女将。それ何?」


「ああ、コイツかい?今日はトール達の仕事が休みだから、朝から静かでね。ちょっと倉庫の整理をしてたら懐かしくって出してきちまったんだよ。」


 一方のリーアはカウンダ―の椅子に立てかけてある楽器のようなものに目を奪われている。それはギターのような形をしながらも長さの違う金属の管が並んで、それに合わせて弦が張られている。


「へえ、トライリュートか、懐かしいじゃん。」


「とら?」


「トライリュート、ここいらに伝わる楽器さ。弦を弾いてその振動で金属の管を震わせて音を出すっていう楽器で、アタシの前の店主、、、アタシの両親が偶に酒に酔った客の為に弾いてたんだ。まあ、アタシは音楽とかさっぱりだったから、両親がアタシに店を引き継がせてからはずっと倉庫に閉まってたんだけどね。」


「へえ~。」


 女将の説明を聞きながらも目を輝かせながらトライリュートを眺めるリーア。


「良かったら弾いてみるかい?」


「弾いてみたいけど、良いの?」


「ああ、別に構わないよ。倉庫の肥やしになるくらいなら誰かに引いてもらった方がコイツも嬉しいさね。」


 カウンター裏から出てきた女将がリーアにトライリュートを持たせて、簡単な弾き方を教える。仕事はどうするんだよ?と突っ込みたいが、酔っ払いだらけのこの場に突っ込む者はいない。


「さ、基本的な弾き方はこんなもんかね。後はアンタの好きなようにしな。」


「ん、それじゃ、お言葉に甘えて。」


 息を軽く吸ったリーアがトライリュートの弦を弾くと同時に歌い出す。


「これは、、、民謡か?」


 リーアが歌い出した歌はそれ自体が一つの物語となっている曲だった。




 とある所に美しい容姿と歌声を持つ歌姫がおりました。誰もがその歌声と美貌に魅了され結婚を迫ってくる。

 けれども歌姫は首を横に振るばかり、それでも諦めない男達に歌姫は言いました。


『私を魅了する歌声を持つ人と結婚します。』


 男達はこぞって歌姫よりも素晴らしい歌声を手に入れようとします。金持ちの男は優秀な先生に教えてもらって、頭がいい男は喉の調子が良くなる薬を使って、ずる賢い男は歌の上手い男の喉を奪って、そして貧乏で頭が悪く、正直者の歌が下手な男はひたすら練習をします。

 下手な歌声を馬鹿にされるのが恥ずかしい男は、いつも真夜中の皆が寝静まった夜の森で練習します。

 雨の日も風の日も皆に隠れてこっそりと練習する男でしたが、実は一人だけ男の秘密の練習を知っている女性がいました。


「真夜中の森の音楽会、観客は貴男も知らない私一人だけ、私と貴方の秘密、調子はずれの歌、けれど愛しい貴男の歌、毎晩開かれる音楽会に私は参加しよう。」


 けれども、いくら練習しても男の歌声は上手くなりませんでした。痺れを切らした女は顔をフードで隠して、男の練習にこっそり付き合います。


「楽しい楽しい、貴男と一緒に歌う歌がこんなにも楽しいなんて、貴方とずっと歌い続けたい、けれど貴男は私を知らない、それがこんなにも苦しいなんて、ああ、この気持ちは一体何かしら?」


 そうしてとうとうやってきた歌声の披露、金持ちの男も頭のいい男もずる賢い男も皆、素晴らしい歌声を披露します。

 けれど歌姫の心には全く響きません。そして貧乏で頭が悪く正直者の男が歌を披露します。それはとても下手くそな歌で、他の婚約者や観客が皆笑い転げてしまいます。

 けれど歌姫だけは違いました。彼女は涙を流し男に合わせて歌い出します。


「貴男が私を想って歌ってくれる歌がこんなにも嬉しいなんて、ああ、愛しい愛しい貴男の歌、私も一緒に歌いましょう、漸く気づいてくれた貴男、二人だけの秘密の音楽会、真夜中の森に響く歌声、今度はみんなに聞かせてあげましょう。」


