第6話

 トールは今自分が置かれている状況について理解が出来ないでいた。現在彼の家には数週間前から居候であるリーアが住んでおり、祖父が亡くなり一人で暮らすには少々広い家で彼女に部屋を貸している。

 勿論、女性であるリーアと男性であるトールは別々の部屋だ。そして今彼がいるのは自室にあるベッドの上で、鶏が朝を告げた事で先程目を覚ましたのだ。

 寝る前は自室にはトール一人しかいなかった。つまり目を覚ましても部屋にいるのはトールだけしかいないはずだ。

 それなのに何故彼の目の前でドロワーズ一丁のリーアが寝ているのだろうか?


「何でだよ、、、」


 目を覚ましたら目の前で女の子が寝ている。正に男の、いや漢のロマンのような状況だ。実に羨ましい。

 彼女が呼吸をするたびに、ゆっくりとしかし大きく揺れる胸に視線を向けてしまうが流石に色々と不味いので視線を逸らす。


「ん?、、、あ、おはようトール。」


「おお、おはようさん。」


 少し遅れてリーアも目を覚ます。


「昨日は、、、凄かったね。」


 口に手を当て、頬を染めながらいう。


「ああ、そうだな。お前の寝相の悪さも、いびきも、歯ぎしりも凄かったな。ついでにお前の羽の所為で暑苦しくて凄い寝苦しかったぜ、お陰で騒音に悩まされながら砂漠で遭難する夢を見たぞ。」


 今日も今日とて、色気もへったくれもない目覚めをしたトールであった。




 トールの家での家事は当番制であり、今日の洗濯当番であったトールは自宅に併設されている桟橋に洗濯をした下着や服を干し、そのまま歯を磨いていた。

 なおリーアの持っている下着は全てドロワーズであり、子供っぽい為洗濯するのに抵抗は全くない。


「ん?お、ご苦労さん。一部くれ。」


 潮風を浴びながら歯を磨いていると、大きな鞄を首にかけたカモメが現れ、カモメの鞄から新聞を取り出すと同じく首に掛けている募金箱のような物に小銭を入れる。

 小銭を貰ったカモメは嬉しそうに鳴くとそのまま飛び立ち、別の客の所へと向かった。伝書鳩ならぬ伝書カモメから新聞を受け取ったトールは歯を磨きながら記事に目を通す。

 新聞の一面にあったのは『お手柄!群青のウミネコ団』という記事で、空賊である彼らがとある船を襲ったのだが、実はその船には妊婦が乗っており、船で産婦人科がある島に移動中だったらしい。

 ところが何と彼らが襲ってきたタイミングで産気づき、助産師もいない船は大パニック。すると群青のウミネコ団の団員が自分達の飛空艇に妊婦を乗せて猛スピードで島に直行、無事出産し、その活躍を空警から褒められたという。


「何やってんだ、アイツら、、、」


 相変わらず悪党の癖に悪人になり切れない彼らに呆れながら新聞を読み進めていくと同じ様に歯を磨いているリーアが近づき、桟橋に足を下ろす。


「それ、今日の新聞?」


「ああ、ついさっき買ったばかりだぜ。」


「じゃあ、早く"七つの海の冒険王デュラ"の続きを読ませて。」


「わかったから落ち着けって、のし掛かるなよ。重いんだよ。」


「でも、この重さは幸せの重み。」


 新聞に掲載されている絵物語の続きが読みたいリーアがトールの頭にのし掛かる。


「えーっと、確か先週の話が、、、」


「嵐に巻き込まれて亡くなった友人や他の友達と一緒に幼い頃作った秘密基地に残した”世界で最高の宝”を探しに、友人から送られた”たからのちず”片手に大海原に出たところで終わった。だから早く続きが読みたい!」


