第17話 聖夜
まさか、こんな事になるなんて。
12月24日、世間がクリスマスイブと浮かれているこの日、俺はというと……
「うわあ……すごいピクピクしてますね。ちょっとかわいいかも」
「どっちかというと気持ち悪いと思うんだが……」
「そんなことないですよ。こんなに痙攣して……緊張してるんですか?」
「違うって!!」
猫西ゆずの初配信までの間、俺は姫宮さんの部屋で二人きりで過ごしていた。
「ん……あっ、違う、やめてやめて。んあっ!!」
「変な声出すのやめろ!!」
「だって、オタクくんが変なところ触るから……あっ、落ちちゃいました……」
「マジかよ。今度はちゃんとニンジン掴んでくれよ」
「で、でも、これ操作が難しくて」
俺たちがプレイしているのは、おっさん顔のうさぎ男を転がしながらゴールを目指すというシンプルなゲームだ。
出てくるうさぎ男の造形もさることながら、ジャンプするために足をピクピクと動かす姿や、おっさん二人が抱き合いながらゴールに向かう姿のシュールさと気持ち悪さが絶妙なゲームだ。
「というかさ。普通、パーティゲームといったら、大乱闘的なやつとかカートでデラックス的なやつじゃないか」
「だ、だって、一度やってみたかったんですよ? こんなゲーム一緒にやってくれる人いませんし」
まあ、こんな気持ち悪いうさぎのゲーム、なかなか勧めづらいだろうが。
「まあ、俺もやってみたかったから丁度よかったけど」
VTuberの間ではそれなりに流行っているゲームだ。
そのシュールさから一度はやってみたいと思っていたのだが、協力してプレイして、妙な死に様を見せるのがこのゲームの醍醐味なので、なかなかやる機会がなかったのだ。
アルフォンソもコラボ未経験だから、やる機会もなかったしな!!
「しかし、緊張をほぐすっていうなら、なにもこんな真っ昼間からでなくてもよくないか? まだ、配信まで六時間ぐらいあるんだけど」
初配信は21時開始、今の時間はだいたい15時だ。
一体、どう時間を潰せばいいのか俺には分からない。
「なに言ってるんですか!! アル様が見るかもしれないんですよ? その緊張をほぐすには全然足りないです!!」
「アル様か……」
しかし、今更ながらに複雑な気分だ。
なにせ、俺の好きな人は俺ではなく、俺が演じているVTuberに夢中なのだから。
喜ぶべきなのか、悔しがるべきなのか。
「どうしたんですか?」
「いや……アルフォンソのこと好きすぎるなと思って……」
「もしかしてヤキモチ焼いてるんですか?」
「ば、ばか、言うなよ。なんで俺がお前のこと好きなの前提なんだよ!!」
図星だったが、俺は必死にそれを否定する。
俺みたいな陰キャがこうして姫宮さんといられるのは奇跡みたいなもんだ。
そんな奇跡みたいな時間を俺は壊したくない。
俺の想いが知られてしまえば、もしかしたら姫宮さんとの関係が壊れてしまうかもしれないのだから。
だが、姫宮さんも散々思わせぶりな態度を見せてきたんだよな。
アルフォンソに投げたスパチャとかで……
「ちょっと、急に黙ってどうしたんですか? 拗ねてるんですか?」
「違うって。なんだか気疲れしたなと思って」
「気疲れ?」
姫宮さんが不思議そうな表情を浮かべた。
彼女は俺のこの複雑な想いなんて知りもしないんだろうなあ。
「まあ、いいです。配信まで、たっぷり時間はありますからね。やりたいゲームがたくさんありますから付き合ってもらいますよ」
「はいはい」
まあ、姫宮さんが楽しそうならそれでいいか。
*
ひとしきりゲームを終えたあと、俺たちは姫宮さんの頼んだ。
ピザとケーキをいただくことになった。
「お嬢様の割には意外と庶民的なものを食べるんだな」
「家がお金持ちだからって、毎日フルコースが出てくるわけじゃないですからね」
まあ、こちらとしてはこの方が気負わずに済むというものだ。
「…………」
先ほどまではたわいのない会話を繰り広げていたが、今度はすっかりと黙り込んでしまう。
「緊張してるのか?」
「あ、あああたりまえじゃないですか。心臓がドキドキして。うぅ……」
俺も初配信の時はそうだった。
バーチャルなモデルを間に挟んでいるとはいえ、見ず知らずの誰かに自分の声を晒すのは、かなり勇気が要ることだ。
なんとか励ませればいいのだが。
とはいえ「俺も初配信の時は緊張してさー」なんて話も出来るはずもない。
俺はなんとか話題を探るのであった。
「ああ、そういえば……クリスマスだっていうのに、家族と過ごしたりはしないのか?」
あまりいい話題な気はしないが、なんとか話を逸らしてみる。
「みんな仕事が忙しいですから。年末には帰って来るみたいなので、気にしてませんけど」
確かどこかの企業の経営者らしいが、俺には想像も出来ない忙しさなんだろうな。
「実は、ゆうくんの家に呼ばれてたんですよね。家族が留守なら、うちで過ごさないかって」
「そうなのか?」
一応、婚約者だそうだし、おかしな話ではないが。
「でも、断っちゃいました。どうせ話なんか合いませんし、配信のこともありますし、気の合う人と過ごした方が楽しいですから」
「っ……」
まったくこの人は、どうしてそう恥ずかしげもなくそんなことが言えるんだ。
「あれ~、照れてますか?」
「姫宮さんが恥ずかしいセリフを吐くからな」
「そうですか。それなら恥ずかしいついでに白状しちゃいますね」
よく見ると、姫宮さんも顔を真っ赤にさせている。
そのせいか、妙な心地だ。
「私がアル様の推しになったきっかけは、オタクくんに声がよく似てたからですよ」
「な……!?」
ま、また、とんでもないことを言い始めるものだ。
それってつまり……
「そ、それじゃ、私配信に行ってきますから。部屋には入らないでくださいね」
彼女に真意を問いただそうとすると、彼女はそそくさと自室の方に向かってしまった。
「…………くそっ、このあとどんな顔して会えばいいんだよ」
鈍感な俺でも、ここまで言われれば彼女の想いぐらい分かる。
だが、こんな尻切れトンボで終わったら、どうすればいいか分からない。
「と、とにかく、彼女の初配信を見るか」
頭の中がごちゃごちゃになるが、ひとまず彼女のこれまでの努力の成果を見守ることにした。
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