第7話

 乱入者により選手交代した空中リアル鬼ごっこ、鬼は漆黒の最新の戦闘機に乗る謎の人物、逃げるのは戦時中に作られた旧式の戦闘機に乗るトール。

 不利なのはトールである事は説明するまでもない、説明するまでもないと言ったが舌の根も乾かぬ内に説明しよう。

 トールが乗っている飛行機はスパローDb02カスタムという名前の戦闘機であり、元々はデュラスの軍人であり戦闘機乗りであった祖父が退役した際、退職金代わりに盗、、、譲ってもらった戦闘機でそれを運び鳥として多くの荷物を長距離にわたって運べるように追加の燃料タンクやエンジンの馬力の向上といった改造を施したものだ。

 また条約により、武器類は一切取り外され、最新の戦闘機と比べると最高速度などで劣るが戦時中にドッグファイトを前提に大量生産された為、頑丈且つ修理する際に部品の調達が容易という利点がある、今はその利点は全く役に立たないがな!


「ああ、こんな事なら空賊を仕事の邪魔だからって墜落させるの止めとけばよかったな。」


 というか本来それは空警や軍の仕事である。


「でもま、命を狙われるのはアイツらで慣れてるし、いつもの事か。」


 気持ちを切り替え、後ろから迫ってくる漆黒の戦闘機を備え付けられたミラー越しに確認する。速度や火力では圧倒的に上回っており、先程から重火器を乱射しているのだがトールの愛機にはかすりもしていないし、距離も先程から縮まっていない。


(腕は俺の方が圧倒的に上か、、、ウミネコ団の奴らよりも下手だな。)


 その性能を活かしきれていない戦闘機の操縦者に辛辣な判定を下すトール、なお群青のウミネコ団の連中はさっさと距離を取り、遠くで観戦している。腐れ縁の癖に薄情な連中である。


「今日の俺の荷物は一つだけで、襲っても大して意味がないってのに。」


 後部座席に乗せている荷物は筒の一本だけ、この中身にどれ程の価値があるかわからないが、少なくとも最新の戦闘機をわざわざ使ってまで強奪してもお釣りが返ってくるとは思えない。

 まあ、それを説明してもどこかに金目の物があると疑うのが空賊であるため、説得は意味を成さないが。


「現実逃避は此処まで、時間も押してる、燃料も勿体ない、とっとと墜落してもらいますかね!」


 スロットルレバーを全開にし最高速度で距離を離すと、漆黒の戦闘機も速度を上げて追いつこうとする。

 そうして元の距離まで縮まるかと思われたが、トールは機体を半回転し、そのまま海へ向かって機体を急降下させる。

 重い機体に掛かる重力と急降下により再び距離が離される。


「ほらほら、このままじゃ逃げられちゃうぜ!」


 まるで挑発するように変態軌道を行うトールに相手も腹が立ったのか、フルスロットルで同じように下降する。

 重力も相まって先程よりも速い速度で距離を詰めてくるが、トールは慌てた様子もなくカンプピストルに閃光弾を詰めていく。


「しつこいアンタにプレゼントだよ。」


 そうして後ろ向きに閃光弾を放つ。放たれた閃光弾により影が出来る。きっと相手のパイロットはモロに閃光弾の発光を見ることになってしまい、前が見えなくなってしまっただろう。


「あらよっと。」


 そして海面にぶつかる寸前、トールは操縦桿を操作して飛行機と海面を平行になるようにし、ぶつかるのを避ける。

 が、追手の漆黒の戦闘機は閃光弾により海面が近づいているのに気づかなかった上、全速力を出していた為、海面を避けることが出来ず正面から派手な水しぶきをあげながらダイブしてしまう。

 水面への飛び込みは危険だと教えてもらっていなかったのだろうか?


