第8話

「へえ、オークションでブリキの玩具に百万クラウの値が付くねえ、見た目は唯の玩具だってのに、、、ん?これは、、、貴族様も諦めが悪いねえ。」


「どうしたの、女将さん?」


 ”梟の止まり木”にて昼食として女将が作ってくれた賄いのグラタンもどきを食べていたリーアだったが、カウンターの裏で新聞を読んでいた女将が顔を顰めたのを見てフォークを動かす手を止める。


「いやね、此処に書いてある記事なんだけど、アルバスの貴族が第一皇子の行方を捜索してて、それに関する情報を与えた者に報酬として一万クラウを差し上げるって書かれてるんだけど、、、とっくに死んでるに決まってるじゃないかい。」


「第一皇子?」


 可愛らしく首をコテンッと傾げるリーア。


「ああ、そうだったね。アンタは知らないよね。昔から貴族の間で噂があったのさ。十五年前に行方不明になったアルバスの皇子はまだ生きているってね。」


 地上のデュラスとアルバスの事情を知らないリーアに女将が説明をする。


「今のアルバスは女王陛下が統治しているけど、実は女王陛下の前はその兄である人が国王だったんだよ。」


「うん。」


「ところが、終戦直後にね。デュラスとの会議の為にデュラスの国王がいる島に向っていた国王とその妻、生まれたばかりの赤ん坊だった第一皇子を乗せた飛行機が墜落してね。国王と奥さんは帰らぬ人に成っちまったのさ。当時はデュラスの陰謀だの、終戦反対派の貴族が事故に差し向けた暗殺だの言われてたけど、結局飛行機の整備不良で事故死ってことになったのさ。」


「だったら、その第一皇子も死んでるはず?」


「ところがね、国王とその奥さん、当時の王妃様と飛行機のパイロットの遺体は見つかったんだけど、第一皇子の遺体だけはどんなに探しても見つからなくてね。それで一部の貴族は第一皇子はまだ生きているって騒いで必死に探してんのさ。」


「うん、大体わかった。でも何で探してるの?」


「そこなんだよね~。」


 女将が心底うんざりしたような顔をする。


「その一部の貴族は現女王の政策に反対している奴らやデュラスとの終戦に反対している貴族で、本来の王座継承権第一位の皇子を祭り上げて、女王様を玉座から引きずり出そうとしてんのさ。若しくは皇子を見つけ出して王家に取り入ろうとする奴らだね。」


「皮算用、赤ん坊だった第一皇子が生きてるわけがない。」


「そうなんだけど、欲深い貴族は諦めきれないのさ。呆れちまうよ、全く。」


「それは分からないんじゃないかな?」


 あり得ない事を追い求めている貴族に女将とリーアが呆れていると、金がない為昼食代を皿洗いで返しているユリウスが声を掛ける。


「もしかしたら、本当に生きていて案外自由な生活を送っているかもよ?」


「まあ、ないとは言い切れないけど、、、」


「そうだったら、そのまま自由に生きて欲しい。」


「そうだねえ、下手に貴族の政治の道具になるくらいなら、自由が一番だ。それにきっと本人は自分の生まれなんて知らないし、貴族が大嫌いな性格になっているよ。」


「?、ユリウス、まるで見てきたかのような言い方?」


「あっははは、まさかー、唯の勘だよ、勘。」




「ヘックシ!」


「風邪ですか?」


「いや、何か急に鼻がムズムズして、、、」


 リーア達が第一皇子について話していた同時刻、突如くしゃみをしたトールにカトルが心配そうに声を掛ける。


「それでだ、説明してくれるんだよな?アンタがなんで追われてて、俺の飛行機に乗り込んだのか?」


「は、はい。」


 飛行機を操縦している為トールは後ろを振り向かないが、普通に考えて機嫌が悪いだろうと考えたカトルは申し訳なさそうに事情を説明する。


「僕はカトル=ハーケイと申します。職業はしがない作家で新聞に絵物語を連載しています。知ってますか?"七つの海の冒険王デュラ"って言うタイトルなんですけど、、、」


「マジか、、、アンタが作者なのか、、、俺も、家に住んでる居候も毎週読んでたぜ。」


「あ、ありがとうございます。」


 思いもよらぬタイミングで思いもよらない人物と出会ってしまった。

 取り敢えず後でサイン貰って、リーアへの土産にしよう。


「実はあの絵物語なんですけど、あれは僕の祖父、デュラ=ハーケイの実話を元にした話なんです。お爺様は幼い頃、貴族の家に嫌気がさして、実家を出て行ったんです。それからは冒険家として活躍なさって、幼い頃の僕に良く体験談を聞かせてくれていました。」


「へえ、じゃあ絵物語に出てくる七つの機能を持つ船、ネモも本当なのか?」


「さあ?祖父の話に出ては来ましたけど実物は見たことないですし、、、若しかしたら少しだけ脚色したのかもしれません。」


 確かに潜水機能やグライダー機能が付いた船なんて聞いたことが無い、あったらとっくに軍が量産している。


「それで、アンタのお爺さんが冒険家だってのは分かったけど、それでなんで追われてたんだ?」


「僕の両親は早死にして、僕はお爺様に育てられたんです。作家として家計を支えながらお爺様と一緒に慎ましく暮らしていたんですけど、そんなある時お爺様が体調不良を訴えるようになって、僕にある言葉を託したんです。」


「ある言葉?それがアンタが追われていた事に関係するのか?」


「はい、お爺様は僕に"自分が死んだ時、お前宛に有る宝の隠し場所を記した地図を送るよう手配している。その宝を手にして自由に暮らせ"と言い遺しました。それから暫くしてお爺様は亡くなられました。」


