第3話

 自転車で島の各地を回り、手紙を手渡してく。そしていよいよ最後の一通、島の外れにある一軒家にトールはたどり着いた。


「住所は、、、此処であってるな。」


 家はこじんまりとした小さな家で、三人か四人家族で暮らすのにちょうど良いくらいの大きさだ。自分も将来は可愛い奥さんとこんな家に住みたいものだとトールは考える。


「ちーっす、運び鳥でーす!手紙をお届けに参りましたー!」


 生憎家に郵便受けが無かった為、玄関の扉をノックする。


「ああ、はいはい、ちょっと待っとくれ。」


 玄関の扉が開き、中から六十から七十程の年の老婆が現れ、トールの手元にある封筒を見て、笑みを浮かべた。


「そんじゃ、此処に受け取りのサインを頼むぜ。」


「はいよ、こんな小さな島まで手紙を届けてくれて、ホントアンタ達はありがたいよ。」


 受け取りのサインをトールが受け取ると老婆はその場で早速封筒を開け、中身を確認する。せっかちな婆さんだ。


「それは息子さんからの手紙かい?」


「ああ、そうさ、旦那を無くしたアタシにとっちゃ最後に残った身内でね。今は遠くのアルバスに属する島で仕事してて会いに行けないけど、毎日手紙を送ってくれる自慢の息子さ。」


 送り主の名前と受け取りの老婆の名前から、何となく家族ではないかと思ったが正解だったようだ。


「んじゃ、俺はもう一度島を一周して手紙とかを受け取ってくるから、婆さんも手紙の返事とかをするんなら、それまでに書いといてくれよ。」


 手紙などの贈り物の場合、文通などをしている可能性もあるので、一旦手紙を渡した後、他の配達や荷物の受け取りをしてから再び訪問することになっている。


「ああ、それじゃ、何もない島だけど、観光でもしながら待っといてくれ。」


「何もないんじゃ観光のしようがねえな。」


「そうは言わず、儂の最後の手紙を受け取ってくれるまで待っといてくれんかの?」


 縁起でもないことを言う婆さんである。まあ、最後の手紙かどうかはさておき、自転車で移動しながら街を見て回るが、本当に観光すべき所が何もない。


 石造りの適当な路地に自転車を止め、リーアが持たせてくれた弁当を開け中に入っているサンドイッチを食べる。


 中の具はゆで卵にレタスとキュウリの野菜類、燻製した鶏のささ身肉を辛めに味付けした物だ。ゆで卵が辛みを和らげながら、レタスとキュウリが後味をさっぱりとさせる。


「アイツ、店開いたら人気出るんじゃんねえのか?」


 下手な店のサンドイッチよりも上手いリーアお手製のサンドイッチ、彼女は偶に”梟の止まり木”で女将に料理を教わっていると言うが、その努力の賜物なのかもしれない。


 尚、トールとリーアは家事を当番制にしているが、何故かリーアはトールに食事当番をさせない、全く持って不思議だ。ただ作った料理の色が黒色になるだけだというのに。


 食事も終えて、手紙の受け取りの為に再び街を回る。島の住人は直ぐに手紙の返事を書いていたらしく、受け取りはある一軒を除いて滞りなく進んだ。


 なおその一軒とは、単身赴任中の旦那から浮気相手と結婚するから離婚してくれという手紙で、奥さんの返事は血で住所や宛先が書かれたカミソリ入りの封筒に入った手紙だった。