「はい、一丁上がり。」


「おう、無事か、トール。」


 飛行機を止め、戦闘機が墜落していたことを確認していると群青のウミネコ団の飛空艇がゆっくりと近づき、リーダーの禿げ頭の男がハッチから顔を出して声を掛けてくる


「あんな下手くそに怪我負わされるほど、俺の腕は低くないぜっと、そんな事よりも早くしないとな。」


 操縦服を脱ぎ、後部座席から木製の浮き輪を肩に抱え準備体操をするトール。彼の視線の先には墜落し大破した飛行機から助けを求めるパイロット二名がいる。


「おいおい!まさか助ける気か!?お前の命を狙った連中だぞ!?つうか俺達の時は助けてくれなかったじゃねえか!?」


「何言ってんだよ?助けるに決まってるだろ、このままじゃアイツら溺れ死ぬぜ?それにお前らは殺しても死なないだろ?」


「ったく、お人よしがっと!」


 海に飛び込み、パイロットの元へ向かうトールに呆れながらも、リーダーの男も服を脱ぎ浮き輪片手にもう一人のパイロットの救出に向かう。こいつ等もなんだかんだでお人よしである。


「そんじゃ、そいつら空警に引き渡しといてくれよ。頼んだぜ。」


「あいよ、飛行機の残骸は俺達が貰っちまっていいか?」


「好きにしてくれて構わないぜ。」


 無事戦闘機に乗っていたパイロット二名を救出し、引き渡しを群青のウミネコ団に任せる。

 空賊に空賊の引き渡しを頼んで良いのか?と思うが、彼らは義理堅く、逃げ足が早い。

 捕まえたパイロットを逃がすことなく空警に引き渡し、全力で自分達は逃げるだろう。

 トールは彼らを信頼している。そう、信頼しているのだ。決して手続が面倒くさいから押し付けた訳じゃないぞ。


「はあ、しかし幸先から不安だな。」


 一人空の上でトールは愚痴をこぼす。




「おい、兄ちゃん。ちょっと頼みがあるんだけどよ。あんたの持ってる荷物とか財布とか金目の物全部、貧しい俺らに恵んでくれねえか?」


「こんな事なら、ラジオの星座占い聞いときゃ良かった。」


 あの後、他の空賊に襲われる事なく目的の島に辿り着いたのだが、飛行機から降りて町に入った瞬間、柄の悪い男六人組に絡まれてしまった。


「アンタ運び鳥なんだろ?だったら金目のモンとか運んでんじゃねえのか?」


「生憎、今日はそんな大層な荷物は運んでねえよ。金が目当てなら他所を当たってくれ。」


 ナイフをチラつかせる彼らの横を通り過ぎようとするが、先回りされて通れなくなってしまう。


「いいから、金目のモンを全部出せって言ってんだよ!二度と商売が出来ねえ体になる前にな!」


「だから、アンタらに渡す金なんてねえし、荷物を渡すつもりもねえよ!俺が荷物を渡すのは宛先にある受取人だけなんでな。わかったらとっとと帰ってくんねえか?」


 手をヒラヒラと相手の顔面でふり、露骨に迷惑そうな顔をするトールに男の一人が顔を顰める。


「チッ、お前オレらを舐めてんのか?大人を舐めてると痛い目見るぞ。」


 そう言うと男はトールの顔面を殴る。体勢を崩し、地面に倒れるトール。


「お前本当にムカつくな、人が下手に出てれば調子に乗りやがって。」


 あれが下手に出てるのなら、きっとこの島の住人全員礼儀正しいのだろう。

 上陸早々、住人からの温かい歓迎を受けてしまった。


「おい、お前ら。このガキの身ぐるみ全部剥いで、素っ裸にして海に捨てろ。社会勉強だ、大人を舐めてるとどうなるか、教えてやれ。」


「痛ってえじゃねえか、この野郎。」


「デボッ!」


 トールから荷物や財布を奪おうと近づいてくる五人の男だが、その一人の顔面に倒れたままトールはブーツの硬い底面で蹴りを入れる。


「生憎こっちはな、爺さんからの教えで家族や友人が侮辱された時以外はこっちから手を出さねえよう言われてるけどな、手を出されたら二度と喧嘩を売りたいと思えなくなる位、ボコボコにしろって教えられてるんだよ。」


