第3話

「ふー。なんとか振り切ったか」

「このバッグ。田中さんのみたいだね」

「ああ。しかしあのじーさん。こんな大金貯め込んでたんだな」

「そうだねきっと退職金じゃないかなあ。ドキドキしたよ。ああ。電車。まだかなあ」

「くそっ。こんなに早く電車がこないか待ったのは始めてだぜ」

「どうする?青山さん。ロッカーにないとわかったら、戻ってくるよ。もう一度ちゃんと探されたら今度は見つかっちゃうよ」

「ポケットに入らないかな」

「無理でしょ。入れても飛び出しちゃうよ」

「んじゃあ、これはどうだ。1人がまずカバンを持つ」

「うん。で?」

「で、隣の駅に向かって全力で走る」

「いや。追いつけないでしょ。それに不自然だよ。いきなりいなくなったらさ。ていうか。そもそも僕は嫌だからね、こんな雪の日に」

「いっそ」

佐藤がじっと中村を見た。

「青山もこっちの仲間に誘ってみるか」

「えっ!?無理なんじゃないかな。佐藤も知ってるでしょ。青山ってバカがつくほど、マジメで固い子だよ。それが鉄道員やってるんだから。盗むなんてあり得ないよ。クビになっちゃうよ」

話がまとまらないまま青山、戻ってくる。

「あのな。青山」

「あのね。佐藤君の言う通りだったよ」

「え」

「ロッカーに入ってたよ。バッグ。あとで田中さんの病院に届けておくよ」

「そ、そっか」

「私。事務所に戻るから。2人とも気をつけて帰ってね」

「お。おう」

「ありがと」

青山。事務所へ行く。

「おいおい。このバッグ田中のじーさんのじゃないみたいだぜ」

「うん。僕も聞いてびっくりしたよ。じゃあこのカバン誰のなんだろう」

「まあそんなの こうなったらどうでもいいさ。遠慮なく俺たちの物にしようぜ。これで陽子も喜ぶよ」

「そうだね。陽子ちゃんが喜ぶんなら…」

「うー。しかし。寒いな。腹が冷えたみたいだ。トイレに行ってくるぜ」

「ゴミ箱からバッグを出しておいてくれよ」

「わかったよ」

中村、ゴミ箱からバッグを出した。

「ふーん。そこにあったんだあ」

「!!」

青山、待合室に入ってくる。

「じ…事務所にいたんじゃなかったの?」

「なーんか様子がおかしかったから、ちょっと引っ掛けてみたんだよね」

「駅前のロッカーに行ったってのも嘘なの?」

「嘘」

青山がクールに言った。

「で。それが田中さんのカバンってわけね」

はあ…とため息を吐いた。

「いけないなあ。中村君。人の物を盗ったらドロボウだよ。がっかりだよ。昔の君はそんな人じゃなかったのになあ。そんなにお金に困ってたの?」

「ううん。そういうわけじゃ…。これにはわけが」

「どんな?」

「佐藤の妹が獣医の専門学校に行きたがってて。それで協力してあげようと…。それにはお金が必要だから…」

「佐藤君の妹?なんで佐藤君の妹に、中村君が協力しないといけないの?」

「それは…」

「なにか特別な思い入れでもあるの?なに。その娘のこと好きなの?中村君」

「え。いや。好きっていうか」

「どうなの?はっきりさせて」

「い…いや…好きは好きだけど」

「あ。そう」

そこへ佐藤が戻ってくる。

「いやー。すっきりしたぜ。…ってあれ。なんで青山いるんだ」

「2人とも動かないで」

「な、なんだよ。人のことまるで犯罪者みたいに」

「今。君たちがまさにそうなろうとしてるのよ」

「えっ」

「それをこの私が防ぐって言ってるのよ。ロッカーに行ったってのは嘘。中村君から、話しは全部聞いたわ」

「!バカ。なんで青山に話したんだよ」

「し…仕方なかったんだよ。バッグを見られちゃったんだからさ」

「佐藤君。確かに妹さんの願いをかなえてあげたいっていう気持ちは素晴らしいと思うわ。でも、そのお金で学校に行かせてもらっても、妹さんは喜ぶかしら」

「…わかった」

「よかった。わかってくれたのね」

「青山。じゃあこうしないか?」

「なに?」

「金を半分やる。500万だ。それで手を打たないか?」

「ふざけないで!全然私の話をわかってないじゃない!鉄道員の私がそんなこと、出来るわけないでしょ。これが最後の警告よ。もう1度言うわ。バッグを私に渡して。そしてこのまま列車に乗ってくれるなら、何もなかったことにするわ」

「…」

「佐藤。僕たちの負けだよ。大人しく帰ろう。冷静に考えたら青山さんの言う通りだよ。同窓会に来て。皆と楽しく騒いだ。青山にも会った。それだけの1日だ。もし捕まりでもしたら、陽子ちゃんもどれだけ悲しむか」