 カミソリ程度で許すとは優しい奥さんだ。旦那はきっと奥さんの優しさに感動してよりを戻すだろう。


「うーっす、手紙の受け取りに来ましたー。」


「ああ、待たせてすまなかったね。アタシの寿命が尽きる前に書けて良かったよ。さあこれが恐らく、アタシの人生最後になる手紙だよ。」


「だから縁起でもないことを言うんじゃねえよ、婆さん。息子さんが悲しむぞ。」


「冗談だよ、冗談。」


 カッカッカと笑う老婆、意外と飄々とした婆さんらしい。


「そんじゃ、手紙を受け取ったぜ。息子さんに届けるのも併せて返事は三日後か四日後かな?」


「そいじゃ、頼んだよ。」


 封蠟がされた手紙を受け取る。後は飛行機に乗り島を出て、受け取った手紙を”梟の止まり木”の受付に渡せばそれで今日の仕事は終わりだ。


「~~~あっ!土産買うの忘れた!」


 鼻歌を歌いながら、帰り道を飛んでいる中リーアへのお土産を買い忘れること以外は特に問題は発生することは無く、トールは運び鳥島へと飛んで行った。








 トールが飛行機に乗り配達に向かった後、リーアは何度も海に向かっては飛び立つ練習をしたのだが、何度挑戦しても飛び立つことができなかった。


 今も濡れた服を乾かしている為、全裸で飛び立ったのだが、結局海に飛び込んだだけで終わり再び翼を乾かす為に桟橋に横になり、日差しを浴びている。


「うぬぅ、、、あっ、帰ってきた。」


 飛べない事に悩みながら空を眺めていると、深い青色の単葉機が目に映る。


 トールが仕事を終えて戻ってきたようで、桟橋に向かって高度を下げて降りてくる。


「トール、お帰り。」


「おう、ただいまって、おまっ!」


 近づいてくる単葉機に吹き飛ばされないようにしながら、着水した単葉機から桟橋に降りたトールをリーアが出迎えると、トールは酷く慌てた。


「お前、何で全裸なんだよ!」


「飛ぶ練習したら海に落ちた。服は乾かしてる。」


 服が濡れたら乾かす、そして服がなければ全裸になるしかない、そんな当たり前の事に彼は何を驚いているのだろう?


「だから、俺のお古があるだろ!ちゃんと隠せ!」


「?、隠れてるよ。」


「前髪で隠すんじゃなくて、ちゃんと見えないようにしろって言ってんだよ。」


「ふむ、、、」


 ペタ。


「手で隠すな。」


「ふむ」


 バサッ


「翼で隠すな!」


 頭を抱えたトールが単葉機の荷台兼複座から長期の仕事用に用意してあるキャンプ道具の毛布をリーアに投げつける。


「わぷっ」


「取り敢えず、服が乾くまでそれに包まれてろよ。」


「うん、わかった。」


「ったく、何で外出するときは服着るのに家の中じゃこうなんだ?」


「この毛布、トールの匂いがする。」


「臭くても我慢しろよ。」


「ううん、好きな匂い、、、チラッ。」


 リーアが少しだけ、毛布の前をはだけさせる。


「何やってんだ?」


「見ないの?」


「見ない。」


「Fカップだよ?」


「・・・・・・見ない。」


「ちょっとだけ揺れた?胸だけに。」


「上手くねえ。」


 でも心が揺れたのは事実だ。








 リーアに毛布を投げつけ、服が乾くまで留守番を言い付けた後、受け取った手紙を渡す為、再び手紙の束を手に”梟の止まり木”へと自転車を走らせる。


「おや、トールお早いお帰りだね。」


「うっす、しかし相変わらず昼間は閑古鳥が鳴いてるねえ。」


 ”梟の止まり木”に到着し、ナディアが出迎えてくれるが中はガランとしていて、席も殆どが空席だ。


 ”梟の止まり木”を利用するのは殆どが運び鳥で彼らは日中は飛び回っているので、昼間はほぼ無人の状態となる、まあその分、夜は仕事を終えた運び鳥達の爺による宴会が始まるのだが。


「他の奴らはまだ仕事中さ、アンタ以外で帰ってきた運び鳥はまだいないよ。今いるのはそこにいるフラフラした無職ぐらいさね。」


「あ、ひどいな、女将さーん。僕だってちゃんと仕事してるよー。」


 二人用のテーブルでスコーンを頬張っていた青年がナディアの台詞に抗議する。


「やっほー、トール。」


「ユリウス、お前本当に仕事してんのか?」


「あっ!酷いなトールまで、僕だってちゃんと仕事してるよー!」


 両手を握り、頬を膨らますユリウスと呼ばれた青年、プンプン!といった効果音が聞こえてきそうだ。


「じゃあ、お前の仕事はどんな仕事なんだよ。」


「ふっふっふ、僕の仕事、それは大切な人を陰から守るヒーロー、その人に気付かれず、害を成す者が現れたなら、悟られる事無く始末する。そうして決して気づかれず、例え報われることがなくとも大切な人を守る悲しきヒーローが僕の仕事さ。」


 要はストーカーである。


「警察呼ぶか?」


「ちょっと、冗談だって、冗談!」


 本気の目で島にいる警察を呼ぼうとするトールに慌てるユリウス。


「で、本当の仕事は?」


「内緒。」


 笑みを浮かべ、人差し指を口に当てるユリウス。実にムカつく顔であるはずなのに、イケメンがやると不思議と苛つかない。


 真っ白な肌に同じく真っ白な髪を顎のあたりで切りそろえている、瞳は藍色でその女性と見間違うような端正な容姿は、そう言った容姿を売りにする職業に就けば真っ先に指名一位となるだろう。