 指をポキポキと鳴らしながら立ち上がるトール、明らかに喧嘩をする気満々だ。


「な、何だよお前、俺達とやる気か!?」


 まさかの反撃に驚きながらもナイフを構える男達、実に助かる。相手が武器を持っている以上、こっちも手加減をする必要が無くなる。


「ソイツは話が早くて助かるぜ。言っとくけどな、こちとら物心ついた時から、元軍人の爺共に鍛えられててね。暴力で物事を解決するのは大得意なんだよ!」




 チンピラ六人組を三割殺しにし、近くのゴミ箱に捨てた後はそれ以上トラブルに巻き込まれる事はなく、トールは自転車でのんびりと荷物を届けに向かう。

 まあ、この後またトラブルに巻き込まれるのだが本人がそれを知るわけがない。


「宛先はここか、貴族、、、じゃあ、ねえよな?」


 目の前にあるのは一般的な平民が暮らすには少し大きく、しかし貴族の家としては小さめの屋敷で手入れがされていないのか、雑草がいたるところに生え、蔓が壁を侵食している。

 呼び鈴が見当たらないので仕方なく玄関のドアを数回ノックすると、奥からこちらに向かってくる足音が聞こえる。


「す、すいません!お待たせしました!」


「いや、別にそれ程待っててもないんだけどな、、、っと、運び鳥です。荷物のお届けに参りました。」


 屋敷から現れたのはトールと同い年くらいの青年、短く切り揃えられた髪や上品かつ幼い顔立ちから、ヴァイオリンやピアノといった習い事をしてそうなお坊ちゃんといった印象だ。


「んじゃ、すいません。ここの受け取り表にサインを、、、」


 宛先を確認してもらい、受け取りのサインをして貰おうとすると背後から大きなエンジン音が近づいてくる。

 振り向くと彼らに向かって猛スピードで車が近づいており、あわやぶつかるというタイミングでハンドルを切り、甲高いブレーキ音を響かせながら止まる。


「はあ、はあ、はあ。」


 そして車のドアが開き、中から小太りの、いや普通に太っている、やたらと着飾った服に身を包んだ中年男性が現れる。

 不摂生が祟ったのか、頭頂部は不毛の地となってしまい、側頭部の僅かな茂みが哀愁を漂わせる。


「おい貴様!」


「・・・・・・?」


「貴様だ!貴様!」


 自分を指さすハゲ男にトールが辺りを見回すが、他に人はいない。

 そんな彼の態度に馬鹿にされたと思ったのかハゲ男の顔が真っ赤になる。


「貴様が持っている、その筒!それを私に渡せ!ソイツに渡すんじゃない!」


「あっ?やだよ」


「な、何!」


 あっさり断るトールに更に顔が赤くなり、タコのように見えてくる。


「貴様!私が誰か知っているのか!?」


「知ってるわけないだろ、何で初対面のハゲのオッサンを知ってなきゃいけないんだよ。」


 ごもっともである。


「わ、私はデュラスに属する島の管理を任されている貴族である。バン=ドゥロ=ハーケイ子爵だぞ!その私が命令しているのだ!その筒を寄越せと!さっさと寄越さんか!」


「だから嫌だって言ってるだろ?人の話を聞けよオッサン。」


「わ、私は子爵だと言っているだろう!さっさと渡せ!」


「子爵だか柄杓だか知らねえけどな、俺は運び鳥として荷物をきっちり届ける責任があるんだよ。だから荷物を奪おうとする奴がいれば三割殺しにするし、受取人じゃない奴に渡すつもりはないんだよ。さっさと帰ってくんねえかな?」


 運び鳥としてのプライドと典型的な嫌いなタイプの貴族であるため、手で”シッシッ”と追い払うトール。

 一応いきなり荷物を寄越せと言ったハーゲイ、、、間違えたハーケイ子爵も無礼なのだが、立場から見たら平民であるトールが子爵に無礼を働いた形になるだろう。

 子爵が懐に手を入れ、銃か何かを取り出してトールを不敬罪で処罰しようとすると受取人の青年がトールの前に出る。


「やめてください!伯父さん!」


「カトル、、、!」


「叔父さん?、、、そうか頑張れよ、、、」


「え、何で急に憐れみの視線を?」


 おじさんと言う事は、この受取人の青年と子爵はある程度同じ遺伝子を受け継いでいるという事。

 彼にももしかしたらハゲの遺伝子が受け継がれているかもしれない、そう思うと涙が出てくる。


「ま、まあ、兎に角!伯父さん!何度も言っているでしょう!お爺様は貴方に財産を渡す気は無いと、、、それにもう家族としての縁は切っている筈です、、、他ならぬ伯父さんの方から!」


