第10話

 その後も様々なトラップに二人は見舞われた。天井から徐々に降りてくる部屋、水責め、砂責めの部屋、何かよくわからん甲冑のからくり人形が襲い掛かってくる部屋など、下手したらこれだけで小説や映画が作れそうなそれはもう、ロマンとスリルに溢れた遺跡での冒険だった。


「はあ、はあ、あれが宝ですかね?」


「わかんねえぞ、下手したらあの宝箱を開けた瞬間、何か罠が作動するかもしれねえ。」


 すっかり土だらけになってしまったトールとカトル。今二人がいる部屋は一辺四メートルくらいのシンプルな部屋で、その中央に宝箱らしきものが鎮座している。


「・・・それでは、開けますよ。」


「ああ。」


 何かしらの罠の可能性もあるが、この部屋に入った瞬間に扉は塞がれ後戻りはできなくなっている。

 罠にしろ、何にしろ、目の前の宝箱らしきものを開けないと事態は動かないのだ。

 ゆっくりと宝箱を開けるカトルにトールの拳が手汗をかく。そうして、開けられた宝箱の中に入っていたのは、、、


「こ、これは、、、」


「な、何だ?」


「また別の宝の在り処を示した宝の地図と宝箱の鍵です。」


「だあああああ!またかよ!」


 古典的ギャグのように顔面から地面に倒れこみスライドするトール、どうやらカトルの祖父というのはお笑いの基本を理解しているらしい。

 カトルの手元にある地図を確認するとまた地図の隅に”更にもうちっとだけ続くんじゃ♪”と書いてある。


「お、お爺様はお茶目な人でしたらから、、、」


「まさか、この地図に書いてある場所にも別の宝の地図があるんじゃないのか?」


 目を反らすカトル。


「あっ!見てください、出口が開きましたよ。陽の光が入ってきてるという事は此処から地上に出られますよ!」


「露骨に話題を反らしたな。」


 が最後まで付き合うと言ったのはトールなのだ。自分が言った以上、吐いた台詞の責任はきっちりと取らなくてはいけない。

 出口から階段を昇り、止めてある飛行機へと向かう二人だったが。


「はっはっは!待っていたぞ、貴様ら!」


「伯父さん、、、」


「ハゲ。」


 そこにはトールの愛機であるスパローよりも幾分か大きい飛行機が停まっており、更にスパローを取り囲むかのようにバンと彼の子分なのだろうか、手に包帯を巻いて首にかけている者や松葉杖を使用している者など大怪我をしている者達がいた。

 また全員顔面に鉄球でも喰らったかのように、凹んでいたり青痣で倍に膨れ上がったりしていた。


「愚かな貴様らは気づかなかっただろう、私達がこっそり貴様達の後を着けて、貴様達が財宝を見つけた後に奪おうとしていたことを!」


「いや、知ってたけど。」


「まあ、直接襲ってこなかったから無視してただけですしね。」


 さも自分が優れているようにふんぞり返っているハゲ子爵だが、後を着けていた謎の飛行機は二人はとっくに気づいていた、というか全身金メッキの飛行機なんて気づいて当たり前である。

 そして、トールにはそれよりも気になる事がある。


「なあ、アンタの後ろにいる奴ら?」


「ん?フフフ、気づいたか、こいつ等は私の忠実な部下達だ、こいつ等には貴様がカトルに荷物を渡す前に荷物を奪えと指示をしていたが、失敗したみたいでな。仕方ないので私も今回は同行したという訳だ。それだけではない、飛行機乗りも雇って襲わせたが奴らも他の空賊に襲われて空警に捕まったようだし、レストランを襲わせた奴らも捕まったと聞く。全く、どいつもこいつも役立たずで困るわ。」


 この男は鏡を見た事があるのだろうか?鏡を見ればそこに一番の役立たずが映っている。


「あー、成程、全部アンタの差し金だったのか。」


 何処かで見た顔だと思ったらそういう事か、しかも最初に襲ってきた謎の飛行機もこのハゲの仕業だと理解したトール、笑顔を浮かべているが笑えない状況になっている事にハゲ子爵は気づかない。


「さあ、お前ら!こいつ等が見つけた財宝を奪え、多少怪我をしていても数はこっちが上、何をしているさっさと行かんか!」


「よお、お前ら、後二割程殺されて、半殺しにしてもらいに来たのか?」


 いつまで経っても動かない部下にハゲ子爵が怒鳴り散らすが、トールが笑みを浮かべながら拳をポキポキと鳴らすと、腕が骨折している者も含めて全員両手を上に挙げる。

 トールにボコボコにされた記憶が蘇り、完全に戦意を消失している。ボコボコと言ったが、実際はリンチのような物で腕や足の骨は折られるわ、顔面は凹むわ、ゴミ箱に突っ込まれるわ等、散々な目にあたのだ。


「何を怯えている貴様ら、こんなガキ一人に怯えて、、、」


 ガチャッ!