「本当、お前は何なんだよ?」


「何だろうね?」


 トールの言葉は尤もである。何故なら彼について分かっている事はユリウスという名前と運び鳥島に住んでいるくらいで、経歴や出身、仕事どころか苗字さえ不明なのだ。


 トールの祖父が亡くなった後、飛行機と運び鳥の仕事を受け継いだばかりの頃にフラッと現れ、そのまま島に居ついてしまった。


 日中特に仕事をする訳でもなくフラフラするだけなのだが、生来のコミュニケーション能力の高さか、あっという間に馴染んでしまい、今は無職のプー太郎という扱いになっている。


「あっ、そう言えばトール、警察で思い出したけど、さっき空警からアンタ宛も連絡が来てたよ。」


「あ?空警が?何で俺に?」


「何でも、アンタ、また群青のウミネコ団を落としたんだって?そういうのは自分達の仕事だから余計なことはするなっていう連絡さね。」


「あ~、それか。ったく、人助けしたんだから見逃してくれたっていいじゃねえか。」


「そう言いなさんな、向こうだって仕事なんだから。」


 余りにも日課のようになったため忘れていたが、本来空賊の討伐は軍や空の警察である空警の仕事だ。


 それでもあの時はレーサーが襲われていたのだ、非常事態故仕方無いのだ。いや、本当に。


「取り敢えず、その手紙の束を受付に出したら、空警の駐屯所に向かいな。」


「あ~あ、まーた取り調べかよ。勘弁してくれよ。」


「あはは、どんまい。」


「おめえも、住所不定無職で職質されてるだろ。」


 ぶん殴りたい、その笑顔。








「ん?こいつはめったにない偶然だな。」


「どうした、トール?その荷物になんか問題でもあったか?」


「ああ、いや、何でもねえよおやっさん。」


 空警から取り調べを受けてから二日後、朝の”梟の止まり木”にて今日運ぶ荷物を受け取ったトールは荷物である手紙の束の中の一通の手紙が、先日の老婆が息子宛に送った手紙である事に驚く。


 通常、荷物を受け取った運び鳥がそのまま荷物を送る事は滅多にない。何せデュラスとアルバスはどちらも小さな島国の集合した国で送り先もバラバラ、だから一旦”梟の止まり木”に集めて、キャリアや所持している飛行機に合わせて、運び鳥が運ぶ荷物が決定される。


 故にトールのような例はそれなりに珍しいと言えるだろう。因みに二つの国を連日で行き来することになったトールだが、言葉は読めるのか?話せるのか?といった問題は一切発生しない。


 何故なら、赤ん坊の頃からデュラスとアルバス両方の軍に所属していた運び鳥達に囲まれ育ち、物心ついた時にはどちらの国の言葉も話せるようになっていたし、それに加えて仕事の関係上どちらの国の文字も読めなければならない為、文字もそれぞれの国出身の者に教えてもらったからだ。


 というより二つの国を行き来する関係上、運び鳥はマルチリンガルでなければできない仕事なのだ。


「んじゃ、ちょっくらいってくるぜ、今日は少し遅くなるから、先に飯は食っといてくれ。」


「ん、分かった。」


 自宅に帰り、飛び立つ準備をするトールを見送るリーア、相変わらずの上半身裸エプロン、下半身ドロワーズ一丁の痴女スタイルだ。


「ん、」


「何だ?」


「いってらっしゃいのチュウ。」


「しねーよ。」


「でも女将さんは新婚の夫婦のお約束って、、、」


「だから、女将さんのいう事は真に受けんなって、後俺達新婚夫婦じゃねえし。」


 目を閉じ、唇を突き出すリーアを冷たく突き放す。


「でも、私達、一緒に暮らしてて、仕事に向かうトールの為にお弁当を作って見送る私。これはもう夫婦と言っても過言だと思う。」


「だったら問題ないな。」


 リーア自身も言いすぎだと自覚してるなら無視してもいいだろう。空は飛べなくとも少しアホウな彼女を無視して、トールは倉庫から相棒である飛行機を飛ばす。


「しかし、自慢の息子さんね、どんな面をしてるのやら。」

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