「黙れ!黙れ!黙れ!知ったことか!そんな事!あの親父が財産を遺しているのなら、それを受け取るのは息子である私に決まっているだろう!お前では無い!」


「伯父さん、、、」


「今日の所は引き下がってやろう。だが、私の目が黒い限りは貴様が財産を手に入れられるとは思わない事だな!財産の全ては私が貰うのだからな!それとソコの運び鳥!この私に無礼を働いたこと、覚えて置けよ!」


「え、ヤダよ。何でアンタみたいなハゲのオッサンを覚えなくちゃいけないんだよ?」


 これまたごもっともだ、確かに覚えるならハゲのオッサンよりナイスバディな美女の方が良い。


「ぐぐぐ、何処までも馬鹿にしおって、、、」


 車に乗り込み、来た時よりも更に速い速度で車を飛ばすハーケイ子爵、あっという間に影も見えなくなった。


「はい、ほんじゃ、此処にサインお願いします。」


「え、ええ、はい。」


 最後に不吉な言葉を残したハーケイ子爵だが、そんなことを気にする性格では無いトールは淡々と荷物をカトルに渡し、サインを貰って仕事を終えた。




(この島で昼食を食べようと思ったけど、あのオッサンとまた出会ったら色々めんどくさいよな。島に戻って女将さんの店で食うか。)


 貴族に因縁を付けられてしまった、運び鳥歴五年の経験からあの手の者は関わると碌なことがないので仕事を終えたトールは早々に帰ろうと寄り道などはせずに巨大な倉庫を改修した水上飛行機専門の飛行場に戻り、スターティング・ハンドルでエンジンの始動作業を行っていた。

 小さな島では桟橋に止めるのだが、それなりの規模がある島や観光地として有名な島では車輪が付いた飛行機専門の飛行場と浮きが付いた水上飛行機専門の飛行場と別れているのでそこに止める必要がある。

 エンジンがかかると飛行場の管理人に小銭を渡し、倉庫の扉を開けてもらう。


「そんじゃあ、他の飛行機にぶつけないように気を付けろよ、ぶつけて壊しても俺は一切関与しねえからな。」


「伊達に物心ついた時から飛行機を操縦してねえよ。そんなヘマは犯さねえさ。」


 プロペラを回し、他に飛行場で停止している飛行機にぶつからないようゆっくりと倉庫から出る。倉庫近くにある桟橋では飛行機マニアだろうか、カメラを抱えた者達がシャッターを何度も切り、フラッシュが眩しい。


「そんな珍しい飛行機じゃないんだけどな。」


 精々他の違いとしては、祖父の趣味として雀のエンブレムが描かれていることぐらいか?


「-----ってくださーーーい!」


「ん?って何だありゃ!?」


 遠くから声が聞こえてきて、それが徐々に大きくなり自分を呼び止めている事に気付いたトールが振り返ると、そこには坂道を全力疾走する自転車とその自転車を追いながら銃を乱射する車であった。

 そしてそのまま自転車は坂道から桟橋へ、さらにその勢いのまま桟橋からジャンプ。自転車は海に沈んだが、漕いでいた本人は回転しながらトールの飛行機の後部座席へと頭から突っ込む。


「急いで飛行機を出してください!お願いします!」


「はあ、いきなり何言って、、、」


 体勢を整え座席から顔を出したのは先程トールから手紙を受け取ったカトルだった、何故彼が此処に?そんな疑問を余所に窓から銃を乱射してくる車が近づいてくる。


「ああ、ったく!一体何なんだよ!」


 何だかよくわからないが、車に追いつかれれば間違いなくハチの巣なのでスロットルを全開にし、その場を離れる。

 あわや、銃弾が飛行機を撃ちぬくというタイミングで海面から飛び立ち、その場を離れる。


「はあ~、俺の今日の運勢って最悪なのかな?」


 どうやら厄介ごとに巻き込まれてしまったらしい事に気付いたトールは、それはもう深く溜息を吐いた。


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