6話 私の「生き写し」だった彼女

【6-1】




「そうか……、そんな会話してたのか」


「ええ、花菜ちゃんはずっとプレッシャーに感じていたのよ」


 私の話に陽人さんが目を丸くする。


 壁の向こう側、隣の部屋でどういう会話があるのだろう。


 きっと花菜ちゃんは自分を責めてしまうにちがいない。


「学校を卒業した頃、『自分にしか渡せないプレゼントはどうすれば』って聞いてきたの」


 特に花菜ちゃんには同学年ですでにお母さんになった友達がいるから、余計に焦ってしまったのだとは簡単に想像できた。


「でも、それって俺たちだってどうにかなる話じゃなかっただろう?」


 私はその言葉に肯いた。そう、私たちだって順調に来られたわけじゃない。



 今は娘の彩花の存在が当たり前になっている。でも、本当はそうじゃなかったんだよね。



 彩花にはもう少し大きくなって、いろいろと分かるようになったら話そうと思っている。小島家にはもうひとり、しおりというお姉さんがいたことを。


 でも、あの子が存在したという正式な証は残っていない。


 これが日本国内であれば、母子手帳が手元にあったのかもしれない。私たちが海外生活だった当時、そういったものはなかったから。


 残っているものと言えば、当時の私の日記と、そこに貼り付けられた何枚かのエコー写真に入っている日付が彩花のものでないと分かる。あとは、陽人さんと私の心の中の大事な1ページになっているだけの儚い存在だけど、私は決して忘れない。


 栞は、私に母親になれる資格があるのだと、僅か3ヶ月の間だったけれど確実に教えてくれた大切な娘だから。


「本当ならな、もうひとりぐらい彩花のためにも頑張ってやりたいが、それで結花を苦しめることはしたくないし、もし結花に何かあってからでは、理由を話してやることも出来ない」


「ごめんなさいね。私はやれることはやったつもり。無理だって言われてても、いつも支えてくれたから……」


 それまで自分に自信を持つことも出来ず、目立たないように生活をしてきた私。


 友達もほとんどいない、そんな面倒な一生徒にそっと手をさしのべてくれた高校2年生の新学期。


 病気で入院・手術をした結果は、もしかしたら子どもは難しいかもしれないというもの。結果的に高校も中退してしまった。


 そんなマイナス要素を分かっていても、陽人さんは私を妻として迎え入れてくれた。



 夫婦になってからも、可能性があるなら頑張ろうと、私の体調を最優先にしながら、妊娠に向けた取り組みも一緒にしてくれた。


 だから、私の中にもうひとりの命が宿ったことを知ったとき、黙っていられずに泣いて喜んだ。


 けれど、そんないつも泣き虫のお母さんを栞はきっと嫌がってお空に帰ってしまったのかもしれない。


 だから、栞を弔ったあとは泣かないと心に誓ってきた。


 いつも笑って、強くいなくちゃ。プライベートでもお仕事でもそう生きてきたけれど、疲れてしまったのも事実。


 そんなとき、あの子の話が珠美園に入ってきたのよね。


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