第27話 決着

 それは 土下座と言うには あまりにも鮮やかすぎた


 美しく 優雅に 高らかに羽ばたき そして 完成されすぎた


 それは 正に ジャンピング土下座だった



「本当に申し訳なかったぁああああああああああ!!!!!!!!!!」


 誠一さんの絶叫がリビング中に響き渡った。


「あ、あの……」


 そのフィギュアはどうしたんですかなんて言える空気ではなかった。

 俺は、突然の出来事に困惑するばかりだ。


「まさか私の息子のせいで君が学校に来れなくなったなんて、本当になんとお詫びをすれば」

「悠のせいで学校に……」


 その言葉で何かを察したのか、瑞希さんまでもが膝を折る。


「ま、待ってください。俺は別にそんなことをして欲しいわけじゃ――」

「待ってくれよ。どうして、父さんがそんな奴に頭下げてるんだよ!!」


 その時、草加くんがリビングに駆け込んできた。

 そして、鬼気迫る表情で両親の元へと駆け出した。


「お前はまだ未成年だ。なら、その責任をとるのは親である私の責任だろうが!!」

「ち、違う。あれは俺のせいじゃない……俺は何もしてないんだ。なのに、どうして父さんがそこまでしなきゃいけないんだよぉおおおお!!!!」


 草加くんは、両親の土下座を解こうと試みる。

 しかし、二人は頑なに体勢を変えようとせず、もみ合いになった末に終いには草加くんが大声で泣き出した。


「そうだよ!! 本当は俺が悪いんだよぉおおおおおおおおお!!!!!!」


 そして草加くんが俺にスライディング土下座をしてきた。もうめちゃくちゃだよ。


*


「コホン。えーっと、話をまとめると、悠くんが学校で豊陽くんに凄絶な嫌がらせをしたと」


 その後、惣厳さんが、ひとまずその場をまとめることになった。

 うなだれるように座る草加一家と、俺と雪と葵さんが向かい合って座っている。

 正直、色々と気まずい状況だ。


「正確には、悠さんの周りの誰かだそうです、お父様」


 雪が補足した。


 今更、思い返すのも面倒だが、確かに物理的に学校で勉強するのが困難な目に遭ったのは事実だ。

 俺はてっきり彼の指示だと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


「俺は……止めたんです。確かに、昼に雪と仲良くしてるこいつがむかついて……むかついて……ボコボコにしてやりたいとは思ってましたけど、あそこまでやるつもりは……だから、くだらないことはするなって、仲間達に言ったんです」

「それは本当なのかね?」


 惣厳さんが雪に尋ねる。

 正直、口ではなんとでも言えるので信じがたい。


「はい。確かにそう言ってました。ですが結局、嫌がらせが止むことは無く、陽も学校に来れなくなって……」


 その出来事は雪にとっても嫌な思い出のようで、徐々に俯き始める。


「ふむ……ということだが、誠一はどう思う」


 草加くんのお父さんに話が振られる。

 先ほどは溢れんばかりのパッションで土下座した誠一さんだが、ここでなんと答えるのだろうか。


「……仮にそれが本当だとしても、悠と私の責任が消え去るわけじゃない」


 誠一さんはきっぱりと言い切った。


「取り巻きが独断でやったというのなら、なおさらだ。悠はなんとしてもそれを止める努力をするべきだった。仲間に、釘は刺したがその後は何もしなかったのだろう?」


 そう言って誠一さんがクイッとメガネを持ち上げる。

 そのガラスの向こうの瞳を窺い知ることは出来ず、すっかり政治家の威厳を取り戻していた。

 胸元にプリティアのフィギュアが差しっぱなしという点は除いて。


「そ、それは……はい。俺がやったことじゃないから、良いかと思って……」

「それがダメだ。お前が原因であるのなら、その結果について最後まで責任を負うべきだ。完全な回復は出来なくても、彼のために出来たことは他にもあるだろう。私の跡を継ぎたいと言うのであれば、そのことをよく省みてくれ」


 決して怒鳴る様子はないが、誠一さんは厳しい表情で草加くんを突き放す。

 学校の誰も逆らえない、大物政治家という肩書きから、傲慢で偉そうな人物を想像していたが、誠一さんはそれとは真逆の人物だった。


「は、はい。しっかりと責任を果たします」


 草加くんはおもむろに立ち上がると、再び膝を折り、土下座をした。


「全て、俺の嫉妬が招いたことだ。どんな償いでもする。き、君がもう一度学校に行けるように、努力も惜しまない。本当に申し訳なかった!!」


 父親と同様、鮮やかな所作の土下座だった。

 少なくとも、その所作と声音から、本気の謝罪であることは窺えた。


「顔を上げて欲しい。俺は別に最初から気にしていない」

「き、気にしていないって……あ、あんな目に遭ったのにか?」


 驚いたように草加くんが顔を上げた。

 信じられないといった風だが、これは本心だ。


「確かに、学園に行けなくなったのは困ったけど、今はその……ビジネスもやってるし、自分で勉強も進めて高卒資格を取るつもりだから、不都合はないというか」


 VTuberをやってるとは言えなかった。まあ、ビジネスっていうのも間違いじゃないよな?

