第23話 恋人らしいこと
「こほん。というわけで折角のクリスマスイブ、恋人らしく過ごしてみませんか?」
部屋のリビングで俺たちは互いに正座しながら向かい合っていた。
といっても姫宮さんは目を合わせてくれないし、心なしか顔を赤くさせているようだった。
ちなみにさっきは、彼女の身体が目に入る前に思い切りお湯を浴びせられたので、とても幸せな光景を垣間見て、思い切り殴られるなんていうイベントはなかったぜ。
ということで、彼女の後に風呂に入れてもらい(彼女が入った後の湯船と言うことでまったく落ち着かなかった)、改めてリビングに集合したのだ。
「恋人らしい#とは」
「ハッシュタグを付けないでください」
イントネーションであっさりと見抜かれてしまった。
やっぱり、この人根っからのインターネッツのオタクだ。
「私が思うに、恋人というのは楽しいことを共有するものだと思うのです」
「ほうほう」
デ○ルマン的な腕組みポーズで俺は真剣に聞き入る。
なにせ俺は異性との付き合い方が分からない。ここは姫宮さんの話を聞いておくに限る。
「具体的に言うと、一緒にゲームでもしましょう」
「さっきもやってたけどね」
二人のうさぎ男を操作してニンジンを運ぶ例のシュールなやつ。
「違います!! ちーがーいーまーすー!! あれは別々にPC起動してやってたので、ほとんどリモートみたいなものでしょ」
そういうものなのだろうか。
「その点、据え置きゲームはもっと近くで遊べるでしょう?」
「ま、まあ」
確かに漫画とかでそういうシチュエーションは見たことはある。
しかし、それをいざやるとなるとやや緊張する。
*
ということで俺たちはソファに腰掛けながら、据え置きゲームを起動していた。
信じられないことにリビングには二つのモニターとゲームが用意されていた。
「って……いや、この体勢は」
問題は俺と彼女の位置だ。
そう、俺の膝の上にちょこんと座っているのだ。
「な、なにか問題でも……?」
大ありだ。
彼女は分からないかもしれないが男には大問題がある。
学園一の美少女と名高い彼女が、風呂上がりのシャンプーの香りを漂わせながら、俺に密着しているのだ。
理性を抑えなければ盛り上がってしまう。ナニがとは言わないが。
「問題はない。これは俺の戦いだ」
しかし、鋼の精神で俺は平静を装う。
これが姫宮さんのやりたいことなら、俺は全力で応えるだけだ。
「じゃ、早速やりましょうか」
ということで彼女が用意したのは、恐竜が跋扈する謎の島でサバイバルするゲームだ。
「恋人同士でやるゲームって感じしないな」
肉食恐竜や毒を持つ危険生物などに襲われないように文明を成長させる緊張感のあるゲームなので、あまり甘い雰囲気は感じられない。
「でも、二人でやるには絶好のゲームでしょう?」
「まあ、一人でやるよりは絶対楽しいな」
なにせこのゲーム、一人でやるとひたすら素材を集めて、自慢する相手もいないのに黙々と家を建てて、強力な恐竜を捕まえるだけの自己満足ゲームになってしまう。
気付いたら一緒にプレイしてる人の文明が成長しているのを見てモチベを上げたり、厳しい環境を耐え抜くために協力して拠点を建てていくというのが楽しいのだ。
ということで、ほぼ全裸の男女が島に降り立った。
「でも、最初は何やればいいのかな?」
「そりゃ素材採取だな。序盤はとにかく鉄を安定して運用できるように、安全な拠点と採取地と移動手段を確保しないと」
周囲には一見何も無さそうだが、そこらじゅうから木材や石、藁などが採集できる。
そうした素材で建築や道具作りが出来る。
「拠点の確保……」
姫宮さんが考え込むような仕草を見せた。
「水源や資源に近いとか、危険生物が居ないとか、そういう所に作るのが基本だな」
「なるほど……私たちの新居みたいですね」
「っ……」
そう言って、姫宮さんは背中を預けるように体重を掛けてきた。
その行動に、俺はドギマギしてしまう。やっぱりこの体勢は心臓に悪い。
ダイレクトに彼女のぬくもりが伝わってくるだけじゃない。彼女の心の動きまでがもぞもぞと伝わってきて脳が麻痺してしまう。
「ほらほら、手が止まってますよ。きびきびと素材を集めてください」
「はいはい」
まったく。散々こっちを惑わしておいていい気なものだ。
というか、姫宮さんはこの体勢、なんとも思ってないのだろうか?
