第5話

「さてと、、、どうすっかな?」


 息子からの手紙を待っている老婆の家に着いて早くも数十分、トールは未だに玄関の扉を叩かずにいた。


「あの婆さんはこの手紙が息子さんからだって信じてるんだよな、いや、でも、実際は、、、」


 唯一の家族である息子からの手紙を待ちわびている老婆、しかし実際は赤の他人からの手紙という衝撃の事実。

 そしてその事実を知っている自分はどんな顔をして渡せば良いのか?


「あ~、どうすっかな~~。」


 運び鳥のプライドとして手紙は渡さなければいけない、しかしそれはあの老婆を騙す事になる。真実を伝えるべきか?いや、しかしあの男は悪意を持って老婆を騙しているわけではない、いや、だが、しかし。


「なにやってんだい?人ん家の前で?」


「うお!婆さん!」


 玄関で頭を抱えて唸っているトールに買い物帰りなのか、片手に食材などが入った袋を持った老婆が声をかける。


「おや、あんたこの間の運び鳥の坊主じゃないかい、もしかして手紙を届けに来てくれたのかい?」


「えっ、あ、いや、そ、そうなんだけどよ。」


「なんだい、はっきりしないね。手紙があるんならアタシの寿命が尽きる前に渡しておくれ。」


 流石に寿命を盾にされては渡さないわけにはいかない、この婆さん中々の曲者だ、後五十年くらいは生きそうである。


「はいよ、じゃあ受け取りのサインくれ。」


「どうもありがとうね。しかし同じ運び鳥が来るなんて珍しいね、この島に何もないのは坊主も知ってるだろうし、暇だったら茶でも飲んでいくかい?」


 サラサラと受け取り票にサインを書きながら老婆が提案する。


「いや、流石にそれは悪いぜ婆さん。」


「そうかい?せっかく高い茶菓子もあるんだけどね?一人じゃ食べきれないから、捨てるしかないね。ああ、勿体ない。」


「ご相伴にあずかります。」


 茶菓子に罪はないので老婆の提案を受け入れる、もしテイクアウトが可能だったら、リーアの分も持って帰ろう。




「さあさあ、遠慮しないでたんと食べな。」


「がふがふがふ!」


 言われなくても茶菓子であるスコーンとマフィンを遠慮なくたんと食ってるトールに老婆が笑いをこらえる。

 勿論リーアの分の茶菓子は別に取ってもらっている。


「ここ最近はずっと一人で寂しく茶を飲んでいたからね、久しぶりに賑やかで楽しい茶が飲めそうだよ。」


 もしかしたら老婆がトールを茶に誘ったのは、寂しいお茶が嫌だったからかもしれない。


「がふがふがふ!」


「少しは茶も飲みな、喉に詰まるよ。」


「うっ!」


 老婆の言葉通りに喉にマフィンを詰まらせたトールに呆れた視線を送りながら老婆がペーパーナイフで、息子からの手紙が入った封筒の封を切る。


「っふ。」


 手紙を呼んだ老婆の顔に笑みが浮かぶ。


「あっー、死ぬかと思った。なあ、婆さん手紙には何て書いてあるんだ?」


 息子のふりをしているあの男がどんな内容の手紙を書いているのか気になり、老婆に聞く。


「ああ、いつも通りの内容さ。仕事の事ばっか、普段の生活や思い出の事なんか一切書いてない堅苦しい手紙さ。」


 それも仕方ないだろう、なにせ本人ではない上にあの男は息子さんとは生きているうちに会ったことがないのだから。


「まったく、そろそろ息子のフリをして嘘を書くのも限界だろうに、本当に律儀な息子だよ。」


「ん?ちょっと待て婆さん、アンタ今なんて言った?」


「あん?だから律儀な息子だって。」


「その前!息子のフリって言わなかったか!?」


 紅茶を勢いよく飲み干していると老婆が聞き捨てならない事を言った。息子のフリ?


