第18話 答え

「さて、これはどういうことかね?」


 俺はつぶやいたーのトレンドを開いて姫宮さんに見せ付ける。



 日本のトレンド

 4.動物・トレンド

 バーチャル変態ロリコン狐娘



「わ、凄い。私、トレンド入りしてますね」

「わ、凄いじゃないんだよなあ。クリスマスから初デビューがこんなことになるなんて……」


 成功か失敗かで言えば、まあ大成功と言える。しかし、当初の予定だともっと物静かでおとなしいキャラで行く予定で、母上もそのつもりでデザインしたはずだ。


「やっぱりダメでしたか?」

「いや、ダメじゃない……ダメじゃないが……君はこれでいいのか?」


 こんな想定外のバズり方をしてという意味だ。


「全然、良いと思います!! 約束もしっかり守りましたし」


 俺と姫宮さんは事前にある約束をした。初配信ではアルフォンスの名前は出さないというものだ。

 アルと猫西ゆずは同じ絵師に産み出された、いわばVの世界で言う兄妹ともいうべき関係だが、やはりこの業界男女の関係性にはなにかと敏感なものだ。

 企業勢の中には、男VTuberとのコラボを一切禁止する厳しい箱(グループ)も存在する。

 そのため俺は、姫宮さんにアルの名前を出さないように念押しした。


「なので代わりに私の好きなものを存分に語りました」


 ってあれ……? それってつまり、俺がした約束のせいでこのモンスターが生まれたって事か?


「俺は一体なんてことを……」


 まさかこんなことになるとは思わなかった。

 姫宮雪という女のポテンシャルを見誤っていた。


「それよりもオタクくん、ゆずはどうでした? 推せますか?」

「え? ああ、それは……」


 正直に言ってしまうと、とても良かった。

 生の人が演じるからこそ、VTuberにはギャップが生まれやすい。

 イメージを忠実に守る創作のキャラクターとはそこがひと味違うところだ。

 だから、最初の清楚な雰囲気からヤバいやつに移り変わった時は、やりやがったなこいつと思った。


「まあ、そのなんだ。とても良かった。これからの配信が楽しみになるぐらいはな」

「本当ですか!! それじゃ早速アル様とコラボを!!」

「それは気が早すぎる。まずは配信を継続しないと」


 コラボから一気に注目を集めるVTuberも少なくはない。

 最近も、視聴者数一桁の個人勢が、大人気配信者とコラボして一躍有名になったことがあった。

 とはいえ猫西ゆずは、そのキャラクター性から一気に注目を集めた。

 なら、ここはソロ配信を続けて彼女の魅力をもっとアピールしていくべきだと思う。


「うぅ……けち」

「けちじゃない」

「じゃあ代わりにオタクくん、今日は泊まっていってください。そんなに言うなら、配信の練習とか企画とか色々手伝ってもらいます」


 また姫宮さんがとんでもないことを言いだした。


「いやいや、女の子の一人暮らしに泊まるって普通にダメだろう。何考えてるんだ」

「へぇ……オタクくんやっぱり、そういうの気にしちゃうんですか?」

「き、気になんてせんわ」


 まったく、俺は誇り高いオタクだ。三次元の女に現を抜かすわけには……


「でも、私は結構気にしてますけどね」

「は?」


 姫宮さんはそっと俺に近付いてくると、ぴとっと身体を押し付けてきた。


「な、ななななな!?」


 一体、何が起こってるんだ???

 いや、何をしてるんだ?


「今日はもうずっと緊張しっぱなしだったんですよ」

「そ、そりゃ、初配信だからな」

「違います。ずっとオタクくんと一緒だったからです」


 姫宮さんがそっと耳元で囁いてくる。

 なんだこれ……頭がおかしくなりそうだ。


 姫宮さんの家で、こんな風に身体を密着させて、これは夢か?

 そうだ、夢に違いない。だって、姫宮さんが俺なんかにこんなことするはずが……


「だって姫宮さんは……」

「もう言い訳はさせませんよ、オタクくん。確かに婚約はしてますけど、私はあの人と添い遂げるつもりはないです」

「…………っ」


 逃げ道を塞がれてしまった。

 姫宮さんにはハイスペックな婚約者がいる。だから、俺は彼女への想いを諦めることが出来た。

 でも、こうなってしまったらもう……


「さっきも言いましたけど、私がアル様にハマったのは、あなたに声が似ていたからなんですよ?」


 姫宮さんが甘ったるい声で囁きかけてくる。


「窮屈な人生を送る私にとって、屋上であなたと過ごす時間は癒やしだったんです。あなたは私の趣味を否定しないし、私に気遣ったりしないから、とても楽しくおしゃべりできて」


 おしゃべりというか、なんか一方的に俺が殴られているだけだったような気がするが……


「この際だから言いますね。私、悠さんと結婚します」

「え……?」


 どうして急にそんな……


「実は悠さん、中学を卒業してから二年間海外に留学してたんです。だから、学年は一緒だけど年齢は二つ上なんですよ。そして、明日は私の十六の誕生日、どういうことか分かりますよね……?」

「まさか……」


 男は十八、女は十六になると結婚できるというのが今の法律だ。

 でも、女は結婚可能年齢が十八歳に引き上げられる。

 つまり、このタイミングが、二人が結婚できる最良のタイミングというわけだ。


 しかし、だからって学生で結婚するなんて……


「どうします? こんな絶世の美少女を見逃しちゃっていいんですか?」

「いや、それは……」


 これは試されている。いや、きっと姫宮さんにとっても賭けなのかもしれない。

 このまま何も無ければ、彼女は親の望む通りに結婚させられる。でも、それは姫宮さんの本意じゃない。

 だから、きっと彼女は……


「そんなの決まってるだろ」


 俺は姫宮さんの体をそっと抱きしめる。


「君が他の男と、まして草加くんとなんて嫌で嫌でしょうがないんだが」


 絶対にあの男に姫宮さんは渡さないそれが俺の答えだ。

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