 後ろを振り向き、部下を叱るハゲ子爵の後頭部に冷たい金属の感触が伝わる。トールがレバーアクションピストルを突きつけたのだ。


「で、どうする?大人しく帰るか、それとも海の藻屑になるか?」


「ま、待ってくれ、、、そっそうだ!山分けにしないか!」


「「はあ?」」


 いきなり訳の分からないことを言いだすハゲ子爵


「山分けなら、貴様達の取り分もあるし、私も財宝を得られる。どちらも損はしないじゃないか!ま、まあ多少は取り分については相談させてもらうが、そうだな貴様たちが三で私が七とかどうだ?平民である貴様達にはそれでも十分だろう?私は貴族で家の維持には莫大な金が掛かるし、今回雇った奴らへの報酬も払わねばならんのだ、多少は多めに貰ってもいいだろう?」


「おいハゲ、ふざけてんのか?」


 余りにも厚かましい申し出をするハゲ子爵、どうやらこの男、頭が禿げた代わりに心臓に毛が生えているらしい。


「アンタ、いい加減に、」


「はあ、分かりました。財宝は山分けで構いません。」


 いっそのこと脅しで一発撃ってやろうかと考えていたトールだが、余りにもしつこい伯父に呆れたのか、それともウンザリしたのかカトルがハゲ子爵の要求を呑む。


「良いのかよ?殆どこのハゲに取られるぞ?」


「元々僕が宝を探していたのは、小説の続きを書く為、お爺様が隠した宝の正体が分かればそれで構わないと思ってましたし。」


「まあ、あんたがそう言うなら。」


 部外者である自分はどうこう言う立場では無いので、トールは銃を降ろす。


「そ、そうか!良し!なら今すぐにでも財宝の場所まで私を案内しろ!おい、何をボサッとしている!私に時間を無駄に過ごさせる気か!?高貴な私と貴様らとでは、、、」


「空気を読んで黙るのと辞世の句を詠んで黙るのどっちが良い?」


「く、空気で、、、」


 が、五月蝿い子爵を黙らせる為に再び銃口を向ける。


「どうなっても知らねえぞ。」


「まあ、諦めましょう。」


 厄介な同行者が出来たことに溜息を吐きながらも、トールとカトルは飛行機に乗り込み、次の島へと飛び立つ。

 そしてその後ろを金メッキで装飾された酷く悪趣味な飛行機が付いていった。




 大冒険の果てに手に入れた地図、そこに記された場所は木々が一切ない島で、中心地を取り囲むようにして岩の壁があり、空中から見たら王冠を連想させる島だった。


「あっ!あそこに海水が流れている穴があります!あそこから入るんじゃないんですか?」


「大分小さい穴だな。飛行機じゃない入れないから、近くで降りて、ゴムボートに乗り換えるぞ!」


 カトルの言う通り、島の外壁の一箇所に海と繋がっている穴がある。

 二人は穴の近くに着水するとカトルが座っている後部座席から、墜落した際や救助の際に使う折りたたみ式のゴムボートを取り出し、膨らませる。


「おい、あのハゲがなんかギャーギャー言ってるぞ。」


 二人が降り立った場所から大分離れた所で着水した趣味の悪い大型飛行機のハッチから顔を見て出したハゲに子爵が二人に向かって叫んでいるが、距離が離れすぎて全く聞き取れない。

 もっと近くで着水するすれば良かったのだろうが、パイロットの腕が悪かったのだろう。


「こっちに来ない事を考えると、ゴムボートが無いから乗せろ、じゃないですかね?」


「ゴムボート無しって、墜落したら飛行機と運命を共にする事になるじゃねえか。」


 トールだって祖父の遺した飛行機には愛着があるが、流石に最後の瞬間まで共にしようとは思わない。

 案外あのハゲ子爵は飛行機に対して並々ならぬ愛情を持っているのだろうか?

