第26話 意外な関係

 惣厳さんとの話を終え、俺はリビングで誠一さんを待つことになった。

 正直、経緯が経緯だけにリビングで待つお母様方と顔を合わせるのは気まずいのだが……


「どうぞ。今回の出張で買ってきたお土産のお菓子です」

「羽生くんは紅茶派かな? それともコーヒー派? あ、でも、ジュースとかの方が良いかな?」


 何故か俺は二人の歓待を受けていた。

 お菓子を勧めるキリッとしたメガネの女性は葵さん、雪の母親だ。

 そして、飲み物を選んでいるノリの良さそうな女性は、草加くんのお母様で瑞希さんと言う。


「えっと、その、これは……」

「ねえ、あなたのお母さんって陽菜だよね?」

「え……? どうしてそれを」


 一体、どういうつもりなのかと尋ねようとしたら、瑞希さんから予想外の言葉が飛び出てきた。

 陽菜……というのは母さんの名前だ。どうして、瑞希さんからその名前が出てきたのだろう。


「羽生と聞いてひょっとしたらと思いましたが、やはり陽菜と隆哉さんのお子さんなんですね」


 その口ぶり、もしかして二人とも、母さん達と知り合いなのだろうか。

 そういえば、前に雪を家に案内した時、母さんが姫宮と草加の苗字を聞いて意味深な反応を示していた。

 一体どういう関係なんだろう。


「私達と誠一、惣厳さん、陽菜と隆哉さんはね、高校の時からの友達なんだよ」

「そ、そうなんですか?」


 俺の疑問に答えるかのように、瑞希さんが教えてくれた。

 それはまた意外な交友関係があったものだ。


「最近はあまり陽菜達とも会ってないんだけどね。でもそっかあ、雪ちゃんと陽菜たちの子がねえ」

「瑞希、まだそうと決まったわけではないでしょう」

「それはそうだけど、雪ちゃんの様子見たら分かるでしょ、葵?」

「それは、まあ」


 えっと、どういうことだろうか。


 一応、俺は婚約者二人の間に割って入ったということで、呼び出されていることになっているはずなのだが。

 二人の口ぶりだと、あまり気にしていないような雰囲気だ。


「不思議そうな顔してるね? 実は私も葵も、雪ちゃんが悠のことなんとも思ってないってのは分かってたんだよね」

「ど、どういうことですか?」

「そう難しい話ではありません。娘の様子を見れば一目瞭然というだけです」

「ですが、二人のお父さんは……」


 そんなこと露にも思っていないだろう。

 惣厳さんなんて、雪が婚約に乗り気じゃないと聞いて呆気にとられていたし。


「ああ、まあ。それは仕方ないよね。あの二人、悠が雪と結婚したいって言った時に、死ぬほど盛り上がってたし」

「鈍感なんですよ。今時、親が婚姻を決めるなんて時代遅れなのに、雪の気持ちにも気付かずに勝手に盛り上がって……なので、瑞希と悠くんには悪いですが、この話は雪の心を最優先に考えるべきだと私は思っています」


 どうやら、二人はとっくに雪が婚約に乗り気でないと、知っていたようだ。


「まあ、仕方ないよね。悠はまだまだ未熟というか、子どもっぽいところがあるし」

「とはいえ、私はまだ羽生くんが娘を任せるに足る人物とも思いませんが」


 そう言って葵さんが値踏みするように、俺の方へ視線を寄越してきた。


「えー、そうかな? 羽生くん結構かわいい顔してると思うけど」

「瑞希……重要なのは顔立ちではないでしょう」


 葵さんが呆れたように言った。

 まあ確かに、親からすれば、娘の相手の内面はとても重要だろう。


「彼には……筋肉が足りていません」

「はい……?」


 葵さんから飛び出したのは予想外の言葉だった。

 え、筋肉? 内面とかじゃなくて?


