第6話 作゛戦゛会゛議゛

「ええ……ということで、姫宮雪さんVTuberデビュープロジェクト(仮)の第一回会議を始めたいと思います」

「おー」


 姫宮さんはちょこんと席に座りながら、パチパチと手を叩く。


 彼女にVTuberになりたいと頼まれた翌日、俺は放課後の時間に、姫宮さんの家を訪れていた。

 彼女のご両親は出張で海外に行っているらしく、歳の離れた兄と姉も独り立ちしていることから、家には俺ら以外誰もいないらしい。


 憧れの女の子と二人きりというシチュエーション、緊張しないわけがないが、彼女の願いに応えるためにも、心頭を滅却して臨む。


「でも、どうして少ししゃがれた声なんですか? 藤原○也みたい」

「そ、そんなことないですよ。自分、普段からこんな感じです。陰キャなんで」


 まあ確かに普段の五割増しで暗い声を出しているのは間違いない。

 だって、アルフォンソとバレたらまずいじゃん!!

 俺は自分の正体を誤魔化そうと、あえて爽やかなアルフォンソと真逆の声を出していた。


「……私、声フェチなんですよ、オタクくん」


 え、まじ?

 もしかして、オタク特有の超常的な「音感」で速攻バレたのか?


「なので、実はオタクくん、ものすごいイケボの持ち主なのではと思っているんです」


 確かに、アルフォンソの時はいい声とか言われるけど、鋭すぎないか?

 普段の俺は、本当に陰キャっぽい声の出し方しかしてないのに。


「ということで、少し声を張り上げてみてください。きっといい声になりますよ」

「こ゛れ゛か゛ら゛作゛戦゛会゛議゛を゛始゛め゛た゛い゛と゛思゛い゛ま゛す゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛」


 俺は頑張って声を張り上げてみた。バレないように。


「も、もういいです。その、無理に声を出させてごめんなさい」


 彼女が少し引いている。

 よし、楽しく話せたな。


「その、普段通りに喋っていただければ」

「はい」


 というわけで本題へ戻ろう。


「それで、方向性というのは、キャラ付けの話でしょうか? バーチャル美少女AIとか、ムカデ人間トレンド入りさせる女子高生とか、バ美肉したのじゃロリおじさんだったり、そういう?」


 その人たちはVTuber黎明期からやってる人達なんだけど、姫宮さん結構筋金入りのオタクだなあ。


「キャラ付けも、もちろん大事だが、なによりもまず考えなきゃいけないのは、何がしたいかってことだな」

「それはもちろん、アル様とのコラボです!!」


 食い気味に姫宮さんが飛びついてきた。

 ちなみに"アル"はアルフォンソの愛称だ。

 名前長いもんね。


「えーっと、それはどっちかというと動機だな。具体的に言うと、ゲーム配信、雑談、歌とかってところか。あとは……ASMRとか」

「え、ASMRは少し恥ずかしいのですが……」


 さすがに抵抗があるのか、姫宮さんは顔を赤くさせながらそう言った。


 一般的にASMRといえば、たき火や雨、サクサクと何かを切る音、咀嚼音など、聞いてて心地のいい音を流すものというイメージだろう。

 VTuberの間でも基本は変わらない。

 リスナーが聞いてて心地のいい音を流すのが主だ。


 ただ、距離感が近いのだ。

 添い寝しながら、膝枕しながら、一緒にお風呂に入りながら、なかなか、ドキドキするシチュエーションで行う者が多い。


 聞かせる音も、炭酸のシュワシュワ、おかしのぱちぱちと弾ける音などはもちろん、心音やマッサージ音を聞かせるものもある。

 中には耳舐め、お風呂配信風など、きわどいものもあるのだ。


 さすがに、高校生がいきなりASMRというのもハードルが高いだろう。


「あ、もちろんASMRが嫌いなわけではなく、自分でやってみるのが恥ずかしいという話で……」

「ですよねー」


 まあ、ASMRは具体例であって、本当にやって欲しくて挙げたわけでは……いや、やってくれるなら、それはそれでげふんげふん。


「ということで、私としてはゲーム配信を、と思うのですが」

「なるほど、ゲーム配信をしたいということなら、機材を揃えようか」


 VTuberデビューの第一歩、それは配信環境を整えることだ。

 どれだけ気合いがあっても環境が整わなければ、永久にSNSアカウントに「@準備中」と付けたまま声が実装されずに、電子の海を彷徨い続けるなんてことになりかねない。


「それで、何が必要になるのですか? マイクとか?」

「それもそうだし、ゲーム実況をするつもりなら、それなりのPCは必要になるね」

「PC……ですか。買ったの結構前ですが、スペックは足りるでしょうか?」

「それも調べてみようか、姫宮さんのPC見せてもらってもいい?」

「ええ、もちろん。では早速、私の部屋へと行きましょう」


 姫宮さんの部屋……だと!?

 おっと、家に入るだけに留まらず、まさか彼女の部屋にまで、お邪魔することになるなんて。

 俺みたいな珍獣が入っても大丈夫なのだろうか?


「えっと、どうかされました?」


 学園一の美少女の部屋にお邪魔するという、およそ陰キャには無縁すぎるシチュエーションに足が竦んでしまっていると、彼女が振り返って首をかしげた。


「あ、なるほど、そういうことですか……」


 姫宮さんはそんな俺を見て、合点がいったという風に、意地悪そうな笑みを浮かべた。


「さては、女の子の部屋に入るのが初めてで緊張してるんですね? オタクくん、こういう経験なさそうですし」

「ち、ちちち、違わい!!」


 図星だった。

 幼い頃から、女子の友人はあまりおらず、女の子の部屋に招かれる経験など一度もなかった。


 少し、時を遡ろう。


 まだ、こんな俺にも友達がいた小学生の頃だ。

 友人男性の家で女子も混ざって遊んでいた時、友人男性がこう言った。

「今度は俺が君の部屋にお邪魔してもいいかな」

 女子はこう言った。

「うん、みんな遊びに来てよ。あ、でも、羽生はちょっと……」

 ちょっと、ってなんだよ!!


 俺の少し悲しい日の記憶だ。


「そ、そう。それは……その、大変でしたね?」


 は? なにが?

 なにが大変なの?


「もしかして、心の声が漏れていたのか……?」

「はい……」


 ちくしょう!! よりによって姫宮さんに知られるなんて……


「あ、でも、安心してください。私も……初めてですから」

「え……?」


 なにが? なにが初めてなの?


「男の子をこうやって部屋に招くことがです」


 な、なんだってー!?


 は、初めて?

 今そう言ったよな……

 てっきり、草加くんなんかは何度も訪れているものだと思ったのだが……


「ほら、早く行きましょう」

「え、あ、はい」


 今までの俺にはありえないシチュエーション続きで、頭が全くついていけてないが、俺は手招きする姫宮さんの後を追って、彼女の部屋へと向かうのであった。

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