【初配信】はじめまして猫西ゆずです

 時間は21時。ついにこの時が来た。


「なんだろう。俺のほうが緊張してきた」


 知り合いがVTuberデビューして、初配信を見るなんて人生で初めてだ。

 いや、そんな経験する人間のほうが少ないんだろうけど。


 クリスマスにぴったりなジングルめいた音楽とともに枠が始まった。

 しばらく我が母が描いた渾身のイラストが表示され続け、右下で「Now loading...」という文字が揺れ続ける。



:コメント一番乗りは俺だぁあああああ!!!!

:聖夜にデビューするV信頼できる

:おまえらせっかくのイブにやることがVの視聴とか

:春奈れいさんのイラストすこすこのすこ


 反応は上々というか、俺のときより初配信の同接多くね?

 俺のときはわずか12人、それでも個人の初配信では多かった方だろうが、今の彼女は97人。

 女か? みんな女がええんか?


 なんだか悔しい気分になってきたが、今は見守ることにしよう。


「目標をセンターに入れてスイッチ……目標をセンターに入れてスイッチ……」


 この女はなにを言っているんだ?

 突如、ボソボソした声で、どこかで聞いたことのあるセリフが聞こえてきた。


:!?

:なんかいる……

:肉声の産声がそれか…

:やめなさい、ゆずちゃん。ヒトに戻れなくなるわ!


「えっ、なになに? もしかしてもう声入ってるの???」


 おっと、どうやらすでに配信ソフトの音声ミュートが解除されていることに気付いていなかったようだ。

 なんとも締まらない配信開始となった。


「うそうそ!? はずかしい、うふふふふ。ど、どうして? 心の準備できてない!? ふふふふふ」


 あまりの恥ずかしさで、思わず笑いがこみ上げてきたようだ。

 しかし、前から密かに思ってたが、こいつ本当に声がいいな。清楚系の透き通った声で、聞いていて落ち着くし、笑い方もかわいい。

 そんな声で急に慌て始めるのだから、正直もっとやれって気分になる。


:深呼吸して

:がんばって

:声良っっっっっっっっっっっっ

:正しく清楚声

:あらあらうふふ


 リスナーも同じ感想のようだ。

 最初のつかみはバッチリといったところか。


「その、こ、こんゆじゅー!! 本日、デビューさせていただく猫西ゆずです」


 噛んだな。


:かんだ

:挨拶はこんゆじゅー了解

:滑舌ガバガバ系VTuberたすかる


 開始早々、ポンコツ臭が半端ない。やはり、あがりやすいタイプだったか。


「こ、こんゆずです……挨拶はこんゆずなんだからぁ……」


:こんゆじゅ

:こんゆじゅ理解した

:こにゅじゅ

:猫西ゆじゅたそ〜〜〜


 挨拶はこれでこんゆじゅ確定だな。もう逃れられはしない。だが、こういうハプニングはV的には結構おいしい。偶然の産物だが、運良くものにするとはなかなか素質がある。


 さて、そんなこんなで開始数分で蹴躓いた猫西ゆず氏だが、自己紹介は順調に進んでいく。

 好きな食べ物とか、好きなゲーム・アニメとか、まあ無難な話が続いていく。


 開始時点のポンコツ感や清楚感が受けたのか、同接もそこそこ増え、今では200人超となっている。個人としてはかなり好調な滑り出しだろう。

 しかし、なにごとも順調には終わらないものだ。次の事件は、リスナーから事前に募集した質問のコーナーで起こる。


 ――好きなアニメのキャラクターはなんですか?


「アイプレの白金月華ちゃんです」


:まさかのアイプレ

:月華ちゃん推しは推せる


 これは以前にも聞いたな。結構年齢下の中学生アイドルだが、まあ女性でも好きな人は少なくないだろう。


「私、実は不憫なロリータが大好きで……ロリコンなんですよ。ほんと、昔から小さい子が大好きで……」


 ほう……今なんて言ったこの女?


:!?

:え、なんて?

:本性現したな

:ロ、ロリコンだぁあああああああ


 流れが不穏になってきた。いや、V的にはこうしてやばいギャップを見せてくれる方が受けはいいんだが……

 いや、お前ロリコンを自称するとか。


「その……小さい頃に兄の部屋からすごく薄いキラキラした本が出てきて」


 ん?

 おいおいおいおい、待て。何を言うつもりだ?


「めちゃのんき先生って人が描いてた本なんですけど」


 ステイステイステイ、ステェエエエエエエエエエエエエエエエイ!!!!


