第21話 停電
「ブクブクブク……」
過去のあれこれを思い出しながら、私は湯船にあぶくを作った。
ここしばらく、本当に色々あった。
「羽生くん、私が屋上で一人になってから、どれだけ寂しい思いをしてたか知らないんだろうなあ」
私にとってあの時間はとてもかけがえのないものだったのだ。それなのに羽生くんは……
「って、羽生くんのせいじゃないか」
切っ掛けは悠さんのつまらない癇癪だ。ジュースをこぼされたからって、あんな……あんな……
直接、指示を出したわけじゃない。でも、彼は止めなかった。
そのまま、彼の取り巻きが嫌がらせを続けても別に良いだろうと静観していた。
「やっぱり、あの人は許せない。あんなのと結婚なんてまっぴらだよ……」
親はノリノリだけど、それは彼の本性を知らないからだ。
彼の外面を取り繕うスキルは超一流だ。
おかげで、両親は彼が学校でどんなことをしたのか知らず、彼が好青年だと信じ込んでいる。
「よし、婚約は破棄しよう。本決まりじゃないし、ちゃんと話せばパパ達も分かってくれるはず」
私の意志を無視してまで婚約を押し通すような人達じゃない。
これまでは切り出すのをためらっていたが、今は何も怖くない。だって……
「ふふ。だって、さっき……」
――君が他の男と、まして草加くんとなんて嫌で嫌でしょうがないんだが。
確かに、羽生くんはそう言った。
きっと、私の想いが通じて、彼も私を受け入れてくれたんだ。
「ふ、ふひ。うぷぷぷぷぷぷ」
おっと、うれしさのあまりに気持ち悪いオタクの笑い声を出してしまった。
「私は完全無欠の美少女なんだから、もっとお上品に笑わないと」
さて、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
さっきは私も舞い上がってあんなことをしてしまったわけだけど。
――どうします? こんな絶世の美少女を見逃しちゃっていいんですか?
わ、我ながら、随分と恥ずかしいセリフを吐いたものだ。
そ、それにあんなに身体を密着させて……
「羽生くんの胸板硬かったなあ……」
一見、細いながらも、しっかりとした肉付きで、彼もしっかり男の子なんだと分からされた。
「不登校ではあったけど、運動自体はちゃんとしてたのかな。なんだか、とても男らしかった……」
しっかりと鍛えられた腕に抱き寄せられた時の感触を思い出す。
改めて思い起こすと、彼の方が背が高かったし、とても頼りがいがあった。
「ど、どうしよう……このあと、どんな顔すれば良いか分からないよ……」
想いが通じたとはいえ、これからどう接すれば良いのだろう。
異性と付き合った事なんて一度もないし、悠さんはそんなんじゃないし。
「えっと、ゲームを一緒にしたりアニメを一緒に見たりとかかな……?」
一人で趣味を楽しむという経験しかなかったけど、改めて趣味を同じくする大切な人と楽しめるんだと思うと心が躍る。
「好き合ってるんだから、甘えたりしても別にいいよね? 羽生くんも好きって……」
あれ? そういえば、はっきりと彼に好きとは言われてないような。
「いやでも、あんなことしたんだし、羽生くんだって……」
――陰キャ、キメエんだよ。二度と学校来んな!!
何故か、あの人の激昂する姿が脳裏に浮かんだ。
「……そうだ。私はあの人を止められなかった」
私は悠さんの婚約者だった。
つまり、彼を止めることが出来る数少ない人間だった。
なのに、私はどうすればいいか分からなかった。いじめを止めるように言ったが「俺は何も言っていない。関係がない」と言われて、どうしようもなかった。
「はは……こんな私のこと好きになってくれるなんて、都合良く考えすぎだよね……」
前に謝った時、羽生くんは何も気にしてないと言ってくれた。
だから、私の考えすぎなんだと思うけど、でもなんだか無性に不安になってきたのだ。
さっきのは何かの勘違いだったのかも……
妹さんがいるから、妹感覚で私に接しただけなのかも……
そんな考えが次々と頭をよぎった。
「あ、改めて、気持ちを伝えよう……」
私もよく考えたら、はっきりと好きと言っていない。
つまり、うやむやのままなのだ。そうと決まったらお風呂から出よう。
そう思い、立ち上がったその瞬間……
ゴォン。
電子機器の停止音と共に、周囲の電気が一斉に消え去った。
「え、あ……」
それは完全な暗闇だ。
同時に、私の心臓が早鐘を打ち始める。
「きゃあああああああああああああああああ!!!!!!」
一瞬で胸の内が恐怖で染まると、私は大きな叫び声を上げた。
*
「お、トワイライトファンタジーのクリスマス配布、めっちゃ豪華じゃん」
一方の俺は暇を持て余してソシャゲをプレイしていた。
クリスマス放送はとっくに終わり、プレゼントボックスに豪華な配布が届けられていたのだ。
「次のギルドイベに向けて、何本か武器を鍛えておくかー」
そうして、これからの育成計画を練っていると……
「きゃあああああああああああああああああ!!!!!!」
停電と共に、姫宮さんの叫び声が響き渡った。
「な、なんだ? 停電か!?」
電気の使いすぎだろうか。俺はとっさに窓から外を眺める。
「だめだ。他の家の電気も消えてる」
つまり、ブレーカーが落ちたわけではなく、地域的な障害が発生したということだ。
「停電か……最初にPCを破壊するつまらん現象だ」
進捗を破壊したり、OSに異常をもたらしたりと、オタクにとってはトラウマものの現象だ。
「だけど、姫宮さんの叫び方、尋常じゃなかったな」
オタクのトラウマと言うには、真に迫りすぎている。
さすがに中を覗くわけにはいかないが、声かけはしないと。
俺はスマホのライトを点灯して、風呂場へと急ぐ。
「確か、これはこっちの方だったような」
ただでさえ広い家だ。
俺は迷わないように姫宮さんの叫び声を反芻して、方向を探る。
「た、たす……だ、誰か助けて!!」
そうして、なんとか風呂場にたどり着くと、俺は姫宮さんの怯えた声を耳にした。
「だ、大丈夫? 姫宮さん?」
「だ、誰!?」
「俺だよ俺。羽生だ」
「オ、オタクくぅん……何が起こってるの!?」
俺は扉越しに先ほどの状況を報告する。
「そ、そんな……いつまでこうなってるか分からないの?」
「まあ、そうなるな」
「怖い……怖いよ……」
姫宮さんは相当に怯えている。
どうやら、暗所恐怖症のようだ。
「とりあえず、ライト代わりにスマホを貸そうか? 防水バッチリだし、一度風呂から上がった方が……」
「む、無理……腰が抜けちゃって……」
参った。どうやらかなり暗闇が苦手なようだ。
「分かった。何か俺に出来ることはあるか?」
「……ある」
「なんだ?」
「………って……」
「え……?」
また、姫宮さんがとんでもない事を言い始めた。
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