第2話

 トールが相棒に乗り、空へと飛び立って数十分、コクピットに針金で括り付けたラジオから流れる曲をBGMに空のドライブを楽しんでいると視界の端に二つの飛行機が映る。

 片方は一人乗りの複葉機、もう片方は大型の翼に幾つもののプロペラが付いた飛空艇だ。飛空艇は内蔵された銃火器で複葉機を追いかけまわしており、どうやら広い空の下で危ない鬼ごっこをやっているらしい。


「アイツら、まーた懲りずにやりやがって、何度堕とせば気が済むんだ?」


 いくら鬼ごっこといえど、限度と言うものがある。左手でレバーを握り、右手でカンプピストルに閃光弾を装填、二機の飛行機へと舵を切る。

 旋回し、飛空艇とは正面からぶつかるようにして近づいていく、徐々に近づく三機の飛行機、そしてあわやぶつかるというタイミングで舵を切り、飛空艇の正面に向かって閃光弾を放つ。

 正面から光を浴びせられて、操縦が不可能になったのだろう。

 飛空艇が斜めに傾き、海面へと墜落していく。ど派手に水しぶきを上げ、翼がもがれながら墜落する飛空艇、空賊を退治し、今の閃光弾で間もなく空警もやってくる。一石二鳥、実に楽な作業だった。

 トールが複葉機の無事を確認し、進路を戻そうとすると、沈没しかけている飛空艇から何人もの男達が這いずり上がり、リーダー格であろう男が拡声器を使って、トールに向って怒鳴る。


『テメー!このやろー!何度俺達の仕事を邪魔すりゃ気が済むんだーー!テメーに飛空艇を落とされた所為で俺達がどんだけ借金背負ってんのかわかってんのかー!』


「知らねーよ、そんなの!空賊やってるお前らが悪いんじゃねーか?」


『閃光弾を人に向って撃つなって習わなかったのかー!今も目がチカチカすんだぞーー!』


「お前らだって人に向ってぶっ放してただろうがよ!」


 銃を人に向って撃つなんていけない事だ。それがどれだけ危ないことかを閃光弾で教えただけ、人間身をもって体験しなければ学ぶことは出来ないのだ。

 腐れ縁の空賊団である『群青のウミネコ団』を日課の如く沈めた後は、追われていた複葉機へと近づく、コクピットがキャノピーで覆われているエアレースで使用される機体で荷物を見る限り、旅人らしい。


「よお、アンタ災難だったな。」


 複葉機と並走し、声を掛けるとキャノピーがスライドし、中から髭面の中年男性が顔を出す。


「ああ、誰だか済まんが助かったよ。それであの空賊共はどうするのかね?」


「閃光弾を撃ったから放っとけば、空警がやってくるだろうさ。オッサンは旅行目的の飛行機乗りかい?」


 礼儀を弁えない馴れ馴れしい態度だが、中年男性は特に不快に感じてはいない。規律に五月蠅い軍や貴族ならともかく、規律が存在しない自由な空での会話で礼儀など野暮なものだ。


「いや、半月後に開かれるレースに参加する為にその会場に向かっていたんだ。そしたらあの空賊に襲われてね。」


「そうか、オッサン。悪い事は言わねえから、会場に向かうまでの間はキャノピーは外しとけよ。そうすりゃ直ぐに閃光弾を撃てて空警が来るからよ。ずっと逃げ回ってたのもキャノピーが邪魔で閃光弾が撃てなかったんだろ?」


「ああいや、全くその通りだ。お陰で燃料を大分無駄に使ってしまってね。」


「条例だか何だか知らねえけど、軍や空警じゃない、俺らみたいな奴らは飛行機に武器を取り付けられねえからな。それともしもの時に拳銃も持っておいた方が良いぜ?」


「ああ、そうさせてもらうよ。それで悪いんだが、近くに燃料が補給できる島は無いかな?」


「だったら、今から俺が向かう島に行くか?地図もあるから案内も任せてくれ。」


 そうして、新たな同行者を得て、空のドライブは続く。後ろの方で空賊達が沈んだ飛空艇のプロペラに捕まりながら「助けてくれー!」と言っているような気がするが、きっと気のせいだろう。

 彼らは法に縛られない空賊、何をするにも自己責任、溺れ死のうが空警にしょっ引かれようが知ったこっちゃない。きっと彼らは今日も逞しく己を腕のみを信じて生きて行くのだろう。




 トールが飛行機で飛び立ってから数時間、彼が家を留守にしている間に掃除やら洗濯やらを済ませたリーアは、海沿いに建てられたトールの家に併設されている桟橋にいた。

 その恰好は朝と少しだけ変わっている。とはいっても下半身はドロワーズ一丁のままで、上半身のエプロンの裾が臍より少し上になったぐらいで、それ以外の衣服、下着すら身に付けていない。


「バサッ」


 彼女が効果音を口に出すと背中の翼が広がる。


「バサバサバサ」


 翼が何度もはためき、調子を確認する。問題ない、今日も絶好調だ。両手を水平に広げ、足を少し曲げて離陸体勢を取る。


「ていく、おふ」


 言うと同時に桟橋から海に向って走り出す。翼は広げたままで、このまま走って揚力を得て飛ぶつもりらしい。

 全速力で桟橋を掛けていく。支えがないため激しく揺れる胸、桟橋の長さは約60メートル、それだけあれば十分な揚力が得られる。

 そして遂に桟橋の端を右足が踏み、リーアは海が光り輝く空へと、飛び立


「やあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあああん。」


 バチャンッ!


