第24話 メリークリスマス

 ひとまず落ち着きを取り戻した俺たちは、ゲームの続きを再開していた。

 相変わらず、定位置は俺の膝の上だ。


「ということで、私達の新居が完成に近付いてきましたね」

「まだそのネタ擦るんだな」

「だって、なんか嬉しいじゃないですか。ゲームの中とはいえ同棲してるみたいで」

「大げさだな」

「素っ気なくないですか……?」


 俺の返答が気に入らんかったのか、雪が少しむくれたような表情でこっちを振り返ってきた。


「陽は嬉しくないんですか?」

「それは……」


 嬉しいかそうじゃないかと言われれば嬉しい。

 雪とこうして二人きりで同じゲームをしているというだけで幸せだ。

 だけど、それをあからさまに喜ぶのは何だか恥ずかしいなという気分だ。


「陽は私とは付き合えないと思ってたってい言ってましたけど、私だって陽と付き合えるなんて思ってなかったんです。あの人がいたから」

「草加くんのこと?」


 ご両親が乗り気で、両家共にすっかりその気になっているとかそういう話だったはずだ。


「でも、人並みには恋愛には憧れてて、やりたいこともたくさんあったんです。こうして二人で楽しくゲームするのだってその一つで……」

「ふーん。じゃあ、全部やろう」

「なのに、陽とは妙に温度差が……って、え?」


 雪がきょとんとした表情を浮かべた。


「雪のやりたいこと全部やろう。だって、もう俺たちは付き合ってるんだから」

「い、いいの?」

「当たり前だろ。だって俺だって、本当はこうして雪とゲームしてるのめちゃくちゃ楽しい。二人で探索して素材集めて家を作るのだって、本当は凄いワクワクする。だから、なんだってやろう。雪がやりたいこと全部出来るまで俺は付き合うから」

「陽!!」


 雪が俺の首に腕を絡ませて抱きついてきた。


「言質とりましたからね。私が満足するまで、なんだって付き合ってもらうからね」

「ああ。任せろ」


 俺はそっと彼女の頭をぽんぽんと撫でる。


「そ、それで……陽は何かやりたいことないの?」

「俺? 急には思いつかないけど」


 いざそう言われると、なにも出てこない。

 俺は答えに困って唸る。


「ねぇ、嗅がなくて……良いの?」

「…………え゛?」


 また、雪はとんでもないことを言い出す。


「だって、さっき言ってたでしょ? 私のこと嗅いでもいいかって」


 そういえば確かに、そんなことを言いはしたが。


「あれは雪をからかおうとしてだな……」

「じゃあ、本当はしたくないってこと?」

「それは……」


 それは極論だ。したくないわけがない。

 しかし、テンションが上がって勢いのまま言い放ったさっきと違って、今はいくらか冷静で、それを言い出すのはためらわれる。


「……私のやりたいことに付き合ってくれるんですから、陽も、や、やりたいことをして良いんですよ」


 そう言って、雪は表情を真っ赤にさせながら、背を向けた。


 い、良いのか……?

 良いんだよな? 本当にして良いんだな?


 身を縮こまらせて、背後を預ける雪の姿はとても魅力で、抗いがたい魅力に溢れている。

 俺は彼女の覚悟に応えて、そっと彼女に近付いていく。


「んっ……」


 ほとんど彼女のうなじに触れるか触れないかの距離に迫った時、雪が身を震わせた。

 これは……嫌がってるのだろうか?


「続けて、良いよ……ちょっと恥ずかしいだけだから」


 雪は羞恥に身を震わせながら、俺にそのうなじを委ねている。

 そう思うと、たまらなく彼女が愛おしい。俺も心臓がバクバクするのを感じながら、彼女の香りを堪能する。


 どうしてこうなったのか意味が分からないが、クラクラするほどに甘ったるい彼女の香りと、俺の行動を彼女が抵抗もせずに受け入れてくれる事実に、頭がおかしくなってくる。


「ん……や、やっぱり恥ずかしいよ…」

「お、俺だって……」

「どうしてこんなことに」

「分からない。分からないけど、めちゃくちゃドキドキする」

「私だって息が止まりそう」


 それから俺はしばらく彼女の香りを堪能する。


*


「は、恥ずかしかった……やっぱり陽、変態だね」

「次からは自重します……」


 雪は俺に気を許しすぎる。

 まだ付き合いたてなのに、あんなことまで許してくれるなんて、この調子じゃまた俺は暴走してしまうかもしれない。


「さて、それじゃそろそろ時間だし寝ようか」


 そういえばいつの間にか深夜の二時ぐらいになっていた。

 夜型の俺はまだ起きてる時間だが、確かに学生が起きているには遅すぎる時間だ。


「ちなみに俺はどこで寝れば……」

「そうですね。一緒に……寝ます?」


 もじもじしながら雪が言った。


「いいい一緒?? いやいや、それは流石に早すぎるって」


 いくらなんでもそれはもっと段階を踏むべきと言うか……


「さっきは私の全身くまなく嗅いだのに?」

「そ、そこまではしてないだろ!!」


 さすがにそれは風評被害ですよ、雪さん!!