「そう、男性に最も求められるのは、圧倒的に敵をねじ伏せるパワーと、大切な者を守るためのパワーです。この二つが雪の相手には必要と言えます」


 え、えぇ……


「いやいや、それただの葵の趣味でしょ? そんなシュ○ちゃんみたいなマッチョ、雪ちゃんも嫌だと思うけど」

「雪は私の娘です。当然、理解してくれます」


 どうやら葵さんは筋金入りの筋肉好きのようだ。

 なるほど、確かに惣厳さんは筋骨隆々だ。葵さんの好みドンピシャだったんだな。


「ほんと、瑞希って男の趣味が変だよね。男はかわいい顔してるのが一番でしょ」


 うーん、ご婦人方が何やら盛り上がっていらっしゃる。


 しかし、最初に恐れていたほど、険悪な事態にはなってないようで、そこは良かった。

 下手をしたら、両家との間に亀裂が走るなんて事も起こりかねないと、内心では危惧していたのだ。


「あ……そうだ。折角だし、実際に確かめてみようか? 羽生くんがどれぐらい鍛えてるか」

「はい?」


 今度は、瑞希さんがとんでもないことを言い始めた。


「へぇ、瑞希にしては良い提案ですね。良いでしょう」


 いや、なにが良いでしょうだ。なんで、俺の承諾も得ずに話が進んでるんだ。


「大丈夫、大丈夫。別に取って食おうってワケじゃないし、ちょっとTシャツを脱いでもらうだけで……」

「いやいや、大丈夫なわけないでしょう!?!?」


 俺は俺の身体をかばうように後退る。

 なにやら不穏な展開になってきた。


「逃げないでください。これは、あなたが娘を任せられるに足るマッチョマンかどうかを判断するために、必要なことなのです。思い切りよくガバッといきなさい」

「ぬ、ぬぅ……」


 雪を任せられるのかという言い方をされると、やってみせなきゃという気になってしまう。

 しかし、上半身だけとはいえ、お母様方の前で裸を披露するなどどうかしてる!!


