第11話 縮まる距離

「その、今日は色々とありがとうございました」


 駅の改札前で、姫宮さんが一礼した。

 俺と姫宮さんの最寄り駅が同じで、結局ここまで一緒に来たのだ。


「家に帰ったら、自分で色々と設定してみます。また、分からないことがあれば聞いても?」

「ああ、もちろんだ。VTuberになるにはまだまだやらなきゃいけないことがあるしな。これからも、協力させてくれ。なにより、草加くんを見返してやりたい」


 草加くんに言われたことが、我がことのように腹立たしかったようだ。

 以前よりも、姫宮さんを立派なVTuberにしてあげたいという気持ちが強くなっている。


「オタクくん……」


 趣味にふさわしいも、ふさわしくないもあるか。

 俺は必ず彼女の希望を叶えるぞ。


「あ、そうです。一々、次回の日取りを別れ際に決めるのも手間ですし、連絡先を交換しませんか?」


 連絡先……?

 家族の連絡先しか入ってない俺のスマホに、姫宮さんの連絡先が……?


「どうしましたか?」

「い、いや、なんでもない。そうだな、その方が便利……だよな? 交換した方が……いいよな?」

「なんで、疑問形なのですか? とりあえず交換しておきますよ」


 そうして、俺たちは連絡先を交換するのであった。


「それでは、次の日取りはこちらから連絡いたしますので。たとえ深夜でも二コール以内に出てくださいね」

「深夜はさすがにやめてくれ……」

「冗談です」


 姫宮さんがいたずらっぽく笑った。


「それでは、私はそろそろ失礼します。それと、これは……いえ、なんでもありません」

「え、気になるんだけど」


 今、姫宮さんが何かを取り出したと思ったら、後ろ手に隠したような気がするが、なんだろう?

 こうして途中でなんでもないとか言われると、余計に気になってしまう。


「ほ、本当になんでもありません」


 そういって彼女はもじもじとする。

 なんだか、今日の姫宮さんは妙におかしい。


 いや、俺も姫宮さんに「デートだね」とかからかわれて、妙に心をかき乱されてしまったけど、そんな俺よりも姫宮さんの方が変にそわそわしている気がする。


「ははーん、さては自分で『デートだね』とか言ったのが今になって、恥ずかしくなってきたんじゃないか?」

「な、ち、ちが……」

「話聞いてると、姫宮さんも彼氏とか作ったことなさそうだしなあ」


 なんだかんだと俺をからかうが、姫宮さんだって恋愛経験があるわけじゃないのだ。


「ば、馬鹿にしないでください。私にだって、その……か、彼氏ぐらいいたことあります」

「え、嘘……」


 地味にショックを受けてしまった。

 いや、確かに、彼女ならいてもおかしくはないのだが、心のどこかで彼女にはそういう経験がないのだと期待してしまっていたのだ。


「すみません、盛りました。ゲームの中の話です」

「あ、そう……」


 俺のショックを返せ。


「はぁ……まぁ、いいですか」


 そうしてため息をついた直後、姫宮さんが俺の元へと駆け寄ってきた。


「な、なにを……!?」


 ち、近い……近すぎる。


「それでは、こちらをどうぞ」


 そう言って、姫宮さんがそっと俺の手を握った。

 その柔らかい手のひらに包まれて、ほんのりとしたぬくもりが伝わってくる。

 あまりに突然な出来事に、俺は息をするのも忘れてしまった。


「ふ、ふふ……ど、童貞くんが、私をからかい返そうなんて、おこがましいにも程がありますよ」


 そ、そういう姫宮さんだって、顔を真っ赤にしてるじゃないか。

 そこまでして、俺のことをからかいたいのか?


 そうして困惑していると、姫宮さんは俺の手の中に何かを押し付けるようにして渡してきた。

 その行動に、胸がバクバクと鼓動する。


「こ、これは……?」

「きょ、今日のお礼です。色々と付き合ってくれてありがとうございました!!」


 それは、小さなクマのぬいぐるみのストラップであった。

 なんだかよく見るキャラではあるが、名前は思い出せない。


「そ、それじゃ、行きますね。また連絡しますから!!」


 そして、姫宮さんは目を伏せると、さっさと走り去ってしまった。

 俺の手の中には、彼女のくれたストラップと、ほんの一瞬の間に伝わった微かなぬくもりだけが残っていた。


「姫宮さん……」


 もしかして、彼女は……


「いやいや、そんなはずは……」


 ふと頭に湧いた甘い考えを否定する。なにせ彼女は……


「あれ……? そういえば姫宮さん、草加との婚約は嫌だって……」


 待てよ。そしたら、今までの彼女の行動は?


 ――ここに生身の美少女がいますよ。VTuberと違って直に触れられますよ~


 ――わ、私の好みは、腐ったような目をした駄目人間の香りを漂わせる人ですし


 ――ふふ……デートですね、オタクくん


 今まで、彼女には決まった人がいるからとずっと否定してきた。

 しかし、その言い訳が使えなくなった今、俺は彼女の言動の"意味"を考え始めてしまった。


「ありえない、ありえない。俺は冴えない陰キャだぞ……姫宮さんがどうして……?」


 そう、釣り合ってないのだ。

 彼女がその気になれば、草加くんなんて目じゃないほどいい彼氏だって探せる。

 中には、オタク趣味の人だっているだろう。


 俺は、また新しい言い訳を見付けることで、悶々とした気分をなんとか鎮めようとするのであった。

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