仮にも異性と密着してるのだ。彼女だって意識してくれないと、俺だけ悶々として馬鹿みたいだ。
「姫宮さんって……」
俺だけやられっぱなしというのも癪だし、すこしやり返してやる。
「良い香りするよな」
そう言って俺は姫宮さんを強く抱き寄せてみる。
「ひあっ……な、なにを……」
「本当にサラサラで綺麗だ。嗅いでもいい?」
彼女の柔らかな感触と香りに当てられて、つい口走ってしまう。
「な、なななな、へ、変態!? 変態だー!?」
姫宮さんが困惑し始める。
「でも姫宮さん抵抗しないし」
そう。彼女は押し退けるどころか無抵抗でされるがままだ。
多分、このまま押し切れば……嗅げる。
「い、良いけど……一つ条件がある……」
良いの?? 良いんだ????
元々からかうだけのつもりで、当然拒否されるものだと思ってたけど、良いの……??????
「え、その、条件って……?」
「…………名前で……呼んで欲しい。折角付き合うことになったんだし、姫宮さんだと、その、ちょっとよそよそしい感じがする」
確かに。俺と姫宮さんの関係性は大きく変わった。
それなら呼び方も変えた方が恋人らしいけど……
「えっと……ゆ、雪さん……?」
「もう一押し」
「雪ちゃん」
「遠ざかってます」
「…………雪」
意を決して彼女を呼び捨てにしてみた。
「……はい、陽(はる)」
もぞもぞと姫宮さんが振り向いて言った。
は、陽(はる)……?
彼女から発せられた不意打ちの言葉に、胸がトクンと高鳴る心地。
「だ、ダメですか? 雪と陽、二音でお揃いになるかなって思って」
「……全然、ダメじゃない。むしろ、めちゃくちゃドキドキする。陽なんて家族にも呼ばれたことないし」
「ほ、本当ですか?」
学校のみんなは俺のことをオタクくんとしか呼ばないし、怜奈は兄さん呼びだ。
母さんははるくんと呼ぶけど、こうして陽(はる)とだけ呼び捨てにされるのは、新鮮すぎる。
「そ、それじゃ、そういうことで。よろしくお願いします」
目を伏せ、肩をすくめながら雪が言った。
よく見ると、顔をめちゃくちゃ真っ赤にさせている。
もしかして……表情を見せなかったから気付いてないだけで、彼女もこのシチュエーションにずっとドギマギしていたのだろうか?
「……かわいい」
「え……?」
照れっぱなしの彼女がどうしようもなく愛おしく思えてきた。
俺はそんな彼女をもう一度強く抱きしめる。
「は、陽!? きゅ、きゅきゅきゅ、急にどうしたんですか!?」
「俺の彼女がかわいすぎるもんで。普段は童貞だとかオタクくんだとか煽ってるけど、やっぱり雪も照れっぱなしだったんだなって思ったら、自分が抑えられなかった」
「だって……好きな人にこうされてドキドキしないわけないでしょう……」
〜〜〜〜〜〜っ。
「そんな、はっきり言われるとめちゃくちゃ恥ずかしいんだが」
ちょっと彼女と顔が合わせられなくて俺は目を逸らしてしまう。
「わ、私だって恥ずかしいんです!! だいたい、陽だってずっと私がからかっても気のない素振りばかりしてたのに、急に可愛いとか言うのずるすぎです!!」
「仕方ないだろ。こんな可愛い子と付き合えるなんて夢にも思ってなかったんだから、モテない男子が本心を隠すのは当たり前だろ!!」
「そんなんだからモテないんですよ!!」
「雪が好きだって言ってくれたからモテなくても結構でーす」
いつの間にか俺たちは訳の分からない煽り合いを始めてしまった。
「〜〜〜〜〜〜〜っ、またすぐそういうことを――」
フシャーーッッ!!
「ん?」
「え?」
突然、蛇の鳴き声が響き渡ってきた。
『フシャッ!!』
『うぉおおおおおおおお!!!! あはぁん!!!!』
「あっ……」
すっかりゲームのことを忘れて放置していた……気付いた頃には、プレイヤーが蛇に食い殺されるシーンだった。
「と、とりあえずゲームを進めるか」
「そ、そうですね……」
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