「ふふ……まあ、冗談ですけどね。私もまだ覚悟は出来てませんし」

「ですよねー」


 少しほっとした自分がいる。


「それじゃ名残惜しいですけど陽は、兄のベッドで……」


 その瞬間、周囲の電気がプツンと消えた。


「ひ、あ、な、なんで……なんで、急に消えたの!?」


 暗闇が苦手な雪が俺の身体にしがみつく。


「さっきも停電したし、もしかしたら完全に復旧してないのかもしれないな」

「そ、そんな……私、夜も灯りがないと寝られないのに……」


 さっきまでの震えとはまた違った、恐怖による震えがダイレクトに伝わってくる。

 本当に、暗闇が苦手なんだなあ。

 俺はそんな彼女を落ち着かせようと背中をさする。


「……陽」


 雪がぼそりと呟いた。


「一緒に寝てくれない……?」


*


 本当に今日は凄い日になった。


「ねえ陽、そこにいる?」

「いるよ。なんならずっとこう抱きしめてるだろ」


 少し大きめの雪のベッドで、俺たちは抱き合いながら横になっていた。


「身代わりの術とか使ってない?」

「使ってないって」

「本当? ぜったい放しちゃダメだからね。途中でトイレ行ったり水飲みに行ったりとかもダメだからね」

「縛りきついな」


 まあ行くも何も雪は、がっちりと俺を掴んで放さないんだけど。

 かわいいなあ。不謹慎だけど、停電に怯えて俺にしがみつく雪がかわいくてしょうがない。


「心配しなくても。朝までこうしてるから安心してくれ」

「……うん」


 俺の胸に額をこするようにして雪がうなずく。


「落ち着くまでなんか話をしよう」


 気を紛らわせるために、俺たちは色々な話をする。

 話題は専ら、これからのVTuber活動のことだ。


「やっぱり最初にやるゲームは壺が良いのかな?」

「VTuberの通過儀礼か。いや、最近はそんな風潮あまりない気がするけど」


 今、猫西ゆずはこれ以上ないほどに注目を浴びている。

 なので最初のゲーム選びは非常に重要なのだが、こんなバズり方をする個人勢なんて珍しいので、正解が分からない。


「まあ、じっくり考えよう。俺も活動が軌道になるまで力になるから」

「ありがとう、陽」


 それからしばらく沈黙が訪れる。

 そろそろ話題も尽きたし、良い感じに眠気もやってきた。


「ねえ……」


 すると、その沈黙を破るように雪が口を開いた。


「陽って、VTuberやってるの……?」

「………………え?」


 突然、雪がとんでもないことを口にした。


「だって、さっきあの人のおかげでVTuberになったって言ってたよね」

「いやいや、そんなこと……」


 俺は記憶の糸をたぐっていく。


 ――あいつのおかげで姫宮さんと知り合えたし、VTuberにだってなれたし……って、あれ? ということは、草加くんはいつだって俺のオタク人生を豊かにしてくれる救世主ってことか……?


「あ………………」


 言ってる!! 言ってるじゃん!! なんで?? なんで口滑らしてんの?? 内緒じゃん内緒だったじゃん!!


 しばらく前の俺の不注意に、猛烈に怒りが湧いてくる。


「えっとですね……そのですね……それはなんというか言い間違いというかなんというか?」

「まあ陽はVTuber大好きだし、機材とかも詳しかったし、実は個人でやってた言っても驚きませんよ」


 本当に個人でやってんだよなあ。


「うーん、もしかしてアル様の正体が陽だったりして」


 うっすらと、彼女が悪戯っぽく笑ったのが見えた。


 大当たりぃいいいいいいいいい!!!!

 いや、まじでどうしよう。これバレた? バレたのか? え、どうする? こんなあっさりと身バレするなんて、油断しすぎてね?


 雪と密着しているドキドキと身バレした緊張で、俺の心臓が爆音を発しながら振動し始める。


「ゆ、雪、これはその……」


 俺はなんとか誤魔化そうとする。

 しかし、思わぬやらかしに俺は頭の中が真っ白になる。

 こんなに動揺しているともう答え合わせをしているようなものだ。


「なーんてね」


 混乱して動揺している俺とは対照的に、雪がクスクスと笑った。


「まさか、私の推しのアル様の中身が、私の大好きな陽だなんてそんな偶然ないですよね?」

「あ、ああ……そ、そりゃそうよ」

「私はアル様の中の人が陽の方が嬉しかったけどね」


 そういうものだろうか。

 俺はお世辞にもイケメンとは言えない陰キャの部類だ。

 アルとは対照的な存在なので、普通は中の人を知れば失望するものだと思ったのだが。

 いずれにせよ、彼女に正体がバレていないようで良かった。バレてないよな……?


「さて、色々と話してたらなんだか落ち着いてきました。そろそろ寝ましょう?」

「ああ。それじゃ、俺は他の部屋に……」

「だめです」


 雪が俺のパジャマの裾を掴んだ。


「まだいてください……陽がいなくなったら、また寝れなくなります」

「……分かった。そういうことなら」


 俺たちは二人で固まりながら、やがてゆっくりと眠りに落ちていくのであった。



 そして、その翌日――



「いやあ、随分とよく寝たな」


 すっかりと日が昇った頃、俺は心地好い目覚めを迎える。


「よぉ……メリークリスマス。随分と幸せそうだなあ、オタクくん」

「へ……」


 すると、どこかで聞いたような男の声と共に、途轍もない悪寒が奔った。


「なあ、これはどういうことなんだよ。なんでテメエが俺の婚約者と寝てやがる」


 目の前にいたのは、雪の婚約者である草加悠であった。


「陽、朝からどうしたの………………え?」


 続けて雪が目を覚ました。

 ベッドで添い寝する俺たちと、凄まじい怒りの形相を浮かべる草加くん。

 幸せな一夜から一転、クリスマスの日にすさまじい修羅場がやってきていた。

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