「ああ、この手紙を書いているのはアタシの本当の息子じゃないからね。これを書いているのは戦時中私が匿ってたアルバスの戦闘機乗りさ。」


「婆さん、アンタ気づいてたのか?」


「気づいてたってなんだい?アンタも知ってるのかい?」


 コクコクと頷き、自分が手紙の真実を知った事情を話す。


「そうかい、アイツは元気にしてたかい?」


「痩せてたけど、まあ元気そうだったな。つーか婆さん、アンタいつから気づいてた?その手紙の送り主について?」


「最初からに決まってるだろ。」


「最初から?」


「筆跡がまるで違うからね、すぐに気づいたよ。その後も文通したんだけどね、仕事の話ばかりで偶にアタシが昔の思い出話とかを手紙に書いて送っても、すぐに話を逸らすんだ。気づかない方が無理ってもんさ。」


「じゃあ、本当の息子さんのことも、、、」


「とっくに亡くなったんだろ、しかも報せが全く来ないってことは何かしら厄介な事に巻き込まれてね。」


 男が必死に隠そうとした真実にあっさり気づく老婆、これが年の功とか言うヤツだろうか?若しくは正体が神通力を宿した山姥なのだろうか?


「怒らないのか?」


「怒る?何にさ?」


「あのおっさんが婆さんの息子さんのフリをして、手紙を書いていたことだよ。」


「怒るわけないじゃないかい。」


 トールの質問にカッカッカッと笑う老婆。


「寧ろ私は嬉しいんだよ。」


「嬉しい?何が?」


「こんなアタシみたいな身内がいない寂しい婆さんを励ます為に手紙を書いてくれる、それに息子のフリをしてしてくれるのもアタシを傷つけないようにだろ?アタシはそれがなによりも嬉しいのさ。例え血が繋がってなくてもこんなアタシを心配してくれる、一人じゃないって教えてくれる自慢の息子さ!」


「血が繋がってなくても自慢の息子、、、か。確かに血が繋がってるだけが家族じゃないよな。」


 老婆の言葉にトールも共感する。トールも祖父と血が繋がっていないが、祖父は自分の事を実の孫のように育ててくれたし、周りの運び鳥達も手間のかかる息子のように育ててくれた。

 だからだろう、トールにとって家族とは血の繋がりが無くても運び鳥達のことになっていた。


「まあ、いい加減息子のフリなんかやめてアイツ自身の手紙まで読みたいんだけどね。」


「だったら婆さんが手紙でそう書いてやれよ。あのおっさん、身寄りが無くて婆さんの事を本当のオフクロのように思ってるらしいぜ。そろそろ良いんじゃねえか、今度こそ本当に母親と息子として文通しても。んじゃ、俺は手紙の受け取りに行くから、ご馳走になったぜ。」


「そうだね、アタシから書かない限りあの息子は一生息子のフリをするだろうからね。」


「あっ、そうだ婆さん!」


 茶を飲み干し、椅子から立ち上がり手紙の受け取りに向かおうとしていたがある事を思い出し、老婆の方を振り返る。


「何さね?」


「ここら辺で女物の服を売ってる店を知らねえか?」




 目当ての物を購入し、手紙を受け取ったトールは島を後にし運び鳥島へと戻る。

 勿論あの老婆からの手紙も受け取ってだ、宛先は住所は同じだが、宛名は息子では無く息子のフリをしていたあの男の名前だ。


「さてと、これでどうなるか、まっ俺の知ったこっちゃねえか。」


 無責任な言葉とは裏腹にトールの表情は期待に満ちている。

 きっとあの二人なら本当の家族に、親子になれるはずだと確信している。

 そうして音楽を聴きながら飛行して数時間、運び鳥島が見えてきたので自宅の桟橋に向かって舵を切る。


「まーた、アイツは素っ裸なんだろうな。」


 トールの予想は見事に的中し、桟橋近くまで行くと全裸で桟橋に寝転んで体を乾かしているリーアを発見した。


「だから、せめて前は隠せって!」


「あっ、お帰り。トール。」


 桟橋に飛行機を止めるとリーアが立ち上がり近づいてくる。

 彼女の動きに合わせ、胸の天然の浮きが二つ激しく揺れる。


「ったく、ほれっ!」


 目のやり場に困りすぎる状況にトールが脇に抱えた小袋をリーアに投げ、目を逸らす。


「何これ?」


「土産、中を見ればわかるさ。」


「服?」


 言われた通り中身を確認するとそれはスカートと一体になった女性物の服で、袖が長いが、背中が大胆に開いている。

 しかし僅かにピンクがかった白色や刺繍、全体的なデザインのお陰で下品な印象は全くない。


「偶々、仕事で向かった先の店で見つけてな、それならお前も着れるだろうって思ってよ。それにお前だって年頃の女の子なんだから、オシャレしたいし男物の服なんて着たくねえよな。悪かったな、今まで気づかなくて。」