:流れ変わったな

:なんだこいつ、何を言い出すつもりなんだ

:そこから先はまずい


「あ、えっちなやつじゃないですよ。えっちなのはいけないと思います!!」


 うるせえ。そいつゴリゴリにえっっっっなイラスト描いてるイラストレーターじゃねえか。

 いや、薄い本は基本、全年齢向けの健全本しか出してはいないけど。


「で、その本で出てくる小さい子がすごく不憫な目に遭ってて、なんかそれ見たときに私の中でオスが目覚めたというか。うふふふふふ」


 なにわろとんねん。


:ここは性癖暴露会場ですか?

:一人の少女の性癖が狂った事件聞かされる初配信あるか?

:戦争で若人が命を賭して守った未来がこれか…

:なにわろとんねん

:心にオスを飼ってる狐娘、誰が予想していた?


「だから、VTuberだと、藤広にいなちゃんとか大好きで……母性を感じるロリータが大好きなんです」


 おい、そいつ。バ美肉おじさんだぞ。

 見た目確かにロリ系だけど、おっさんが変声期で声当ててるんだぞ!!!!

 言え!! なんでまた、やばい性癖ぶち込んできた!!


:だめだこいつはやくなんとかしないと

:千年先の性癖を生きる女

:これは性癖のデパート

:超電磁スピンうってそう

:ツイッターから来ました。令和の怪物が生まれたと聞いて


 いつの間にか同接がぐんぐんと伸び始めていた。嘘だろ500人超えって。こいつ個人だぞ?

 前代未聞の同接を打ち出しながら、猫西ゆずは俺の知らないところへ飛び去っていく。


「ロリママ?って言うんですか? ほんといいですよね。それがかわいそうな幼少期を送ってると本当に最高です。どんなに辛い目に遭っても、心の純真さというか善良さを失わないところに、決して折れることのない鋼鉄の芯を感じるというか。人類の希望ですよね」


:決して散ることのない鉄の華的なね

:これは赤い彗星の再来

:白銀月華は私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!!

:情けない奴!!

:バーチャル変態ロリコン狐娘、トレンド入りおめでとうございます


 やば、まじでトレンド入りしてんじゃん。

 なに、バーチャル変態ロリコン狐娘って、やばい別称決まってるじゃん。


「え、え? トレンド入りって何? というか同接めちゃくちゃ伸びてる? うふふふふ」


 だから、なにわろとんねん。


:これまじで放送して大丈夫なんか?

:とりあえず銀河連邦警察に通報しておいた

:チャンネル登録しました。早くメンバーシップもよろしくおねがいします

:どうして、スパチャがまだ投げられないんだ。はやく収益化してくれ!!


 ……多分、相当頭がテンパってるんだろうな。多分、こいつ自分でどれだけやばい話してるか気付いてない可能性がある。

 いや、それは仕方ないのだ。緊張しているときは周りが見えないものだ。そんな状態でなにかおもしろいことを言おうとしたら、そらこうなるわ。

 とはいえ幸運なことに、彼女のキャラクターはVリスナーにかなり受けているようだ。この上なく運のいいことだ。


「ふふ……なんだか話しすぎてしまいましたね。みんなと話してると楽しくて、つい喋りすぎてしまいます」


 なに清楚、装ってんねん。お前の性癖はもうドロドロにアウトだよ。

 だが、この女、ガワも声も最高に可愛いのは事実。実際、かわいいVにそんな事言われたら、嬉しくなっちまうよ……

 そして、そんな女がこんなやばい話してんだから、こっちの頭がおかしくなっちゃうよ。フットーしそうだ!!


「そうそう。私、月華ママとシャンプーおそろいなんですよ。偶然だったんですけどすごいですよね!? すごいですよね!? 私、今月華ママと同じ香りを発して、同じ空気を吸ってるんだって。実はめちゃのんき先生の本、カッコ健全本ですよ?にもお世話に……ってこれはさすがにだめですよね。うふふふふ、忘れてください」


 もう、遅えよ。お前はやばいライン、いくつも踏み潰してんだよ。


 さて、それなりに強いオタクだと思っていた姫宮雪だが、どうやら思っていた以上に重症であったようだ。

 そんなにロリコンこじらせてたなんて、知らなかったよ!! そりゃ、あの婚約者もドン引きするわ。

 というか、草加くんがオタク嫌いこじらせたの、十中八九この女のせいでは??


:同接2000人超えおめでとう

:一生推します

:魔神が生まれた日記念


 俺は加速度的に増えていく同接を眺めながら、猫西ゆずの初配信を見守り続ける。




*




 アルフォンソ@バーチャルシチリアンマフィア@alfonso_channel

 嘘だろ……あれが俺の妹になるんか……


 その日、俺のツイートは過去に類を見ないバズり方をするのであった。

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