 いや、ただ単にそう言った安全面での意識が低いだけか。


「どうする?置いていくか?」


「置いていったら、絶対面倒臭い事になりますよ。連れて行きましょう。」


「どうする?途中でボートから突き落として事故死に見せかけるか?」


「どれだけ貴族が嫌いなんですか?」


 こんな発言をするくらいである。勿論全ての貴族を嫌っているわけでは無いが、余りにも上から目線の偉そう且つ自分勝手な貴族は大嫌いである。


「あの、絶対に大人しくしてて下さいよ。」


 それから、ハゲ子爵を乗せバランスが悪くなったゴムボートで島に入ったのだが、道中トールがオールでハゲ子爵を殺さないか、カトルはヒヤヒヤしていた。


「これは、、、」


「凄え、、、」


 尤もそんな心配は島の中心に着いた瞬間吹き飛んでしまった。

 島の中心部の天井には大きな穴が空いて降り、そこから差し込んだ陽の光を透明度の高い海水が反射し、天井をユラユラと照らしている。

 それだけじゃ無い、透明度の高い海水によって海中の珊瑚や魚もボートの上からはっきりと見え幻想的な風景を映している。

 正しくそれは絶景としか言いようがなかった。


「これがアンタの爺さんが遺した宝だって言っても俺は信じるぜ。」


「本当に、綺麗だ。」


「ふん!何を言ってる!こんな風景なぞ、一クラウの価値もないわ、そんな事よりさっさとボートを地面につけろ!上陸できんではないか!」


「・・・ほらよ。」


 が、空気を読むと言っておきながら、空気を読まない発言をするハゲ子爵の所為で台無しになってしまった。

 イラッときたトールは地面近くまでボートを寄せてからハゲ子爵を蹴飛ばし、ボートから落とす。

 浅いとはいえまだ海面だが、本人がさっさと上陸したいと言っていたのでこれで良いだろう。


「ぶはっ!貴様何をする!」


「ワカメみてえ。」


「ぶふっ。」


 海面に突き落とされ、水浸しになったハゲ子爵が立ち上がりながら怒鳴る。

 そんな彼の側頭部に僅かに残った髪の毛が濡れた事で海藻のようになり、それを指摘したトールにカトルが釣られて笑う。


「よし、それじゃあ、進むか。地図には細かい場所は書いてないのかよ?」


「一応、大雑把な場所は書いてありますが、基本はしらみ潰しに探すしかないですね。」




 その後、島へと上陸した三人は分かれて島の散策をする。中でも気合が入っていたのはハゲ子爵で、もし彼が一番最初に宝を見つけたら独り占めする事が丸わかりなくらいだ。


「みなさーん、こっちに来てくださーい!」


 しかし、幸いにもそのようなことは起こらず、カトルが小さな隠れ家らしき小屋を発見する。


「これは、、、秘密基地か何かか?」


 小屋を見たトールがそう表現したのも無理はないだろう。小屋とは表現したが作りが余りにもお粗末で素人が作ったことが見てわかるし、他にも小屋の外には鉄骨を支柱にしたハンモックや積み上げられたボードゲーム、手作りのテーブルの上に置かれたラジオやレコードなどがあり、どちらかというと”夏休みに子供が作った秘密基地”といった印象が強いからだ。