 とにかく、俺の人生は充実しているのだ!!


「ほう。そのような目に遭っても挫けることなく、自分の道を模索していたのか。なんと、素晴らしい心持ちだ」


 その脇で、惣厳さんが腕を組みながらうんうんと頷いた。

 なんだかそんな風に持ち上げられると、気恥ずかしい思いだ。


「だ、だけど、それでも俺のせいだ。せめて、学園に行けるように力を尽くさせてくれ……もちろん、君が学校に通うことを望むならだが……」


 学園か。今更、通っても通わなくてもどっちでも良いんだけど……


 俺はちらりと雪の方を見た。

 正直どっちでもいいんだけど、雪と過ごす学園生活。

 それは悪くないなと思った。不純な動機だけど。


「分かった。君の謝罪と償いを受け入れるよ。それで、あの件に関するわだかまりはなしだ」


 ということで彼の謝罪を受けることにした。まあ最初から気にしてないんだから、それでいいだろう。


 俺にはVTuberとしての活動と、大切な恋人がいる。

 それだけで、俺は幸せで満たされているのだから。


「あ……でも、一つだけ言っておかないといけないことがあったな」


 謝罪に関してはこれでいい。

 だけど、俺にはどうしても彼に伝えなくてはならないことがある。

 俺は草加くんを立たせることにした。


「な、なんでも言いたまえ。もちろん、好きなだけ殴ってくれてもいい。僕は抵抗しない」


 そう言って草加くんは、腕を広げて目を閉じた。

 もっと酷い人間だと思っていたが、いや実際酷い言動を繰り返していたが、今だけは潔い。


 ただ、全身はブルブルと震えていた。

 覚悟を決めたという割には、かなりびびっているのが隠せていない。


「それじゃ遠慮無く」


 俺は彼の胸に拳を押し当てる。


「ひっ!?」


 めちゃくちゃ情けない声が飛び出た。

 そして自分の顔をかばうように、腕を前に出した。

 そんなに怖いのだろうか。まあいい、続けよう。


「雪は俺の大切な恋人だ。彼女が心変わりしない限り、絶対に何があっても未来永劫、君なんかには渡さない。それだけは絶対に忘れないで欲しい」

「えっ……?」


 草加くんが目を見開く。

 そして、その表情がくしゃくしゃと崩れ始めた。


「反論は聞かないから」

「で、でも、それは……」


 崩れ始めた草加くんの表情が、今にも泣き出しそうな情けなく子どもっぽい表情へと変わった。


 何この子、ちょっとかわいい……


 ともかく、俺にとっての一番の本題はそこだ。

 なにせ雪は彼との婚約を嫌がっている。彼女と想いが通じ合った今、俺だってそんなの認められない。

 色々と今日はこじれたが、そこだけははっきりとケリを付けたい。


「う、うぅ……そ、それは、でもでもでも……」


 草加くんが途轍もない葛藤を始めた。

 誠一さんの発破のおかげもあるが、さっきまでの彼はどこか潔かった。

 しかし今は、めちゃくちゃ未練たらたらで少し情けない。


「……わ、分かったよぅ」


 しばらくして、草加くんが決意を口にした。

 というか少し……いやかなりキャラが変わっているような……


「ぼ、僕だって分かってたもん。雪が俺のことなんて……か、欠片も……こ、これっぽっちも好いてないなんて……」


 草加くんの目端に一杯の涙が湛えられる。


「で、でも、でも…………うわぁああああああああああんんんん!!!!!!!!」


 今度は内股でその場にへたり込むと、泣きじゃくり始めた。

 その様子を見て、少し胸が痛んだ。


 そうか、草加くんはとっくに雪の気持ちに気付いていたんだ……


 それを自覚して日々を過ごす草加くんのことを考えると、それはとても辛いことだろう。

 でも、彼はプライドが高い、だからそれが認められず、ああして強気な態度に出ていたのかもしれない。


 しかし、その仮面は今剥がれた。

 そして、彼は雪の本当の想いと向き合い、これまでしでかしたこと全てを謝罪したのであった。


「婚約は解消するよぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 泣きじゃくりながら草加くんは、婚約破棄を宣言した。

 これで一件落着……ではあるが、少し彼がかわいそうになってきた。


 その後、草加くんのご両親が、何も言わずにそっと彼を抱きかかえた。

 俺はその光景に、少しだけじんわりとこみ上げてくるものを感じた。


 雪は絶対、渡さないけどな。

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