第7話 女の子の部屋初めてでしょ?
「ということで、ここが私の部屋です」
案内されたのは、白を基調としたシンプルな部屋だった。
お嬢様の部屋ということで、ロココ調の過剰な装飾が施された内装、ぬいぐるみの山、天蓋付きのベッドなどで溢れた、メルヘンチックなピンクの部屋を想像していたが、どうやらそれは童貞の貧困な妄想でしかなかったようだ。
「そして、これが私のPCです」
彼女が示した方にはチーク?マホガニー?とにかく高級そうな、木目のデスクに30インチ前後の大きなモニターが置かれていた。
あれ? てっきりノートだと思ったけどまさかデスクトップなのか?
そう思って、デスクの足下に目を移すと、そこには黒い箱が置かれていた。
今時、PCといえばノートが主流の時代だというのに、彼女の愛機はデスクトップだった。
いや、それどころか……
「ゲーミングじゃん!!」
そこにあったのは、膝元に届くほどの高さの、無骨な黒色の大きな箱であった。
学校の情報室に置いてあるようなかわいらしいものとはまるで違う、ごついタワーPCだ。
PCでゲームをするという物好きのオタクぐらいしか買わないマシンを彼女は持っていた。
とても普通の女子高生が持つようなものではない。
自称「こういうのに詳しくない女子」が持つにはあまりにも不似合いすぎる代物だ。
「前はノート使ってたんですけど、ゲームをするならこっちの方が良いかと思いまして」
僕だってVTuberの活動が軌道に乗って、それなりに収益が得られるようになってから買ったというのに、彼女はどうやら親に買ってもらったようだ。
これが財力の差か……
「それで、どうでしょうか? 配信の方は?」
ゲーミングの時点で十分なスペックはありそうだが、一応僕は姫宮さんのPCを起動してスペックを見てみる。
「i9の第九世代、メモリは四枚挿しの128GB、グラボはRTX2080Ti……」
CPU、メモリ、グラボはPCの基本的なスペックを担うパーツだ。
どれも彼女が購入した時期を考えると、最高峰のスペックを持つものばかりだ。
正直、PCゲームをするだけであれば、こんなスペックは一切必要ない。
「しかも、2TB SSD二枚に8TBのHDDって何に使うんだよ!! さてはド○パラで片っ端からオプション盛りまくったな」
「え!? ど、どうして分かったのですか!?」
オタクなら誰しもBTOパソコンの販売サイトで、僕が考えた最強スペックPCをカスタマイズしてカートに入れた記憶があるはずだ。
無論、実際に購入する者はほとんどいないだろうが、恐ろしいことに彼女は、その男子の憧れのPCを躊躇いなく購入していたのだ。
ちなみに今の基準で、それをやると値段は八十万円を突破する。
手数料無しの48回分割払いでも月17000円弱とられる計算だ。
さすがに姫宮さんが買ったのは、そこまでのスペックではないが、それでも僕のPCよりは恐ろしい値がついているはずだ。
しかし、なるほど。確かにこれは、PCに詳しくないというのも嘘ではないだろう。
多少の知識があれば、自分の作業用途と予算をすり合わせて、スペックを決めるものだ。
なので知識がない者であれば、店員の勧めるものや、値段、デザインなどを見て決めたりするのだが、一方、彼女はありあまる財力から、カスタマイズPCのオプションをもりもりにするという行動に出たのだ。
確かに、大は小を兼ねるというが、それにしてもオーバースペックだ……
「えっと……すみません。私、PCに疎いもので……でも、ヘヴンズリムにMOD入れまくって遊んでみたかったんです」
「え、姫宮さん。ヘヴンズリムやるの?」
返ってきたのは斜め上の回答だった。
ヘヴンズリムといえば、僕らが小学生に入りたての頃に一世を風靡したオープンワールドRPGだ。
とはいえ、その流行もネットの中での話なので、当時の小学生でその存在を知る者は極めて珍しかったが。
「えっと、随分とマニアックな趣味だな」
「やっぱり変……でしょうか?」
変といえば変だ。
なにせ小学生というのは、周りに趣味を合わせる生き物だ。
同じドラマを観て、同じ音楽を聴き、同じゲームをやりこむ。
そうすることで、クラスの輪に溶け込み、孤独に陥らずに済むのだから。
その中で、俺みたいに協調性の無い人間は、独自の趣味を追求してクラスの輪から外れていくのだ。
「小学生の時、周りはあやかしウォッチに夢中だった。だけど俺は、ヘヴンズリムのプレイ日記や動画ばかり見ていた。でも、クラスではそんな奴、俺ぐらいしかいなかったぞ」
当時は今ほどSNSも盛況ではなく、ブログが全盛だった。
自由なロールプレイが魅力のヘヴンズリムとの相性もよかったのか、様々なブロガーが独自のロールプレイをしながら、ヘヴンズリムの地での冒険を日記風に綴ったりしていたものだ。
ちなみに俺がよく読んでいたのは、えっちなお姉さんがひどい目に遭うプレイ日記げふんげふん。
「オタクくんも、ヘヴンズリムの愛好家でしたか。意外でした」
「意外なのは、姫宮さんの方だと思うけどな。多分、学園の誰も、姫宮さんがそんなコアな洋ゲーに夢中だなんて思わない」
いわゆるトップカーストに所属する姫宮さんだ。
周りにも、流行の歌手やアイドル、ドラマの話題で盛り上がり、学校の行事にも全力で取り組むようなエネルギッシュな人達が多いので、てっきり姫宮さんもそういった趣味なのだとばかり思っていた。
「やっぱりそう見られてるんですね。どちらかというと、オタクくんの方が趣味が近いんですけど……」
「まあ、MOD入れて遊びたいからって、こんなPC買う時点で、それは間違いないだろうな」
MODというのは、有志が作った拡張機能のことで、ヘヴンズリム最大の魅力だ。
新しい武具やクエスト、土地を追加するもの、システムから改良して遊びやすくするものなど様々なものがあり、それらを堪能するにはそれなりのスペックのPCが求められるものだ。
「ちなみに初めてPCを買おうと決意したのは、ニヨニヨ動画で、アーノルド・シュ〇ルツェネッガーのMODを入れて大暴れする実況動画見た時ですね」
「嘘だろ!?」
それは、ヘヴンズリム一トチ狂ったMODのことである。
これを入れると、英雄だったり、精鋭部隊の一員であったり、アンドロイドだったりするあのシュ○ちゃんを、主人公に置き換えるという狂気のMODだ。
「実況者が、序盤で逃げ込んだ洞窟を火の海にしたり、自分をさらった暗殺者のボスを蜂の巣にしたりするのが、でたらめでとても面白かったんですよ。実は、ああいう動画を見て、密かにゲーム実況をしてみたいと思ってたり」
なるほど、配信を始めることにあんなに乗り気だったのは、そういう理由があったからか。
それにしても、誰が作ったんだよあれ。
外国人はやたらとシュ○ちゃんやトー○スをMODにしたがるけど、なんでだろうな。
「ま、とりあえず配信するには十分すぎるスペックだ。あとは機材揃えるだけですぐにでも始められるな」
「機材……声を乗せるとマイクと、体の動きを読み取るカメラでしょうか」
「そうだな。あとはオーディオインターフェースもあるといいだろうな」
「おーでおいんたーふぇーすですか。ええ、わかります」
分かってないな、さては。
ならば、次はオーディオインターフェースの説明でもしようか。
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