 てなかった。そのまま桟橋から落ち、海へと頭からダイブしてしまう。


「うう、失敗。」


 桟橋に捕まり、海から這い上がる。海水を吸って重くなった翼で危うく溺れかけたが、胸に天然の大きな浮きが二つあったお陰で助かった。

 優秀な遺伝子を残してくれた母に感謝だ。


「やっぱり、空を飛ぶの、怖い。」


 エプロンとドロワーズを脱いで手で絞った後、軽く水洗いして物干し竿に吊るす。今日は日差しが良いのですぐ乾くだろう。

 同じようにリーアも翼を乾かす為、桟橋の上で横になる。全裸だが周りに人はいないので騒ぎにはならないだろう。


「ううう、早く、飛べるようになりたい。」


 今の生活は気に入っているが、それはそれとして背中に翼が生えているのに飛べないなんて馬鹿にされている様で許せない。


「よし、翼が乾いたら、再チャレンジ!」


 拳を握り、フンス!と気合を入れるリーア。翼が生えている彼女が何故突如トールと居候することになったのか、それは約二週間前に遡る。




 リーアは元々運び鳥島に住んでいなかった。彼女の故郷は別の場所、はるか上空にある浮島と呼ばれる宙に浮かぶ島に住んでいた。

 その島が浮かんでいる原理は詳しくは知らないが、確か大昔に頭の良い学者が島の中心に巨大な磁石やプロペラを設置して浮かばせたと言われている。

 そんな不思議な島に住んでいる住人達も不思議で彼らには鳥と同じように翼が生えている”空人”と呼ばれる人種で、空を飛ぶことが出来た。

 彼らは嘗てはトール達と同じように地上に住んでいたのだが、貴族や王族のコレクションとして襲われ、攫われ、観賞用の奴隷として売られるなど悲惨な歴史を歩んでいた。

 そして彼らは自由を求め、奴隷としての人生から脱却するために浮島を作り、彼らは住処をそこへ移すと地上には一切干渉せず、デュラスとアルバスの戦争にも一切かかわることは無かった。

 勿論その島の住人であるリーアも当然空を飛ぶことが出来る、因みに彼女の翼はアホウドリの翼であり滑走するなどして揚力を得る。


「アホウドリじゃない、アルバトロス。」


 失礼、アルバトロスの翼をもつ彼女は毎日をその浮島でのんびりと暮らしていた。その日常がある日変わってしまった。

 リーアは日課として、昼食後にはお気に入りの場所で昼寝をする事にしていた。その場所というのが、浮島の縁である。

 浮島の縁にはまだ上手く飛べない子供が落ちないよう二メートル程の壁があり、リーアはその壁の上で風を感じながら寝るのが好きだった。

 その日も両親に気を付けるよう注意されながらも昼寝をしていたら、突風が吹き、彼女は寝たまま浮島から落下、そのままトールの家の屋根を突き破ったという訳だ。着ていた服はその際屋根に引っかかり全て破れてしまった。


「うん、あれから私の日常は一変した。」


 さも大事のように言っているが、全然大事ではない。組織の陰謀でもなければ、世界の命運を握ったアイテムを持っているわけでもない。 

 此処までワクワクしない落ちもの系ヒロインなどそうそういないだろう。

 こうして人の家を破壊したリーアだが、トールに頭を下げ、再び浮島へと戻ろうとした時、自身のある異変に気付いてしまう。

 飛べなくなったのだ、翼が折れているわけでもない、滑走する為の距離が足りないわけでもない、ただ飛ぼうとした瞬間に落ちる恐怖を感じ飛べなくなってしまったのだ。

 そうして浮島に戻れなくなったリーア、連絡手段はなく地上の島に頼れる人間もおらず、貴族に攫われる可能性もあり、更に言えば浮島は飛行機や気球で行ける高度にあるのだが、過去に人間から受けた仕打ちから人間が浮島へ来ることは許可されていない為、トールや他の飛行機乗りに送ってもらう事も出来ない。

 途方に暮れる中、哀れに思ったトールが自分の家に飛べるようになるまで住まないかと提案してきた。

 元々祖父と二人暮らしで、その祖父が亡くなった今部屋に空きは有るからと、普段運び鳥の仕事で家を空けているので代わりに掃除や洗濯など家事をやってくれるなら家賃は要らないと言ってくれたのだ。


「こうして、私とトールの、新婚生活が始まった。」


 それを言うなら新生活である、婚はいらない。




 中年男性と共に目的の島へと着いたトールは、桟橋近くに飛行機を止めると、後部座席から固定した手紙の束と折りたたみ式の自転車を取り出し、自転車の荷台に手紙の束を固定する。


「おや、君は運び鳥だったのかい?」


「応よ、これでも運び鳥歴五年だぜ。」


「それにしてはずいぶん若いようだが。」


 中年男性がトールが運び鳥であったことに驚く。


「まあ、細かいことは気にすんなよ。じゃあな、オッサン、運び鳥に運んでほしい荷物があったら、俺を贔屓にしてくれよ。」


「そうだな、君には色々と助けてもらったし、恩返しも兼ねてそうさせてもらうよ。」


 自転車で走り出すトールに手を振る中年男性にトールも手を振りながら、手紙の配達を始める。手紙に書かれた住所と地図を見比べながら先ずは一番近い家へと届ける。

 トール達が到着した島は自転車で一時間半もあれば一周できてしまうような小さい島であり、商店街も小さな露店や屋台が並ぶだけの簡素なものだ。

 もし早く、終えることができたらリーアへのお土産を買って行ってもいいかもしれない。そう考えながら、トールは最初の家へ向かう為、自転車のペダルを強く漕ぎ始めた。






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