「ほれほれ、お姉さん達に見せてみなさい」

「さあ、さあさあさあさあ」


 二人が妖しい表情で迫ってくる。

 ま、まずい。こんなところを誰かに見られたら……


「だめええええええええええ!!!!」


 その時、雪が勢いよくリビングに駆け込んできた。


「お母様も、瑞希さんも何してるんですか!!」


 そして雪は、まるで自分のだと言わんばかりに、二人からかばうように俺を抱き寄せた。その行動に思わずドキドキする。


「陽は私のです。変なことしないでください」

「あら~。とても仲良し~」


 瑞希さんが微笑ましいものを見るような視線を寄越す。どういう訳か幸せそうな表情だ。

 息子の婚約が危ういという状況なはずだが、どうやらその点については、特に気にはしていないようだ。


「雪、私達はそこの子があなたにふさわしいか見定めていただけです」

「お母様の好みに合うようなマッチョマンなんて、そうそういません。それに陽の身体は、意外と鍛えてて筋肉もしっかりとついてるんです!!」


 一瞬の沈黙が訪れた。


「あら~」

「ほう」


 ちょっと雪、その言い方はまずいのでは。


「え、あ……」


 雪も言い終わってから言い方がまずかったことに気付いたようだ。


「雪ちゃん、思ってたより大人なのね……」

「雪、今のはどういうことかしっかりと聞かせていただきましょう。どうして、あなたが彼の筋肉事情を知っているのでしょうか? 一体、彼とはどこまで行っているのですか」

「そ、それは……」


 雪の言葉を切っ掛けに、二人の表情が一変する。

 いや実際、俺たちはやましいことはしてないのだが、ああいった言い方をしてしまえば、二人が勘ぐってしまうのも仕方が無い。


「お、お母様、誤解です。今のは言い方の問題で、何かやましいことがあったわけでは……」


 雪が顔を真っ赤にさせながら、しどろもどろになる。


「では、あのクリスマスイブの日に何があったか、話してください。もし、そこの少年が欲望に任せてあなたに手を出すような人物であれば、看過できません」

「そんなことしないもん!! 陽は、私の嫌がることは無理矢理しないもん!!」

「へぇ……じゃあ雪ちゃんは嫌がらなかったって事かなー?」

「あなたは黙っていなさい、瑞希」

「はい」


 そんなわけで、急遽二人による取り調べが始まった。


*


「なるほど。確かにあの日、停電が起きていたとは聞いています」

「雪ちゃん、昔から暗いところ苦手だもんねー。って、あのバカ息子のせいなんだけど」


 草加くんのお母さん、草加くんに結構厳しいな。


「そして、停電に怯えていた雪を、羽生くんがなだめていたと。確かに、雪の暗所恐怖症はかなり重度ですし、そのようなことがあっても、おかしくはありませんね」

「あとはご飯食べたり、一緒にゲームをしたり……か。まあ、学生同士の付き合いなら、常識的な範囲だと思うけどな。というかなんで、据え置きゲーム機が二つもあるの?」

「私と惣厳でやりたいゲームが違った時用です」

「変なところにお金掛けてるのね……」


 リビングにテレビとゲーム機が二つある理由はそれかー。

 惣厳さんもロボットアニメが好きだったりしたし、雪もオタクだし、一家揃ってそういう感じなのかもしれない。


「……ですが、親の目を盗んでお泊まりというのは感心しません。次からはきちんと申告をするように。良いですね」

「う、うん」


 申告すれば良いんだ。

 なんだか、俺が想像している以上に、俺たちの関係は受け入れられている気がする。

 とはいえ、草加くんはかなり頭に来てるようだし、そのお父さんもかなり気難しそうな人なので、まだまだ気は抜けないのだが。


「失礼する」


 噂をすれば草加くんのお父さん、誠一さんがリビングに入ってきた。

 メガネの下の表情は、全く窺い知ることが出来ない。


「さて、早速だが、羽生くんに確認したいことがある」


 誠一さんが、メガネをクイッと持ち上げた。その挙動は極めて冷静で、どこか険しい表情をしているようにも見える。

 その様子に、俺は背筋が凍るような思いがする。


 って、あれ……?


 その時、俺は誠一さんがもう片方の手に何かを握っているのに気付いた。


 あれはもしかして……フィギュア?


 よく見ると人の姿を象っているように見える。

 俺は、一体何を握っているのか気になって、注意深くそれを眺める。


「え…………?」


 そして、その手の中の物がなんなのかを認識して、俺は驚きが隠せない。


 いやいやいや、待てよ。

 あれ、プリティアの美少女フィギュアじゃねーか!!

 なんで誠一さん、そんなもの持ってるんだ。


 俺の疑問もよそに、誠一さんは話を進める。


「羽生くん、君が学校でうちの息子とトラブルを起こし、その次の日から嫌がらせを受けるようになったというのは本当か?」


 いやいや、そんなことよりあなたが握りこんでるフィギュアの方が気になりましてよ。


「え、えっと……い、嫌がらせ的なのは、ありましたけど、そんなに気にしてないですよ」


 だって誠一さんがプリティアのフィギュア持ってる方が気になりすぎるから!!

 確か地元の有力な議員って話だった。それに違わず、見た目はきちっとしていて、その佇まいもクールな人だ。

 なのに、その左手の物だけがおかしい!! なんでそんなの持ってるのか!!!!


「そうか。やはりそうだったか」


 誠一さんは歯を食いしばるような表情で、強く拳を、いや美少女フィギュアを握りしめた。


 すると、全く状況が飲み込めない俺をよそに、誠一さんがメガネを外してどこかへ放った。

 そして初めて、彼のメガネの下に隠れていた目つきが露わになった。


「か、かわ……」


 思わず可愛いと口走りそうになった。


 そう、メガネの下から、とてもプリティーな瞳が顔を覗かせたのだ。

 先ほどまでは、鋭い眼光がキラリと光るクールな素顔を想像していた。

 そして、メガネを放るその所作はめちゃくちゃかっこいいなと思った。


 しかし、誠一さんの素顔はびっくりするほど童顔であった。


「大丈夫だ。誠一、俺にはティアレッドが付いてる……勇気を振り絞るんだ」


 今度はなにやらブツブツとフィギュアに語りかけ始めた。

 一体、この人はなんなんだ……???


 状況が全くわからず混乱していると、誠一さんはプリティアのフィギュアを胸ポケットにしまい込んだ。そして……


「本当に申し訳なかったぁああああああああああ!!!!!!!!!!」


 大きな絶叫あげると、突然土下座をし始めたのであった。

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