「おい!このボロ小屋の中にあの親父が隠した財宝があるんだろうな!」


「それは分からないですけど、他に有りそうな場所はありませんでしたし、、、」


「どけ!」


 ハゲ子爵がカトルを突き飛ばし、小屋の扉を無理矢理開ける。鍵は扉についていなかったし、元々がお粗末な作りであった為、扉が外れ地面に倒れる。


「空気を読まねえハゲだな。」


 本来の相続人であるカトルを差し置いて、宝を手に入れようとするハゲ子爵に怒りを通り越して呆れてしまう。


「くそ、何処だ!何処にあるんだ!」


「おい、ハゲ!あんまり散らかすなよ!」


 二人も続いて小屋に入るが、ハゲ子爵が後先考えずに手当たり次第に周りの物をどかし、地面に落とす所為で埃が凄い事になってしまっている。


「私の宝!私の宝は何処だ!」


「なあ、やっぱあのハゲ連れてこなかった方が良かったんじゃねえか?絶対アレ宝見つけたら独り占めしようとするぞ?」


「言わないでくださいよ。僕だって薄々気づいてたんですから。」


「ここか!」


 見苦しいハゲ子爵を余所に内緒話をしていたトールとカトルだったが、ハゲ子爵が壁に立てかけてあった絵を外し、隠し扉を見つけると視線を戻す。


「む、さび付いていて扉が開かん、何をしている!貴様らもさっさと手伝わんか!」


「俺達がアンタを仕方なく連れてきたのに、何で偉そうなんだ?」


「伯父さんは貴族らしい人ですからね。」


 仕方なく、三人で隠し扉を開ける。が、蝶番がさび付いていたせいで力を入れて引っ張った途端、扉事外れてしまった。


「痛って!」


「大丈夫ですか?」


「おおお!これが宝か!」


 外れた扉の下敷きになったトールや心配するカトルには目もくれず、ハゲ子爵は隠し扉の先にあった小さな収納に収まっていた玩具の宝箱らしきものを見つけ目を輝かせる。


「鍵が掛かってるだと!入り口や隠し扉には鍵が掛かってなかった癖に!おいカトル鍵を寄越せ!何をぐずぐずしてる!この鈍間が!」


「あのハゲ、半殺しにしてやろうか?」


「だんだん、僕もそうしたくなってきました。」


 今なら此処でハゲ子爵が死んだとしても目撃者は誰もいない、死人に口なし殺るなら今だ。


「ったく、どけよハゲ!」


「な、何をする!貴様、平民如きが!」


「この宝箱を開けるのは爺さんから正式に財産を相続したカトルだろ?つーか、それ以前に空気読めや。」


 本当に空気ではなく辞世の句を詠ませてやろうかと考えたトールだが、鋼の精神でそれを抑え、カトルに宝箱の鍵を開けるよう促す。


「さあ、開けるのはアンタだ。またこの箱の中に別の宝の地図が入っていても俺はアンタを送っていくから心配すんな。」


「ありがとうございます。・・・それでは、開けます。」


 前に出たカトルが先に手に入れた鍵を宝箱の鍵穴に差し、ゆっくりと回す。

 ”ガチャッ”と鈍い音を立てて、中にバネでも仕込まれていたのか、ゆっくりと宝箱の蓋が開く。そして中を確認したカトルは。


「これは、、、何だ?」


「こいつは、、、、」


「おい!宝箱の中身は何なんだ!早く答えろ!金か銀か!それとも宝石類か!中身によっては我がハーケイ家の没落もあり得るのだぞ!」


 宝箱の中身を確認して、動きが止まった二人に苛立ったハゲ子爵が押しのけるようにして前に出て中身を確認する。

 そしてまた彼も中身を見て動きが止まってしまった。


「な、何だこれは、、、」


「ブリキの玩具ですね。」


「こっちはシーグラスにレコード、あと昆虫の標本とか絵本だな。」


 宝箱の中身、それはハゲ子爵が想像していたような金銀、宝石の山などではなかった。

 そこにあったのは、ブリキで出来たゼンマイで動く船と飛行機の玩具、大小様々な色とりどりのシーグラス、大分昔の歌手のレコードに手作りの昆虫の標本、そしてすっかり茶色に変色した絵本とありふれたものだった。


「ん?おい、箱の側面に何か封筒がくっついているぞ?」


「あ、本当ですね。読んでみます。」


 目当ての財宝が無かった事に放心しているハゲ子爵を放っておいて、箱の側面にくっついていた封筒をカトルが手に取り、中身を確認する。そして


「・・・成程。」


「何が書いてあったんだ?」


「この玩具の山がお爺様にとって世界で最高の宝だったんです。」


「どういう事だよ、そりゃ?」


「手紙にはこう書いてあります。読みますよ。」




『我が愛しい孫のカトルよ。これを呼んでいるという事はお前は儂の残した宝を見つけたという事じゃな。きっと中身を確認してお前は唖然としているだろう、こんなもののどこが宝なのだと、だがこれらは儂にとっては正しく”世界で最高の宝”なんじゃ。この箱に入っている物は儂が幼い頃、友人達と一緒に集めた物なんじゃ。親に内緒で秘密基地を作り、そこに皆で集めた玩具などを宝物として隠したんじゃ。じゃが、その友人達も戦争や老衰で一人、また一人と亡くなっていき、とうとう儂がその宝の存在を覚えている最後の一人になってしまった。そして儂もいずれ死んでしまう、それに気づいた時、この宝の存在が誰からも忘れ去られる事が怖くなってしまった。確かに他の人間から見ればガラクタに見えるじゃろう、じゃが、それでも儂らにとっては生きた証であると同時に大切な思い出の品でもあるんじゃ。だからこれをカトル、お前に見つけて欲しかった。お前に儂らの生きた証を覚えて欲しかったのじゃ。ん?だったら普通に渡せばいいじゃないかって?馬鹿モン!それじゃロマンが無いじゃろう!冒険というのはロマンを求める物、ロマンが無い宝さがしなんて唯のお使いと変わらんわい!』