 一緒に歌う歌姫と男、男は歌の練習に付き合ってくれた女性が歌姫だと気づきます。そして歌姫も男が自分の為に歌ってくれたことに喜び、男に恋をしていた事に気付きます。


「そうして結ばれた二人、歌姫の素晴らしい歌声、かたや調子はずれのへたっぴな歌声、けれども二人は幸せに歌い続ける。」




 リーアが歌い終わると酒場は静まり返っていた。それは彼女の歌や音楽が下手だったからではない、寧ろその逆、余りにも彼女の歌や音楽が上手すぎたのだ。

 そうして訪れた僅かな静寂の後には、一気に酔っ払いや女将、トールによる拍手喝さいが鳴り響く。


「うえ?」


「こいつは驚いたね。ちょっと基本を教えただけなのに。」


 突然の拍手に驚いているリーアと余りの上手さに呆れる女将。


「トール、なにこれ?」


「皆、お前の歌と音楽が素晴らしくて褒めてんだよ。」


「そ、そうなの?」


「いや、本当にすごいな。何処かで歌とか習ったのか?」


「お母さんに子供の頃、少し教えてもらった。えへへ」


 照れて笑うリーア、しかし彼女の言った事が本当だとしたらそのリーアの母親はかなり音楽の才能があるし、教師の才能もあるだろう。子供の頃に少し教えてもらっただけのリーアもその母親の才能を受け継いだのだろう。


「久しぶりにいい歌を聞かせてもらったよ。それでリーア、そのトライリュート気に入ったみたいだけど、もしアンタが良ければ偶にでいいからウチの店で曲を弾いちゃくれないかい。」


「えっ!うんっ!」


 皆に褒められながら愛おしそうにトライリュートを抱きしめるリーアが、女将の提案を聞いて嬉しそうに椅子から跳ね上がる


「アンタみたいな上手い奴に引いてもらった方がコイツも嬉しいだろうし、店の客も喜ぶしね。勿論ちゃんと代金は払うから、安心しな。」


 リーアは好きな楽器を弾けるし、女将もリーアの歌声と音楽のお陰で客の評判が良くなる。どちらにとってもプラスになる提案だ。


「うんうん、本当に綺麗な歌声だったね~。」


「ほっほっほ、まるで歌の中の歌姫のようじゃったのう。」


「ううん、歌姫はお母さんだよ?」


「ん?って、おわ!ユリウス!」


 何やらリーアが気になる事を言ったが、それよりもさっきまで空席だった隣の椅子から声がして振り向くとそこにはユリウスと見知らぬご老人が座っていた。


「やっほー、トール。こんな真昼間からだらだらしてたら駄目な大人になっちゃうよー。」


「今日は大雨で仕事に出れねえんだから仕方ないだろう。」


「駄目な大人なら目の前に沢山いる。」


「「グフッ!」」


 リーアの悪意無き言葉のナイフが心臓に突き刺さり、ガルド達が胸を抑える。


「賑やかな所じゃのう此処は。」


「そうだよ、お爺さん。此処はいつも賑やかで笑いが絶えない場所さ。」


「?なあ、爺さん。アンタここら辺では見かけない顔だけど、旅行者か?」


 島に住んでいて知らない顔がいないトールが、初めて見る老人に疑問をぶつける。


「ああ、いやそうじゃなくてのう。孫に会いに来たんじゃ。」


「孫に?」


「そこは僕が説明するよ、このご老人はお孫さんがこの島に住んでいるみたいで休みを利用して会いに来たらしいんだ。ところが久し振りに会うもんだから家の場所とか忘れてしまったみたいでね。大雨の中途方に暮れてたから僕が此処まで案内したんだ。」


「孫ね、、、そんな年齢の奴この島にいたか?」


 この島に住んでいるのは殆どが元軍人の運び鳥が殆どで大半が五十代から六十代だ。それ以外の店を開いている者達も四十代、若くて三十代だ。

 老人の見た目からして孫というのは十代、若しくは二十代だろうがそんな若い人間は運び鳥島には殆どいない。

 女将は二十代前半だが、祖父母は無くなっていて両親は別の島で暮らしているし、夜にウェイターとして働いているジゼルは祖父母は健在でこの島に住んでいるので会いに行くと言うのが既におかしい。