「それが俺が今日アンタに渡した荷物ってわけだ。」


 頷くカトル。


「しっかし腑に落ちないな、孫のアンタの生活を心配してたんなら銀行に宝を渡す預けるなりして、死んだ時に渡すように遺言を書けば良かったじゃねえか、何でわざわざ隠すんだよ?」


「多分それはお爺様なりに僕を楽しませようとしたんでしょう。」


「楽しませる?」


「はい、幼い頃からお爺様の冒険譚を聞いていた僕は、将来お爺様の様な冒険家になりたいと夢見てました。お爺様はそんな僕に誕生日プレゼントをくれる際、プレゼントその物ではなく、プレゼントの隠し場所を記した地図を"宝の地図"と言って渡してくれました。それを僕は本当の冒険のようにワクワクしながらプレゼントを探したんです。」


「粋な爺さんじゃねえか。ん?、、、なあ、確か来週から"七つの海の冒険王デュラ"って休載だったよな?その理由って?」


「ギクッ!」


「わざわざ自分の口でギクッっていうか、、、」


 漫画や小説ならまだしも現実でギクッといったカトルに呆れるが、彼の反応からしてトールの予想は当たっていたようだ。


「はい、、、実は祖父から聞いていた冒険譚は全て書ききってしまって、今書いているのが最後の物語なんですけど、それに出てくる”世界で最高の宝”というのが。」


「その地図に書いてあるお宝って訳だ。でアンタはそのお宝の正体が分からないから休載したと。」


 頷くカトル。


「本当なら運び鳥である貴方方から地図を受け取った後、船にのってのんびりと宝物を探そうとしていたんですけど、そこに僕の伯父が現れたんです。」


「伯父って、あのハゲか?」


「そ、そうですけど、凄いですね貴方、伯父は子爵なのにハゲ呼ばわりって、、、」


 不敬罪まっしぐらである。


「説明を続けますね。お爺様が貴族の家から勘当される際に二人いた息子の内一人がお爺様についていったんです。それが僕の父です、そして残ったもう片方の息子、伯父さんはそのまま家を継いで子爵の地位を手に入れました。伯父さんは僕らの事が疎ましかったのでしょう、ある時二度と関わるなと縁を切られました。」


 そこまで言った所でカトルが溜息を吐く。


「ところが、何処で話を聞きつけたのか僕がお爺様から宝の地図を受け取ることを知った伯父さんは、僕に宝の地図を寄越せと、財宝は全部自分の物だと言ってきたんです。」


「はあ?おいおい、自分から縁を切っておいてそれはねえだろ。それに貴族様なら別に金には困ってねえんだから放っといてくれりゃいいじゃねえか。」


「いえ、それが伯父さんは金遣いがかなり荒く、ギャンブルで財産の殆どを失ってしまったんです。それで借金が溜まりに溜まり、このままいけば爵位をはく奪されると焦った伯父さんはお爺様が残した財宝に目を付けたんです。それで借金を返済しようと、さっき僕を車で追いかけまわしたのは伯父さんの部下です。地図を受け取った後急いで地図に書いてある宝を回収しようと家を出た所で襲われまして。」


「今に至ると、しかし爵位なんてものの為に銃をぶっ放しながら追いかけるか、普通?」


「伯父さんは良くも悪くも貴族らしい人ですから。」


 見た目で分かっていたが、やはりあのハーゲイ子爵(ハーケイだがトールはもうハーゲイと呼ぶことにした)は自分の嫌いなタイプの貴族だ。


「あの、、、巻き込んで本当にすいませんでした!」


 無関係のトールを巻き込んでしまった事にカトルが大声で謝る。後部座席にいる為見えないがきっと頭も挙げているだろう。


「貴方は全くの無関係なのに、巻き込んでしまって、、、僕がもっとうまく立ち回れたら貴方が巻き込まれずに済んだのに、、、」


「別に気にすんなよ、旅は道連れ世は情け、あのままだったらアンタが酷い目に合ってたんだ。あのハゲは恨むけど、アンタを恨みはしねえよ。それで、何処に行けばいいんだ?」


「え?」


「だからその地図に書いてある宝の隠し場所だよ、送っていくからよ。」


「それは助かりますけど、良いんですか!?」


「良いも悪いもアンタ、自分でその場所まで行ける足持ってねえだろ?それに伝説の冒険王が残したお宝何てワクワクするねえ。こんな面白い話を目の前にして、はいサヨウナラなんて釣れねえじゃねえか。」


 困惑するカトルだが生憎このトールという男、お人好しの考えなしでロマンを愛する馬鹿なのである。

 巻き込まれただとか、自分には関係ないとか、財宝を見つけて分け前を貰おうとか、そんな面倒くさいことを考えておらず、カトルが困っているし自分もお宝に興味があるからという理由で動くその場のノリで生きている人間なのだ。


「で、でも僕には貴方へのお礼としてお返し出来る物なんて。」


「じゃあ、後でサインくれよ。それと連載を再開してくれればそれでいいさ。」


 伝説の冒険王が残したお宝というロマンあふれる冒険、それにカトルが連載を再開し、サインを貰う事が出来ればリーアも元気になるというメリットばかり、此処でカトルと別れるという選択肢なんてトールには無いのだ。


「それじゃ、俺は地図を見れないからアンタが言葉で案内してくれ、飛ばすから吹き飛ばされないようしっかり捕まってくれよ!」


「で、できれば安全運転で、、、」


「安心しな、事故らなければ安全運転だ!」


 とんでもない暴論を吐き、スロットルを全開するトール、カトルの叫び声が空に響き渡った。


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