「それで俺達死にかけたんだけどな。」


 カトルが読み上げた手紙を聞き、何とも言えない表情を浮かべるトール。


「でもま、伝説の冒険王が残した世界で最高の宝ってのが友人との思い出の品ってのはいいんじゃねえか?俺は割と好きだぜ、そういうの。」


「そうですね、下手な金銀財宝より、こっちの方がお爺様らしいです。」


「そ、そんな、こんな、ガラクタが宝だと、、、」


 なんだかんだで冒険を楽しんだトールとカトルの二人はお茶目なカトルの祖父が残した手紙の内容に笑っているが、ギャンブルで膨らんだ借金の返済を財宝で済まそうとしていたハゲ子爵は地面にへたり込み、虚ろな目をしている。


「どうすれば良いのだ!財宝を当てにして、借金取りに”借金は明日に色を付けて返してやる!”と啖呵を切ったのだぞ!それだけじゃない六十年ローンで全身金メッキの大型飛行機も購入したし、雇った飛行機乗り共への金を払わねばいけないんだぞ!」


「皮算用って言葉知ってる?」


「こうなってしまえば、爵位を返上して破産するしかないではないか!そうなってしまえば、私は平民と変わらぬではないか!」


「そう気を落とすなよ。平民も悪くないぜ。」


 ショックの余り唯一残った側頭部の髪も抜け落ち、ツルッパゲとなってしまったハゲ子爵。太陽の光が反射して眩しい。

 余りにも哀れだったのでトールが励ますが、ハゲ子爵は「五月蠅い!」と怒鳴り、一人トボトボとゴムボートに乗り、一足早く飛行機へと帰っていく。さよなら金持ち人生、ようこそ借金地獄。

 帰る手段を失ったトールとカトルだが、別に泳いでも問題ない距離だし、秘密基地の中に筏もあったので帰るのに苦労はしないだろう。


「んじゃ、宝箱を回収して俺らも帰るか。」


「そうですね、あっでもその前に。」


 自分達も帰ろうとするが、カトルが宝箱の中から中身を幾つか取り出すとそれをトールに渡す。それは飛行機のブリキの玩具とレコードであった。


「あの、もし良ければ、これを受け取ってください。」


「良いのかよ?アンタの爺さんが残した大切な宝何だろ?」


「はい、此処まで連れてきてくれたお礼です。それに僕以外の人にもお爺様の事を覚えておいて欲しいんです。」


「そう言われちゃ、断れねえな。」


 大人しくカトルから”宝”を受け取るトール、するとカトルが手に持っている封筒のある存在に気付く。


「なあ、その封筒、中身がまだ入っているぞ?」


「えっ?あ、本当です。でも一体何が?」


 隠されていた封筒の中身を確認すると、それは手紙ではなく船の設計図のようであった。


「船の設計図、、、?名前はネモ?」


「ネモって確か、小説に出てくる船じゃねえか?あれって確か爺さんが盛った話だって、、、」


「僕はそう思ってましたけど、、、でもこの設計図、、、実在していた。あっ!此処に小さなメッセージが!」


 設計図の隅に書かれたメッセージ、そこには『カトル、此処まで来れたという事はお前ももう立派な冒険家だ、そんなお前の冒険のお供になるよう、嘗て儂の相棒だった船の設計図を託そう。この船があれがどんな場所にだって行ける頼もしい相棒じゃ』と書かれている。


「こいつは驚いたぜ、まさかネモが実在するなんてな。こっちが本当の遺産だったんじゃねえか?」


「お爺様、、、そうかもしれませんね、いつまでも人の話を憧れて聞くだけじゃなく、僕自身も一歩を踏み出す時かもしれません。」





 その後、記念として写真撮影した後はカトルと一緒に飛行機に戻り、島を後にした。カトルは家に戻り次第すぐに執筆活動を再開するという事で寄り道はせず、真っすぐ彼の住んでいる島へと向かった。

