第20話 きっかけ
屋上で見掛けたのは冴えない男の子は、ニヤニヤしながらスマホを覗き込んでいた。
『こんるな~。今日もみなさん元気に生きてて偉いですね~。今日は生きてて偉くないチーターしばき倒しにいきますよ~』
その声には聞き覚えがあった。どうやらVTuber夢見ハルナの配信を見てるみたいだ。
きっと、彼もクラスに居場所がなくてここにやってきたクチなのだろう。なんとなくそう思った。
「そんなの観て恥ずかしくないんですか?」
そして私は、開口一番に辛辣な言葉を口にしてしまった。本当に失礼の極みだ。
今思い返しても自分の性格の悪さに呆れてしまう。
その日の私はどうかしていた。婚約者に自分の趣味を否定されてやさぐれていたのだ。
「ひ、姫宮さん……なんでここに……」
彼は私がいることに酷く驚いていた。
あ、思い出した。
教室の隅でいつもうずくまっている人だ。
名前は……申し訳ないけど覚えてない。
「たまたま今日は屋上で昼を食べることにしただけです。それよりもどうしてそんなの観てるんですか?」
「どうしてって、楽しいから観てるんだけど」
「でも、恥ずかしくないのですか? VTuberなんてオタク趣味の中でも、ニッチでしょう」
「それはそうだけど……って、なんだか詳しくない?」
「そ、そんなことありません。たまたまです」
そんな聞き方をすれば、私自身がオタクだと言っているようなものか。うっかりしていた……
「まあ、なんでも良いけど、恥ずかしいか恥ずかしくないかなんて質問意味あるのかな?」
「どういうことですか?」
「いやだって、オタク趣味を馬鹿にする人もいるけど、それでやめたりしないでしょ?」
「そんなことありません」
少なくとも私はあの部屋に飾っていたグッズをしまってしまった。
あの人に見られるのが嫌で、まるで自分の心の中を荒らされたような気がして……
この人がこんな風に言い切れるのは、そんな経験をしたことがないからだ。
「世の中には容赦なく他人の趣味を否定する人もいるんです。そんな人の言葉の暴力に曝されたら気力もごっそり削られますよ」
「ああ……そういう人いるよね。俺も教室で配信を見てたら、草加くんにキモいから出てけって言われたよ」
「あの人、そんなことを……」
本当にどうしようもない人だ。
私にだけでなく、まったく関係ないこの人にまでそんなことを言ってたなんて。
「それは……すみません」
「どうして、君が謝るんだ?」
確かになんで謝ってるんだろうって感じだ。
「えっと……それで、あなたはここに逃げてきたんですね」
「まあ、そうなるかな」
やっぱりそうだ。
恥ずかしい趣味というのは、それだけで周りに気を遣って隠さなきゃいけないのだ。
「でも、周りに邪魔されるのも煩わしいから、教室を出て良かったよ。草加くんには感謝だね」
「え……?」
そのポジティブすぎる言葉に私は驚きを隠せない。
私はあんなに不快になったのに、彼はそうなるどころか感謝しているのだ。
「前向きすぎません? 普通、気分が悪くなると思いますけど」
実際、私はモヤモヤしっぱなしだ。
自分の好きを否定されたことで、ここまで嫌な気分になるなんて思いも寄らなかった。
「そんなことないよ。彼がどう思ってるかなんて俺にはどうでもいいことだからね」
「どうでも……?」
「確かにとやかく言う人はいるかもしれないけど、そういう人達は別に俺のために何かしてくれるわけじゃないからね。それなら、そういう『どうでもいい』人達の評価なんて気にするよりも、俺はこうして誰にも邪魔されないように趣味に没頭できる場所を探すだけだよ」
「なるほど……『どうでもいい』って良い言葉ですね」
なるほど、確かにこの世界には気にしててもどうしようもないことが多い。
悠さんのことだって、あの人を変えようなんてどだい無理な話なので、気にしても仕方がないことなのかもしれない。
『どうでもいい』『どうでもいい』……うん。確かに良い言葉だ。次にあの人に気に食わないことを言われたら、どうでもいいなでやり過ごしてみよう。
この前の事への怒りはなかなか収まらないけど、あの人とは所詮、親同士の繋がり程度の関係性でしかない。まさにどうでもいい人だ。
「ふふ。私もこれからは、窮屈な生き方はやめて、あなたのように能天気に生きることにします」
「能天気って……失礼だな」
「『どうでもいい』人のことは気にしないんじゃないんですか?」
「いや、姫宮さんはどうでもよくないから……」
「え……?」
ドキリとした。
そんな風に言われると、変に勘ぐってしまう。
どうでもよくない人間にカウントされて、なんだか嬉しく感じてしまっている。
「な、なんで……?」
おかしい。彼とはほとんど接点なんてない。名前だって覚えてないし、興味もなかった。
それなりに整った容姿はしていると思うが、それでも死んだ魚のような目からは覇気が感じられない。
なのに……どういう訳か、私は彼の言葉にうれしさを覚えてしまったのだ。
わずかな時間だったけど、私は彼との会話に居心地の良さを感じていた。
「……あの、これからは、私も屋上で一緒に昼を食べても良いでしょうか?」
あの人の側にいてもどうせつまらないのだし、私も好きにするとしよう。
少なくともあの教室で、どうでもいい人達に囲まれながら話を合わせるよりずっと気が楽だ。
「嫌だけど」
「なんで!?」
折角、勇気を出して口にしたのに、私の提案はあっさりと拒絶されてしまった。
「いや、だって、昼は静かに配信見たいし」
「~~~~~~~~~~~~っ」
こんな人に、心を揺り動かされたなんて思うと、猛烈に恥ずかしくなってきた。
「ああ、そうですか。ですが、そんなこと知りません。別にあなたの許可なんて要りませんもん。私は勝手にここで食事を摂ることにします」
「ええ……いや、まあ確かに俺に拒否権はないけど」
「もちろん、私は離れて食べるのでお構いなく!! あーあ、残念でしたね!! こんな美少女と一緒にお昼を食べられる機会なんて今後一生ないですよ」
「う……そう言われると確かに……俺には女子との縁なんてないしな……」
その一言で、少しだけ目の前の男の子が口惜しさを垣間見せた。
その様子を見て、私は少しだけ心の中が満たされるような気がした……って、な、なにを考えているのかしら!!
「とにかく、明日からは私も来ますから、覚悟してくださいね」
何だかこれ以上ここにいると、私が私でなくなってしまう気がする。
ここは、戦略的に撤退して、また明日来るとしよう。
「あれ……どうして私はここで食べることにこだわって……」
まあいい。細かいことは気にしないでおこう。
そして、私は屋上を後にする。
これが彼と私の出会いだ。
その日から私は、昼休みに屋上に行き、彼から少し離れた場所で食事を摂るようになった。
恋人でもなんでもない、微妙な距離感、でも彼と些細でくだらない会話をする日々は、確かに楽しかった。とても居心地が良かった。
だから私が、彼のことを好きになったのだって、自然なことだった。
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