「お、おう、詳しいな。」


「早く早く早く!」


「ま、待てって。」


 興奮の余りトールの首を掴み頭を上下に激しく揺らし、首が千切れそうになる。もしかしたらこの新聞がトールが人生最後に読む新聞になるかもしれない。

 頭の上で揺れる柔らかい感触はとても気持ちいいが、それ以上に首が千切れそうだ。

 このままだと本当に死んでしまうので急いで絵物語が載っているページを開く。


 "七つの海の冒険王デュラ"、それは元貴族の青年が海中に潜るなど様々な機能を持った船で宝探しの冒険に出るという物語で、週に一回新聞に挿絵付きで掲載されている。


「次のページ、次のページ!」


「俺はまだ読んでねえんだから、もうちょい待ってくれよ。」


 その後も二人で絵物語を読み進んでいく。




 『ぐううう!』


 嵐に巻き込まれて亡くなった友人が自分に最後に残した一枚の地図、それは幼い頃に戦場で散った他の友人達と一緒に小さな孤島に作った秘密基地への場所が書かれている。

 そしてそこには友人達が残した”世界で最高の宝”があり、友人からその地図を託されたデュラは船に乗り、その場所へと向かっていた。

 しかし旅立ってから二日目に嵐が発生し、現在は碌に前に進むことすらできない。


『だが、諦めるわけにはいかんのだ!友が残した”世界で最高の宝”!、冒険王としてのプライド!そして何より亡くなった友たちの為にも!』


 デュラが舵の横にある七つのレバーの内の一つを操作する。すると船の前面から横向きの帆と巨大な三角形のフレームが現れ、帆がフレームに沿って展開し船が巨大なグライダーへと変形する。

 嵐の勢いを利用し空へと浮かぶ船、更に側面から展開したプロペラにより前進する。


『うおおおおおお!』


 一流の船乗りや飛行機乗りですら裸足で逃げ出すような嵐の中を冒険王デュラとその相棒である船”ネモ”は迷うことなく突き進んでいった。




「お?今週は此処で終わりか。相変わらず続きが気になる終わり方だな。」」


「ええ!そんな!ううう、ぐす、、、、うう、ぐすぐす。」


「泣くほどかよ、、、」


 絵物語を読み終え、続きが気になるトールと気になりすぎて今週の話が終わってしまった事へのショックで泣きべそをかくリーア、トールは自分の肩に頭を乗せながら泣いている彼女の頭をヨシヨシと撫でながら首に巻いていたタオルを渡す。


「ううう、でも、来週までの辛抱、頑張って我慢する!」


「いや、来週から休載になるらしいぞ、ほら此処。」


「えっ!」


「いや、ほら、此処に書いてあるじゃねえか、”来週から休載いたします、再開は未定です”って。」


「そ、そんな。」


 新聞を奪い確認するが確かに”休載”と書いてある。


「休載、休載、こんな中途半端に終わって、、、これから何を楽しみに生きていけば、、、」


「そ、そこまでか。」


 ショックの余り桟橋に歯ブラシを加えながら項垂れるリーア、口の端から涎が垂れている。


「げ、元気出せよ、、、ほら、今日の仕事の帰りに土産買ってくるから。」


「無理、元気でない。」


「いや、そこを何とか、俺にできることなら何でもするから。」


 洗濯などの家事は当番制だが、炊事を彼女に頼りっきりの彼としては何とかしてリーアに元気になって貰いたい、このままだと朝食を食いっぱぐれてしまうどころか弁当も無しになるかもしれないからだ。

 そんな事を考えてる時点で既に胃袋をリーアに掴まれている事にこの男は気づいているのだろうか?


