【6-2】




 その当時、子育て支援員としては少しずつ自信をつけてきた頃に、あの女の子が私の前に現れた。


 ご両親を亡くされて、孤独になってしまった松本花菜ちゃん。


 何度か図書館で会っていたけれど、そのときとは比べるのが可哀相なほど憔悴しているのが分かった。


『似てる!』


 珠実園への入所面談に現れた彼女は昔の私にそっくりだった。


 あれだけ辛いことがあっても、表面上は必死にこらえている。でも、きっと本当は声をあげて泣きたいのだろう。


 日勤の子育て支援員という立場では認めてもらえないかもしれない。


 それでも……、言ってみなくちゃ気が済まなかった。




「そうね、昔の結花ちゃんにそっくりね。逆に結花ちゃんにしか頼めないと思っていたの。難しいかもしれないけれどお願いできる?」


「はいっ!」


 意外にもあっさりと、その願いは叶った。



 珠美園にやってきたその夜、私は彼女の溜まっていた涙を解放させた。


 花菜ちゃんには、ちゃんと彼女を支えたいと思っている人がいる。でも、本当ならそれは叶ってはいけない禁断の恋。


 でも私なら……。


 それをみんな分かっていてくれたんだ。


 担任の先生と最終的に恋愛成就させた私のことはみんな知っている。出会いのきっかけは違っても、同じ悩みを持つ花菜ちゃんには私が最適だったと。



 そんな花菜ちゃんも無事に高校を卒業。それだけじゃなく、きちんと幼なじみであった先生との恋も成就させた。


 家事をしながら、短大で学業を続けた花菜ちゃんには頭が下がった。やりたいことがあると。そして、それは私たちと同じ志だった。


 珠実園の栄養士・調理師としての就職は誰が言いだしたわけでもなく自然に決まっていた。



 花菜ちゃんの仕事も軌道に乗ったこの夏、彼女から相談を受けたんだ。


『私にしか渡せないプレゼントをつくりたい』と。


 聞けば卒業や就職が確定した頃から、何度も愛を重ねていたそう。




 一緒に産婦人科に行って、検査もしてもらった。


 私とは違って、花菜ちゃんは卵巣も子宮もきれいだと。でもひとつだけ気になることがあった。


 抗体の数値が少し高く、妊娠がしにくい体であることが分かったんだ。


 まだ若い花菜ちゃん夫婦には、時間にも余裕がある。お医者さまから教えて貰った方法を何度も試していたんだって。


「……そうか、それで間に合わなかったと……」


「うん……」


 私も、もともとふたつある卵巣の片方しかない。その中で授かれるためにはどうしたらいいか。そして、なんとか授かっても、元気に生まれてこられるためには、奇跡を祈るような気持だったし、そのためには私の命を預けてもいいと思った。


 花菜ちゃんもきっと同じだ。少し妊娠しにくいとはいえ、数字的には十分自然妊娠が可能だとも言われているし、体調は毎日変わる。


 でも見えない体の中のタイミングをあわせるのはもちろん大変。やっぱり奇跡を待つのと変わらないのだろう。


「でもね、花菜ちゃんは絶対にうまく行く気がする。勘でしかないんだけど、そんな気がするの」


 あんなに頑張っているんだもの。そろそろ神様は花菜ちゃんにプレゼントをあげてもいいと思う。花菜ちゃんにはその資格が十分にあると思うから。


 私はそんな花菜ちゃんに天使が舞い降りることを祈りながら床についた。


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