第4話
「どうなってるんだよ、こりゃ?」
本日の仕事である手紙の配達をする為に、アルバスに属するとある島へと飛行機を飛ばし、たどり着いたトール。
特に問題もなく手紙を配達していたのだが、最後の一件、先日の老婆から息子宛に渡された手紙で問題が発生した。
「住所は合ってるよな、何で表札の名前が違うんだ?あの婆さん、息子の家の住所間違えたのか?いやでも文通してるって言ってたし、今更間違えるわけねえよな。」
表札の名前が宛先の名前と全くの別人、一体これはどういうことだろうか?
うだうだ考えるよりも動け、迷わず行けよ、行けば分かるさ。
トールは手紙に記載されている宛先の住所にありながら表札の名前が違う家の玄関をノックする。
「どーも!運び鳥ですけど!手紙の配達でお聞きしたいことがあるんですけど!」
すると、家の中から三十代程の少し頰がこけた男性が現れる。生憎老婆との血の繋がりを感じさせる顔立ちではない。
「はい、どうかされましたか?」
「この手紙の宛先で聞きたいんだけど、住所はここであってるよな?」
「ええと、はい、住所はこの家で間違いないよ。」
「でも、宛名が違うんだよな、やっぱ、あの婆さん住所間違えたのか?」
「いや、宛先も此処であってるよ。」
「?どういう事だよ、オッサン。」
手紙を渡され、宛先を確認した男性が少し困ったような顔をする。
「ええと、何て説明したらいいのかな?今までの運び鳥の人は特に何も気にせずに渡してくれたんだけど。」
「悪いが、仕事だからな。宛先が違う理由を説明してくれなきゃ、手紙は返させてもらうぜ。」
これでもトールは己の運び鳥という仕事に誇りを持っている。
人々の思いが篭った手紙や品を届ける以上、いい加減な仕事はできない、理由があるのならしっかりと説明をしてもらわなければ。
男に事情を確認すべく聞き出すと、家の中に案内され、茶を出された。
「まず初めに、僕はあのお婆さんの息子じゃないんだ。」
「それはみれば分かるぜ。」
そもそも名前が全く一致していない。
「それで何であの婆さんの息子さんじゃないアンタが、婆さんから息子さんに当てた手紙を受け取ってるんだよ。」
「それなんだけど、僕はお婆さんとは無関係ではないんだよ。」
「どういう意味だ?」
「少々長い昔話をするけど、構わないかい?」
「短めに頼むぜ。」
生憎こっちも仕事中だ、長い時間は割けない。
「そ、そうかい、じゃあ、努力して。まず僕は十五年前の終戦までアルバスに属する島の戦闘機乗りだったんだ。そして戦時中、何度も戦闘機に乗ってデュラスに攻め込んだ。」
余りその過去を思い出したくは無いのだろう、言葉を選びながら男は話す。
「僕は孤児でね、身寄りがなく、生きる手段として軍人に成ったんだ。そして飯を食べる為に人を殺してきた。そんなある日、僕は戦いの最中に舵の操作を間違えてね、デュラスの戦闘機に撃ち落とされて、そのままデュラスにある小さな島に墜落したんだ。」
「そりゃ、不味いんじゃねえのか?」
カップに入れられた紅茶を飲みながら、トールは呆気にとられる。敵地に墜落するなど、終戦直後に生まれた戦争を知らないトールであっても不味い状況であることは理解できる。
「ああ、あの時は本当に死を覚悟した。でもそんな時、一人の老婆が僕を匿ってくれたんだよ。」
「それがあの婆さんってわけか。」
コクッと男が頷く。
「それから、終戦まで身を隠してお婆さんと一緒に暮らしたんだ。お婆さんは息子さんと同い年という理由だけで、僕の事を匿ったらしい。身寄りがない僕にとって、お婆さんは血の繋がりは無いけど、本当の母親のように思えた。」
「血の繋がり、、、か。」
「ん?どうかしたのかい?」
「ああ、いやなんでもねえよ。続きを頼む。」
「そして、終戦を迎えた頃、お婆さんに息子の無事を確認してほしいと言われたんだ。お婆さんの息子さんも軍人で、戦時中にアルバスの島で捕虜になり、そのまま移住したらしいと連絡が来てね。そして僕は捕虜になった軍人の記録を探したりしながら数年旅をして、漸くこの島に息子さんが住んでいたことを掴んだんだ。」
「だったら、後はアンタが婆さんの伝言を息子さんに伝えれば終わりじゃねえのか?」
「そうだったら、良かったんだけどね。」
男が右手で髪をかき上げながら、苦笑する。
「僕がこの島に来た頃には息子さんは既に亡くなっていたんだ。死因は事故死、道路に飛び出た子供を助けるために、猛スピードで走る車の前に出て轢かれたらしい。その子供の親が教えてくれたよ。」
「まじかよ、轢いたヤツは?詫びとかなかったのかよ。」
男は首を横に振る。
「詫びも何も、轢いた者は無実となってる。だって轢いた人間はこの島の領主でもある男爵様さ、寧ろ、車の前に出た男が悪いっていう事で、息子さんの方が有罪となってる。この島の住人は領主である男爵様に逆らう事なんてできない、男爵が黒と言えば白さえ黒となる。そうやって息子さんが有罪となって、事故の記録も消されたんだ。」
「だから息子さんを探すのに時間が掛かったんだな。記録が無かったら探しようがねえからな。」