「…そうか。そうだな。ありがとな。青山。お前のおかげで目が覚めたぜ」

佐藤と中村は、バッグのお金を取ることを諦めた。

「でもさ。1つ疑問なんだけど」と中村が言った。

「なに?」

「田中さん。このバッグの現金、どうしようとしてたのかな?」

「確かに…そうね。こんな大金を」

「おかしいよな」

「ちょっと探ってみたほうが、いいんじゃないか?」

「そんな…。他人のプライバシーを暴くみたいでいやだなあ」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」

佐藤に強く言われて、青山も納得した。

「そうね。分かったわ」

「田中さんと連絡は取れないの?」

「病院の番号はわかるよ。掛けてみるね。…もしもし。私○○駅で駅員をしている青山といいます。先程、そちらに運ばれた田中さんにちょっと聞きたいことがありまして。はい。とっても重要なことなんです。はい。すいません。お願いします。…あ、田中さん。青山です。具合は大丈夫ですか?そうですか。よかった。それでバッグについてなんですけど。

中を見てしまったんです。ズバリききますけど。田中さん。あのお金はどうしたんですか?話してください。お願いします。ふんふん。…えっ!そうですか。わかりました。8時ですね。あとは私がなんとかします。はい。大丈夫です。ゆっくり休んでください」

青山が電話を切った。

「田中さん何だって?」と中村が訊いた。

「田中さん。8時までにバッグを待合室に置いておくよう言われたそうよ」

「まさか。それって…」

「おれおれ詐欺か!?」

「どうやらそうみたいね」

「どうするの?」

「捕まえるのよ。もちろん私達で」

「私…達?」

「そうよ。まさか女の私だけに押し付けるわけじゃないよね?」

「いや。そういうわけじゃないけど」

「警察に頼んだらどうなんだ?」

「その時間はないわ。もう列車が到着しちゃうもの」

3人は時計を見た。時刻は7時58分。

「私達で捕まえるのよ」

「しょうがねーな」

「佐藤!?まさかやるの?」

「青山1人にまかせるわけにもいかねーだろ」

「そ、それはそうだけど」

「いいんだぜ。お前は無理しなくてもよ」

「や、やるよ」

「よしっ。それでこそ男だ!」

佐藤が青山を見た。

「青山。何か作戦はあるのかよ?」

「この時間。次に来る列車は4両編成よ。待合室に行った人が犯人よ。佐藤君が待合室。私と中村君がホーム。犯人が待合室に入ったところで、3人で一気に抑えるわよ」

「了解」

「わ。わかったよ」

「列車が来たわ。配置について」と青山が言った。

列車が到着する。

サングラスをした金髪の男が降りた。

あからさまに怪しい。

青山と中村は距離をとる。

金髪の男。辺りをきょろきょろと見る。

そして待合室の中に入った。

ベンチの上にバッグ、そして少し距離を取って佐藤が座っている。

青山と中村が遠巻きから話している。

「佐藤が隣に座ってるから、男もバッグを取りづらいみたいだね」

「まー佐藤君がおっかない顔していたらねえ。でかいし。怖いし。近寄りたくないもん」

「あ。でもなんとか男がいこうとするよ」

男がバッグを手に取った。

「待て」

「えっ」

「そのバッグ。俺のだ」

「そ。そうなの?」

「なに持っていこうとしてるんだ?」

「あ。いや。このバッグ」

「バッグがなんだ?」

「駅に置いてあるから。取りに行くように言われて…」

「誰に?」

「誰って…。そ、そんなこと。あんたに言えないよ」

「とにかく。これは俺のだ。あんたのものだっていうんなら、何か証拠を見せてくれ」

「しょ…証拠。そんなもんないよ」

「じゃあ駄目だな」

「と、とにかくバッグをよこせ」

「駄目だって言ってるだろ。これは俺のだ」

佐藤は金髪の男をからかっているようだった。

様子をうかがっていた青山と中村が、待合室に突入する。

「そこまでよ」

「うわっ」

さらに2人増えたことで、金髪の男はうろたえた。

そしてがっくりと首をうながれて、観念した。

青山、警察に連絡する。

しばらくして、警察が金髪の男を捕まえに来た。

青山、警察官に事情を説明する。

「田中さんから、連絡があったわ」

「じーさん、何だって?」

「私達にお礼を言ってるわよ。それでね。佐藤君に良いニュースよ」

「なんだ?」

「1割を謝礼としてあげるって」

「わー。やったじゃない。佐藤」

「いや。いらない」

「えっ」

「なんで?」

「それもらったら、犯人と同じになっちゃうだろ」

「そんな。全然違うじゃん」

「いや。犯人の顔を見てわかったんだ。ああ。俺も同じ顔してたんだなって。田中のじーさんが、これまで頑張って働いたお金なんだからな。もらえねーよ。よく考えたら。陽子もきっとそういうはずさ」

「そうだよ。陽子ちゃんはそういう子だよ」

中村もほっとして、同意した。

「そろそろ次の列車が来るよ」と青山が言った。

「じゃあな。青山。俺たち行くわ」

「またね。仕事がんばってね。青山さん」

佐藤と中村が列車に乗った。

「2人とも気をつけて帰ってね」

「うん。ありがとう」

2人は列車に乗った。

青山は列車が見えなくなるまで手を振った。





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