「~~~~」


「な、何だよ?」


 恥ずかしそうに目を背けながら言うトールにリーアは笑みを浮かべる。

 最もその笑みは"ニコッ"と言うよりは、"ニヤァ"や"ニマァ"と言ったいやらしい笑みで、「照れるな、照れるな」とでも言いたげに背中をバシバシ叩いてくる。


「トールから服のプレゼント、つまりこれはトールも私の魅力にメロメロになった?」


「お前の相手にヘロヘロだよ。はあ、折角だ、今日の晩飯はその服を着て女将さんのとこで食ってこうぜ。」


「デ、デートのお誘い!?シメは婚約指輪のプレゼント!?」


「アホ。」


「アホじゃない、アルバトロス。」




 日も沈んだ夕飯時、仕事を終えた運び鳥達は"梟の止まり木"に集まり、食事や酒を楽しんでいる。

 明日にも仕事がある者や別の島に住んでいる者は食事を、それ以外の者達は酒をジョッキでグビグビと飲んでおり、昼間とは大違いの騒がしさに女将であるナディアや夜のみウェイターとして働いているジゼルも忙しそうだ。


「おっす、女将さん。」


「やっほー。」


「おや、トールにリーアじゃないかい。こんな時間に来るなんて珍しいね。ちょっと前まではよく来てたのに今じゃすっかり来なくなっちまったってのに。」


「ふふん、トールの胃袋はもう私が掴んだ。」


 誇らしげに胸を張るリーアに女将は苦笑し、そのまま二人はカウンター席に並んで座る。


「それで、注文は?」


「俺はスパニッシュオムレツとミント水、炭酸入りね。」


「私は焼き鳥とエールもどき。焼き鳥は塩。」


「相変わらずアンタは歳に見合わない注文だね。」


 可憐な美少女なのに仕事帰りのおっさんの様な注文をするリーアに呆れながらも女将は馴れた手つきで厨房で調理を開始する。


「そう言えば、アンタその服どうしたんだい?いつもはトールのお古ばっか着てたのに?」


「ふふふふふふ、トールが買ってくれた。」


 トールから譲ってもらった服ではなく、綺麗な女性物の服を着ているリーアに女将が疑問をぶつけるとリーアがニヤッと笑いながら答える。


「そうかい、そりゃ良かったね。アンタだってお洒落したいだろうに、トールがいつ気づくか不安だったけど、気づいて良かったよ。」


「女将さんも気づいてたんなら教えてくれよ。」


「馬鹿、女の子に言ってもらうまで気づかないなんて男として未熟ってことだよ。アンタも一人前の男になりたいのなら女心くらい察せるようになりな。」


「んな無茶な。」


 生憎こっちは生まれてからムサい爺さんと二人暮らし、仕事の同僚も全員が暑苦しい元軍人ばかりで女性と触れ合う機会など皆無、女心を察するなどできるわけがなく、お洒落にも無頓着、着られればそれでいいと考えていたのだ。


「あの服はあの服でトールの匂いがして好きだった。」


「ん?リーア、今なんて、、、」


「おうおうトール、めでたいじゃねえか!お前も男として一歩前進したな!」


「うお、おやっさん。」


 何やらとんでもないことを口走ったリーアだが、それを確認する前に空のジョッキを持ちベロンベロンに酔っ払った六十代の男性がトールの隣の席に座る。

 おやっさんと呼ばれているこの酔っ払いこそ運び鳥達を束ねる長であるガルドだ。


「俺はよ、心配だったんだぜ。貴族のお嬢ちゃんにパロスペシャルかけるようなデリカシーの無いお前に女心が分かる日が来るのかってよ。でもよ、お前からリーアの嬢ちゃんに服をプレゼントするなんて、俺は嬉しいぜ!」