「ああ、実際、その親子から話を聞かなかったら、僕は今も別の島で息子さんを探していただろうね。」
「ホント、貴族ってのは碌なことしねえな。無駄に偉そうに権力振りかざす癖にケチで、滅びればいいんだよ。」
「ちょ、ちょっと、そんな物騒な事言って、誰かに聞かれたら。」
「嫌いな物を好きと嘘を言える優しさは持ってねえんだな、これが。」
カップを落としそうになる男だが、トールは前言を撤回するつもりはない。何せこの男、偉そうに権力を振りかざす王族や貴族が大っ嫌いなのだ。
理由は二つ、一つ目は運び鳥の仕事を貴族も利用するのだが、基本彼らは無茶振りしかしてこない、片道で三時間かかる島に三十分で届けろとか、急に依頼をねじ込んできて、他の依頼は無視しろとか、そのくせ申し訳なさそうな態度を見せず、常に上から目線の偉そうな態度で命令する。
二つ目に現役軍人もそうなのだが、彼らは運び鳥という仕事を馬鹿にしている。運び鳥という仕事は元々終戦後の軍縮に伴い、退役させられた者達を受け入れる為に作られた職業なのだが、それ故に職がない社会的弱者の為の職業という印象が広まっているのだ。
それだけじゃない、運び鳥にはデュラスとアルバス両方の元軍人がいるが、それ故嘗ての敵同士でありながら収入を得るために手を組むという軍人としてのプライドが無い連中という印象もある。
これらの印象により、基本的に貴族や軍人は運び鳥を見下し、碌に金も払わないのだ。
無論トールは戦争を知らないから、中には互いの国に許せぬ恨みや事情を抱える者もいるだろう、それでも血の繋がりがない赤ん坊の自分を拾い、育ててくれた祖父や自分を支えてきてくれた恩人でもある運び鳥の先輩達を馬鹿にされていい気分でいられるわけがない。
これらの理由でトールは大の王族や貴族嫌いになってしまった。
「で、アンタはあの婆さんに息子さんが無くなった事を伝えてねえんだよな。じゃなきゃ婆さんが息子さん宛に手紙を送るはずねえからな。」
「・・・ああ、そうだ。息子さんの死を知った僕はお婆さんにそれを伝えるのを躊躇った。お婆さんには息子さん以外に身内がいなくて、息子さんだけが残った家族だって、心配だから無事を確認したいと言ったお婆さんに、どうしても息子さんの死を伝えることが出来なかった、もし伝えてしまったら、あのお婆さんは生きる希望を無くしてしまうんじゃないかって、、、それで」
「それで、アンタが息子さんのフリをして婆さんに手紙を書いていたと?」
流石にここまでくれば何となく予想が付く。
「ああ、敵国の人間だった僕を匿ってくれた恩人を騙すことを僕は選んだんだ。」
悲し気に笑う男にトールは手紙をテーブルの上に置き、席を立つ。
「あー、えーっと、事情は分かった。婆さんの宛先が此処で間違いないのもな。んじゃ俺は暫く配達物の受け取りに行くから、その間にオッサンは手紙の返信を書いとけよ。」
「いいのかい!?」
頭をガシガシと掻くトールに男は驚く。
「構わねえよ、俺の仕事は贈り物を届ける事、贈り先が間違ってねえなら、渡さねえ理由もねえさ。」
「・・・ありがとう。」
そんなトールに男は頭を下げる。
「トール、何かあったの?」
「ああ、いや、まあ、ちょっと。」
あの後男からも手紙を受け取り運び鳥島へと帰還したトールだが、浮かない顔色をしており、毛布にくるまったリーアが心配する。
なお毛布の中は、飛び立つ練習で海に落ち服が濡れたため全裸だ。
「ちょっと?」
「仕事に支障はないんだが、個人的に困ってると言うか。」
実は既に息子が亡くなっているいるのにそれを知らない老婆、息子の死を知らせたくなく息子のフリをして手紙を送る男。
別にこれは彼らの問題なのだから、気にする必要はないのだが、事情を知ってしまった以上どうしても気になってしまう。
「元気がない、、、仕方ない、トール、見てもいいよ、元気出して。」
毛布の前をはだけさせようとするリーアの動きを止める。
「見ないの?Fカップ?」
「見ない。」
「私の胸は揺れるのに、トールの心はちっとも揺れてくれない。」
「だから上手くねえって。」
「なあ、おやっさん、何かこれ仕込んでねえか?」
「あん?何がだ?」
男から手紙を受け取った翌日、今日も仕事の為、”梟の止まり木”で番号札を受付に出し荷物を受け取ったのだが、それがまたしてもあの老婆が住んでいるデュラスに属する小さな島だったのだ。
勿論、息子のフリをして手紙を書いているあの男の手紙も配達物の中に入っている。
「お前だって知ってるだろ?その日に渡される荷物は運び鳥の実績や所持している飛行機の性能によって割り振られているって、別に同じ島になったとしても偶然だ偶然。」
「そうかなあ、」
もし本当に仕込みが無かったとしたら、神様の意思を感じてしまう、決して作者の意思ではないぞ!
「まあ、行くしかねえか。」
自分が気にする必要がないし、彼が老婆を騙しているわけでもないのだが、トールは少し憂鬱な気分で本日の仕事を完了すべく自宅の倉庫へと向って行った。
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