「本当に?私の元気が出るなら何でもしてくれる?」


「出来る範囲でな。」


「じゃあ、愛してるって言って。」


「断る。」


「むう、なんで?トールはできる事なら何でもするって言った。」


「悪いが俺がそう言う台詞を吐くのは、本当に惚れた相手だけだな。嘘でもそう言う台詞は吐きたくねえんだ。」


「ぶーぶー、つれない、でもそこが素敵。」


「はいはい。」




 あの後結局リーアは休載のショックから立ち直れず、朝食も生野菜だけになった。


(今日は仕事先の島で飯でも食うか。あと女将さんにリーアの分も賄いも頼んどくか。)


 ”愛してる”の一言だけ言えば、最低でも目玉焼きぐらいは作ってもらえたのだが、ソコは自分の流儀、譲るわけにはいかない。


「ほい、トール。これが今日のお前の分の番号札だ。」


「ういーっす。」


 ガルドから番号札を受け取り、受付に渡すと手紙の束やバカでかい荷物ではなく、一本の筒を渡される。


「?、何だこれ?」


 卒業証書を入れる筒だろうか?


「おやっさん、これ何かわかるか?」


「ああ?筒だろ?」


「いや、まあ、そうだけどよ。」


「それは多分、死後送りだな。」


「死後送り?」


「ああ。そっかお前は初めてだったな。」


 聞いたことのない単語にガルドが説明をする。


「まあ、元々滅多にない依頼だからな。死後送りっつーのは自分が死んだときに依頼される荷物の事だ。生きてる間に荷物を渡して、亡くなった後に死亡届が此処に送られる。それが確認出来たら荷物を送り先に送るっていう荷物の事だ。遺産争いや後継者争いでうるさい貴族の間で事前に決めておくためによく使われる依頼だな。」


「はーん。貴族とは関わりたくねえな。」


 となるとこの筒の中には遺書でも入っているのだろうか?貴族が嫌いなトールとしては貴族とは関わりたくない。

 けれど仕事である以上、果たさなくてはならない。ああ、人生というのは兎にも角にも難しい。


「はあ、行くか。」


 まだ相手が貴族と決まった訳ではない。トールはその後自宅に帰り、飛行機の荷台に筒を固定し自宅で項垂れているリーアを無視して、大空へと飛び立ち宛先に記載されてある島へと向かった。

 それから数十分間、ラジオから流れる曲を鼻歌で奏でながら空の散歩を楽しんでいると、巨大なプロペラ音による騒音で気分が害される。


「またかよ、、、」


 そうして彼の目の前に現れたのは、ボロボロの飛空艇。所々装甲の色が塗られておらず、悪趣味な現代芸術のようになってしまっている。


「よう、トール!今日こそお前に引導を渡してやるぜ!」


「その台詞は何回目だよ!俳優だってそんなに何回も同じ台詞は吐かねえぞ!」


 今日も始まった群青のウミネコ団との楽しい鬼ごっこ。

 後ろから迫ってくる飛空艇から放たれる機関銃によって、スリルが高まる。だがトールとて伊達に元軍人の祖父に鍛えられていない、宙返りやインメルマンターンなどの華麗なマニューバによって銃弾を避け、飛空艇の後ろに着く。

 選手交代、今度はこっちが鬼だ。ガンベルトからレバーアクションピストルを引き抜き牽制をする。飛空艇相手に意味は殆どないが、それでも脅しくらいにはなる。


「ん?何だありゃ?」


 そうして鬼ごっこをすること数分、トールと群青のウミネコ団との鬼ごっこに乱入者が現れた。

 キャノピーに覆われた漆黒の複座式の単葉機、プロペラは中心に一つあり、両翼の中心のところに機関銃が各一門、計二門ある。トールやウミネコ団が使用する戦前の旧式とは違う、割と最近の戦闘機が現れた事に驚いていると突如漆黒の戦闘機がトールとウミネコに向かって発砲を始めた。


「「うおっ!危ね!」」


 慌てて回避行動をとり、二手に別れると戦闘機はトールの飛行機を追ってくる。

 その間も機関銃は火を吹いており、撃ち落とすか満々だ。


「何だってんだよ、いきなり!?命を狙われるような心当たりなんか、、、、、、あり過ぎてわからねえな!」


 仕事中に空賊の飛行機を落としまくったりしてるせいで、彼らから恨みを買っているトール。心当たりがあり過ぎて、逆に何が原因で命を狙われるのか分からなかった。


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