 なおハゲ子爵は死んだように静かで、特につっかっかる事無くそのまま別れた。きっとこれから借金の返済に苦労する人生を過ごすことになるのだろう。


「だから、服を着ろって。」


「あっ、お帰りトール。」


 そうして仕事を終えたトールは相変わらず、桟橋で飛ぶ練習をし、失敗して海に落ち、服を乾かす為に全裸になるを繰り返しているリーアに呆れる。

 彼女の裸を見ないよう目をそらしながら、毛布を手渡す。


「全く、ああそうだ。ほら、今日の仕事のお土産。」


「?、サインと玩具?」


 体を隠したことを確認すると、リーアに本日の土産であるカトルの直筆サインとブリキの飛行機の玩具を渡すが、いきなり渡されたリーアはキョトンとしてる。


「ソイツは伝説の冒険王が追い求めた世界で最高の宝と、その孫のサインさ。」


「?」


 が結局分からず、リーアは首をチョコンと傾げた。




 カトルとのちょっとした冒険から一週間後、桟橋で歯磨きをしながらカモメから受け取った新聞を読むトールとリーア。

 二人が読んでいるのは”七つの海の冒険王デュラ”の最終回だ。どうやらカトルは本当に直ぐに執筆活動を再開したらしく、休載の誤報のお詫びと一緒に最終回が掲載されている。

 前回最後に嵐の中、海へと突き進んだデュラ。そうして進んだ先にあったのは嘗て幼い頃友人達と一緒に作った秘密基地がある島。

 そこで見つけた思い出の品、自分達が、友が生きていた証を見つけたデュラは涙を流す。そして今までの自分の冒険譚を物語に書き記すことを決意する。

 最後の場面は老人になったデュラが、寝付けない孫の為に自分の冒険譚を読み聞かせ、孫が自分も冒険家になると言って寝付いた場面で終了した。


「なんと、今までの話は、デュラが孫に読み聞かせてた話とは。」


「ふーん、やっぱアイツもロマンを求める為に冒険の旅に出るのか。」


 綺麗な終わり方をした物語にリーアは感心し、トールは恐らくカトルがモデルであろう孫が冒険家になると言った事から、カトル自身も冒険家になるであろうと確信していた、きっと今頃船の開発に勤しんでいるのではないだろうか。


「でも、今週で最終回なんて、明日から何を希望に生きて行けば、、、」


「元気出せって、ほら次から新連載始まるらしいぜ。」


「どんな話?」


「何か恋愛物らしいぜ?”オレ様皇子と貧乏貴族の三女の生意気な恋”だってよ。オレ様って何だ?」


「オレ様系は好きじゃない。」


「だからオレ様って何だよ?」


 大好きな絵物語が最終回した事で項垂れた彼女を元気づけようとするが、生憎の新連載はリーアの好みに合わなかったようだ。


「あーあー、元気でないなー。誰か元気をくれる言葉くれないかなー、、、チラッ」


「ちゃんと歯磨けよ。」


「あーあー、誰かが愛してるって言ってくれたら、直ぐに元気出るのになー、、、チラッ」


「ん?へえ、オークションで古いレコードに五百万クラウの値が付いたか、、、ん?」


 棒読みでチラチラトールに視線を向けるリーアだが、トールはそんな彼女に目もくれず新聞の一面を飾っているオークションの記事に目を奪われている。

 何でもとあるコレクターがオークションで出品した古い歌手のレコードにとんでもない額が付けられたらしく、理由としては当時その歌手は人気がなく、レコードが数十枚しか作られなかったのだが没後、その歌声や歌詞が貴族の間で高く評価された事で価値がもの凄い高騰したらしい。

 同じように先週開かれたオークションで、没後有名になった職人が作ったブリキの玩具にも高値が付けられ落札され、落札者はその職人が作った船と飛行機の玩具も高値で買い取ると記事にコメントしている。


「・・・・・・」


 新聞にはそのレコードが納められたパッケージとブリキの玩具の写真が載っているのだが、トールにはとても見覚えがあった。

 具体的には一週間くらい前から見覚えがある。それはあの日カトルから一部譲り受けたレコードとブリキの飛行機の玩具だった。

 ハゲ子爵はガラクタだと言っていたが、どうやらとんでもないお宝だったらしい。もしかしてカトルはその価値を分かっていて、冒険に付き合わせてしまった迷惑料として自分に渡したのだろうか?

 一瞬、そう考えたトールだが口に笑みを浮かべると新聞のオークションの記事をビリビリに破く。


「思い出の品に値段付けるなんざ、野暮だわな。」


 そう、あのレコードとブリキの玩具はカトルの祖父の思い出の品、それで良いのだ。


「うっし、んじゃ今日も頑張るか!」


「ブーブー、全然釣れない、でもそこが素敵。」


「はいはい。」


 そして今日も変わらず、トールは運び鳥として人々の思いが詰まった品を届ける仕事に向かう。



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