 トール自身は赤ん坊の自分を拾って育ててくれた親である祖父は無くなっているし、本当の祖父母どころか両親の存在すら知らないので彼も違うだろう。

 リーアはまず空人なので違うだろう、というかもし仮に孫だったとして老人を見て無反応というのは余りにも冷たすぎる孫という事になる。


「でも、わざわざこの島に来て家族に会えねえなんて悲しいな。お孫さんを探すの手伝おうか?」


「いやいや、そんな突き合わせるわけにはいかんよ。それにこんな大雨の中探し回ったら風邪をひいてしまうかもしれん。まあ、孫が此処に住んでいるのは確かじゃから、また日を改めて会いに行くわい。」


「そっか、でもま、助けが必要な時は言ってくれよ。俺はこの島で赤ん坊の頃から育ってんだから、島の事は熟知してるぜ。」


 生来のお人よしと亡くなった祖父を思い出してしまうからだろうか、老人に親身になるトール。


「はっは、そうかい、まあ、そん時は頼むよ。あー、それでな女将さん、儂は朝から何も食べてなくてのう、何かおすすめはあるかい?」


「うん?そうだね、腹が減っていて直ぐにできる料理か、、、イカのから揚げ何なんてどうだい?夜の為に仕込みも済ませてあるから、直ぐにできるよ。」


「じゃあ、それで頼むわい。」


「あいよ、そんじゃユリウス!アンタも手伝いな。昨日のツケ、昼食分チャラにしてやるから。」


「はーい。」


 カウンターの裏で女将とユリウスがから揚げを作っている間、リーアも含めて老人と三人で話していると老人の身の上が色々と分かる。

 老人には息子と娘、二人子供がいたが息子は飛行機事故で亡くなっており、会いに来た孫はその息子夫婦の子供である事、運び鳥島には一昨日の晴れの日に来た事、家はそれなりに裕福で家督は娘に譲っている事などだ。


「こら、ユリウス!つまみ食いするんじゃないよ!」


「味見だよ、味見。」


 お玉で頭を思いっきり叩かれているユリウスとは、ユリウスの父親と友人で彼に案内を頼んだらしい。


「はいよ、イカのから揚げ、大盛お待ち。」


「おお、こりゃあ、美味しそうじゃ。しかしちと量が多いの。もしよかったらお前さん達も食べんか?」


「え?いいのかよ?」


「一人で食べても寂しいし、老人にこの量はきついんじゃよ。」


「まあ、そういうなら。」


「遠慮なく頂きます。」


「あ、じゃあ僕もー。」


 老人の行為に甘え、トールとリーア、つまみ食いをして怒られたユリウスも一緒に食事に参加する。


「そう言えば、お前さんかなり若いようじゃが、運び鳥何じゃろ?」


「ああ、そうだぜ、十歳の頃からやってるからもう五年だな。」


 食事をしながらも会話は進んでいく。


「十五歳なら学校に通ったりしてる年頃じゃろう。それなのに働きに出て、今の生活が苦しいとか、抜け出したいとか、自分と同じ年齢の奴が羨ましいとか考えたりせんのか?」


「いや、別に?」


 即答するトールに老人が目を見開く。


「ああ、偶に聞かれるんだよ。仕方なくこの仕事を選んだんじゃないかって、そりゃあ確かに爺さんが亡くなった後に直ぐに仕事を引き継いだけど、別に仕方なくじゃないぜ?ガキの頃から飛行機を操縦してて、空を飛ぶことの楽しさは知ってたし、やりがいもあるかなら。俺は好きでこの仕事をやってるんだ。だから後悔はねえよ。」


「好きで選んでるか、くっくっく、いらん世話だったようじゃな。」


 笑みを浮かべる老人、その後も何故かトールについての話題を振ってくる老人にトール本人は不思議に思いながらも食事は進み、外も暗くなってくるに従って、他の客も増え、やがていつもの宴会に切り替わったところで老人とユリウスはいつの間にか姿を消していた。

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