第8話 絶対そんなつもりじゃないんだろうなあ

 自信満々にオーディオインターフェース、分かってますみたいな表情を浮かべる姫宮さんに、俺は軽く説明をする。


「オーディオインターフェースってのは、マイクの音声からノイズを低減させて音質を向上させてくれるものだ。手元のボタンでエコーを掛けたり、マイクをミュートにしたりも出来るから、何かと便利なんだ」

「なるほど。急にくしゃみとか出そうになった時に、音が切れると便利ですね」

「まあ、くしゃみの音はそのまま流した方がウケはいいんだけどね」


 なぜかくしゃみをすると、リスナーは「助かる」「助かる」とありがたがる傾向にある。

 ちなみに俺は、どういうわけかクソデカくしゃみが出てしまうので、毎度リスナーの鼓膜を破壊している。


「大体分かりました。それでは早速機材を………………」


 突然、姫宮さんが黙り込んでしまった。


「どうしたんだ?」

「…………ないんです」

「ない? 何が?」

「その……先日、スパチャで全財産投げてしまって、今すっからかんなんです……」

「そ、そうか……」


 全財産スパチャに使うって、本当に筋金入りだな。


 ……って、あれ?

 全財産……?


 その言葉に、なにか引っかかるものを感じた。

 俺は記憶の糸を手繰ってみる。

 そうして、ここ最近の出来事を思い返していると……



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ゆず猫

¥50,000

四万人突破記念と今月の陰キャ手当です。全財産です☆

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 ゆず猫さんだぁああああああああああ!!!!!!!!


 確証はないが、恐らく間違いない。

 僕のチャンネルの最古参で、いつも高額な赤スパを投げてくれるリスナー、ゆず猫さんこそが彼女の正体だった。


「え、嘘だろ……」

「ん? どうされました、オタクくん」

「あ、いや。なんでもない……」


 アルフォンソのヘビーなファンであることは分かったが、まさか彼女がゆず猫さんだったなんて。


 VTuberなんて星の数ほどいる。

 まして、俺は個人勢だ。企業からデビューした人たちとは知名度が違いすぎる。


 それなのに彼女は、デビューと同時にアルフォンソを見出し、コラボをしたいがためにVTuberデビューしようとまでしてるのだ。


 こんな偶然あるのだろうか。

 たまたま、見付けたデビューしたばかりの個人勢VTuberが、実は同じ学園の同級生。

 そんなの天文学的な確率ではないだろうか。


 これはなんとしても、正体がばれないようにしないと。


 最古参のファンであるゆず猫さんは、同時にスパチャの総額トップのリスナーだ。

 それだけ、アルフォンソに入れ込んでくれているということだ。

 俺は改めて、彼女の夢を壊さぬよう、心の中で固く決意するのであった。


「ところで、オタクくん。今週の日曜日、空いてたりしませんか?」

「日曜か? 空いてはいるが」

「お小遣いが貰える頃なので、一緒にマイクなどを見に行きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「えっ……?」


 俺と彼女が二人で買い物に?

 突然の提案に、俺の頭が一瞬フリーズする。


 一般的に男女がそういう状況になるのって……

 いやいや、姫宮さんにそんなつもり絶対あるわけないだろう。


 一瞬、頭に湧いた想像を振り払う。


 俺は恋愛市場に参入できない、異常独身男性候補だ。

 まさか、女の子に好意を抱かれるはずがない。


 そもそも、俺のような恋愛に向けた努力をしていない、非生産的な男がそんなことを考えることすら、おこがましいのだ。

 卑屈だと分かっていても、誰にもモテなかった十六年間が、頭に湧いた甘い考えを徹底的に否定する。


「ふふ……デートですね、オタクくん」

「!?」


 しかし、そんな俺を弄ぶように、姫宮さんは俺が否定し続けた言葉をいとも容易く発してしまった。


「か、買い物に行くだけだよな?」

「ですが、休日に男女が二人で遊びに行くのですから、それはデートと言ってもいいのでは?」


 また、あのいたずらっぽい笑みだ。

 絶対に彼女は分かっている。こうやって言葉を弄せば俺が簡単に動揺してしまうことを。


 だって、しょうがないじゃないか。

 これまで、付き合ったことはおろか、女の子とまともに喋ったことだってほとんどないのだ。


 それが、こんな可愛い子に、こんな風に言われたら動揺しても仕方ない。


「ということで、日曜日よろしくお願いしますね。あ、もちろん、予定が入ってたら別ですけど」

「い、行ってやらあ。不登校だから予定なんてないもん!!」


 ヤケクソ気味に、俺は約束を取り付ける。

 こんな風にからかわれて、怖じ気づいてはいられない。


 やってやる!! 俺にだって、デデデデデートぐらいできらあ!!


「楽しみですね」


 VTuberデビューがということだろう。

 他意なんてあるはずがない。第一、姫宮さんには、草加くんという俺なんか比べ物にならないハイスペックな彼氏?婚約者?がいるのだから。


 俺はそのことを思い返しながら、心の動揺をなんとか鎮めようとする。


 今週の日曜日は、色んな意味で試される日になりそうだ……

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