 どうやら先程からこっそり話を聞いていて、トールが多少女心が分かるようになってきたことに成長を感じ喜んでいるらしい。


「で、どうなんだよ。実際のところ?」


「何がだよ?」


 喜んでいるかと思ったら急に真顔になり、首に手を回してきて小声で耳打ちされる。

 この男、情緒不安定なのだろうか、いや酔っ払いは大体そうか。


「ばっきゃろう。リーアの嬢ちゃんとの関係だよ!同じ屋根の下、二週間も暮らしたんだ。多少は進展があったんだろう?」


「進展って、、、何言ってんだよ。アイツはまだ十四のガキだぜ。そんなガキ相手に手を出すわけないし、進展なんてあるわけないだろ?おやっさん。」


「十四のガキって、お前もついこないだ十五になったばかりのガキじゃねえか、、、十四!」


 真顔でアホなことを聞いてきたガルドに溜息を吐きながら進展なんてある訳がないと答えるトールに、つい最近まで同い年だった奴が何一丁前に大人ぶってんだと呆れたガルドだが、トールの言葉に旋律を覚える。

 トールの隣の席、ガルドの反対側の席に座っているリーア、女将の料理が出来上がるまで暇なのかカウンターに突っ伏しており、服の上からでも分かる程の大きな胸の膨らみがカウンターのテーブルに潰されて形を変えている。

 あれが十四歳だと、馬鹿な!確かに昔より今の子供の方が発育が良いと噂に聞くが幾ら何でもあれはおかしい。

 リーアの桁外れの発育に冷や汗を流しながらもガルドは、ウェイターとして注文を運んでいるジゼルを見る。

 今年で十七歳になるジゼル、女将と同じディアンドルに身を包んでいるが、その胸は悲しい程に薄っぺらく、絶壁としか言いようがない。


「人間てのは本当に人それぞれなんだな。」


「そうだな。」


「オラッ!」


「「あだっ!」」


 胸囲、もとい驚異の格差社会を目の当たりにしたトールとガルド。しみじみとその格差を噛みしめているとジゼルが空になったジョッキを二人に投げつける。


「何やってんだい、アンタ達。」


 女将が呆れながら二人の顔面に激突し、バウンドしたジョッキをキャッチし、棚に戻す。


「いててて、でもまあ、確かにおやっさんの言う通り、俺は今日一歩成長したかもな。」


「ん?どうした。」


「いや、俺達の仕事ってさ、物を届けるだけじゃなくて、その物に込められた思いも一緒に届けてるんだなって。例え隠してるつもりでも、ソイツが込めた思いやりは正しく伝わるんだってさ。今日改めてわかってさ。」


「トール、、、お前、、、」


 自分を助けてくれた母のように慕っている老婆の為に、息子のフリをして手紙を書いている男、その男の思いに気付き、彼の事を本当の息子のように思っている老婆。

 きっとこれは唯手紙を届けているだけでは伝わらない、本当に二人が互いを大切に想っているからこそ伝わったのだろう。

 そして自分達運び鳥はその思いを届ける仕事をしていると今日トールは気づくことが出来た。そんなトールの成長にガルドは、、、


「おい、お前ら!トールがこっ恥ずかしい台詞吐いてんぞ!」


「なっ、ちょっ、やめろ爺!」


 酔っ払い共の肴として周りに言いふらした。




「ったく、あの酔っ払い共、、、」


 食事を終えて自宅に帰ったトールは桟橋にて祖父の遺品でもあるカメラを弄っていた。真夜中、朝の太陽の煌めきの代わりに月明かりや星の煌めきを反射する海は静かで幻想的だった


「トール。」


「ん、どうした。」


 長年使われ、所々ガタが来ているカメラで海の写真を撮影しようとしていると背後からリーアが声を掛けてくる。

 風呂上がりなのか所々湯気が立っているリーアはトールがプレゼントした服を今も着ており、余程気に入ったのだろう。


「トールが忘れ物をしていることに気付いた。」


「忘れ物?梟の止まり木に財布でも忘れたか?」


「・・・・・・」


 だがリーアは何も答えず、両手を広げゆっくりとクルクル回転するだけだ。


「忘れ物って一体何だよ?」


「・・・・・・」


「いや、言ってくんなきゃ、、、、、、あっ。」


 と、そこで気づく今日女将に女心を言われなくても察せるようになれと、同時に服を着た女性に言わなければいけない台詞を言っていないことに。


「・・・似合ってるよ。」


「綺麗?」


「・・・綺麗だよ。」


 実際今のリーアに服は似合っているし、綺麗だった。ただ性格故か育ち故かどうしても照れ臭くなってしまう。


「ねえ、トール。写真撮って。」


「ん、おう。」


 言われるがまま月と海を背景にリーアの姿を写真に収める。羽を広げ、濡れた髪が月明りを反射するその姿は正に天使その物であった。





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