【エピローグ・2】




 あれから15年が過ぎていた。


 結婚して、なかなか子供ができないなんて泣いていたのは何だったのだろう。


 バレンタインデーに発表した妊娠。私の体を知っているみんなの心配をよそに、赤ちゃんはお腹のなかで順調に大きくなって、9月の満月の日に女の子を抱くことができた。名前は結菜ゆうな。名前の由来は漢字をみればすぐに分かる。


 その2年後に今度は男の子を授かって、こちらは啓人あきとと名付けた。




 結花さんたち小島家とはよく遊びにも行く仲良し付き合いが続いている。


 結菜の高校受験も、入試直前まで小島陽人先生の個人レッスンという全面バックアップをもらって、私と同じ高校に入学することができた。


 そしてこの高校には、昨年啓太さんも転勤で戻ってきて再び教鞭をとることになった。


 結菜には以前、私と啓太さんのなれめについては話してあったから、あの子が私の母校、そして父親の勤務先になる学校に行くことに何も意識していないとは思わないけど、それについて親として特に意見をすることはしなかった。


 あれだけ無茶をしてきた両親わたしたちだから、娘の進路や恋には他の家よりも寛容かもしれないし、結花さんたちのお話を聞いたり、珠実園の子たちを見続けてきて、うるさく言わない方が素敵なパートナーを見つけていることの方が多いと知っているから。



 覚えているかな? 学生時代の私は絵本や小説を書く作家だったこと。実はそれはいまでも続いている。


 当時と変わらずに「大原なのは」のペンネームを使わせてもらい、普段は主にインターネットの上で小説を書かせてもらっている。ときどき書籍化のお話もいただく。


 昔と違うのは、女の子の恋を表現するときに、完全な想像ではなく私や結花さんの実体験を織り混ぜて使えること。


 文芸部の先輩だった、夏紀先輩もバリバリの現役作家さん。去年は作品が舞台化されるなんて快挙も遂げられて、私も推敲でお手伝いをさせてもらった。そのお礼にと公演初日にご招待してもらったくらい。


 以前のように原稿用紙に向かうのではなく、今は執筆もデジタル原稿が主だから、ときどきお二人とは一緒にパソコンやタブレットを見せながらお話を書き上げることが多くなった。


 もしかしたら、結菜のこともいつかお話にさせてもらえかるかもしれない。あの子は私と啓太さんの娘だ。きっと素敵な体験が待っていると思う。


 そのほかにも、高校の卒業式のあと、国語準備室に集まったみんなとは昔と変わらない交流が続いている。


 そうそう、卒業式で忘れちゃいけないのがあの内田くんとブーケプルズで私からブーケを受け取った唯衣ちゃん。


 高校卒業のあとに急接近して、大学を卒業、就職したあとに結婚すると彼女から連絡をもらった。二人とは小学生からの付き合いだもん。最初はまさか本当に?と驚いたけれど、啓太さんと二人で披露宴に招待してもらって、友人代表のスピーチをお願いされたときは素直に嬉しかったよ。





 懐かしい校門を通って、入学式の会場になっている体育館に向かう。


 地図なんかいらない。道は体が覚えている。


「変わらないなぁ」


 なぜか涙が込み上げてきてしまったよ。




 見えている景色に、当時の景色が少しセピア色がかって重なってきたんだもの。


 あの当時は友達も少ないばかりか、足も痛めていた。あの日、高校に進んだ私は、何か自分に自信を持って初めての門をくぐれたのだろうか。きっと、オドオドしながら教室の隅っこにいたはずなんだ。


 そして、隣を歩いていてくれたお母さんは、そんな私の横でどんな気持ちだったのだろう。


 それにひきかえ今朝の結菜を見ていると、本当に高校生活を楽しみにしていたようだ。


 劣等生だった私とは違う。きっとそれなら大丈夫。私たち以上に青春を楽しんでほしい。もし仮にタブーと言われた関係だったとしても、二人の気持ちが途切れなければ願いはかなう。それが結果的に素敵な人生への糧となることを私たちは教えられるのだから。


 20年前、高校1年生で見たときと同じ、霞みがかったスカイブルーをバックに、陽ざしをうけた小さな桜色の花びらが舞う校庭で、私はそっと空を見上げる。


 お父さんお母さん、もう私は大丈夫だよ……。ずっと心配かけてごめんね。


 再び体育館に歩き出しながら、ここから始まる新しいシーンを心のフィルムにこっそり焼き付けた。


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セピア色のMEMORIAL SAVER 小林汐希 @aqua_station

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