第5話 私を立派なVTuberにしてくださいね
「一体どうしてこんなことに……」
「お願いします!! オタクくんにしかこんなこと相談できなくて……」
目の前には、必死に拝み倒す姫宮さん。
「近い近いって……」
あまりの近さに、彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
今までの人生で、ここまで女の子と近付いたのは初めてかもしれない。
やばい、しぬ。
それに、初めてなのはそれだけじゃない。
昨日の今日で、俺は想像を絶する展開に突入していた。
待ち合わせした姫宮さんに連れられてやってきたのは、なんと彼女の家だったのだ。
初めて入る女の子の家、学園一の美少女と部屋に二人きりというシチュエーション、頭がパンクしそうになる。
なんで、なんでだ?
どうして、俺があの姫宮さんの家にいるんだ!?
想像もしていない展開に、心臓がバクバクと鼓動する。
屋上で話すのと、女の子の部屋で二人きりで話すのは訳が違う。
俺はおよそ信じられないシチュエーションに混乱して、まともに考えもまとまらずに動揺する。
「え、えっと、聞いてますか?」
しかし、彼女はそんなことを気にする様子もない。
当然だ。彼女からすれば、俺みたいな男を意識するはずもない。
ただただ、経験のない俺が勝手にそわそわしているだけなのだ……
「き、聞いてるよ。それで、相談ってどんな内容なんだ?」
「その……実は私、……したくて……」
急に姫宮さんの声が小さくなって、聞き取れなくなってしまった。
したい? 何を?
「……と……したいんです……」
「し、したいって……」
一体、彼女は何を言っているのだろうか?
もじもじしながら言葉を絞り出す、彼女を見ていると、なんだか変な気分になってしまう。
「だから、推しとコラボしたいんです!!」
「……………………は?」
彼女から飛び出したのは、予想の遥か斜め上を行く言葉だった。
「オタクくんにバレてしまった通り、私はVTuberファンです。それで、VTuberというものを前々からやってみたいと思って。そうしたら、推しとコラボすることも出来るかもしれませんし!!」
「な、なるほど……」
いくらなんでも、VTuberになってコラボしたいなど、推し活がアクティブすぎる……
熱意は理解した。
「もしかして、俺を呼んだのって……」
「私、こういうのにあんまり詳しくないので……ですから、オタクくんに手伝ってもらえたらと思いまして」
なるほど。動機はどうあれ、それはとてもいいことだと思う。
俺はVTuberという存在もコンテンツを作り出すという意味で創作者だと思っている。
なにが切っ掛けにしろ、創作者になるための心理的ハードルはとても高いものだ。
俺も不登校にならなければ、自分がVTuberになど、考えもしなかっただろう。
だからこそ、姫宮さんが創作に携わろうとするのは、素晴らしいことだと思うし、出来れば力にもなってあげたい。
「それで、姫宮さんがコラボしたい相手って誰なんだ? ルナルナのことか?」
「ルナルナもそうなんですけど、特に気になるのが最近推しになった人で……」
そういえば昨日、VTuberコーナーで騒いでたな。
仔細は覚えていないが。
「その人は銀髪で……」
銀色はいいものだ。
嫌いな人なんていない。古事記にもそう書いてある。
「紅い瞳で……」
いいよな。浮世離れした異質な感じがとても好きだ。
「白い肌で……」
素晴らしい。神秘的な色白加減が俺はとても好きだ。
「かなりのヘタレで……」
見た目と中身のギャップがあるのは王道だ。
「ホラー配信が苦手で」
俺もホラーは苦手だ。
需要はあるけど、覚悟もいる。
「バーチャルシチリアでマフィアやってる……」
「アルフォンソ(俺)じゃねえか!!!!!!」
思わず叫んでしまった……
え、待って。
彼女の推しって、アルフォンソ(俺)なの?
「知ってるんですか? 最近デビューした個人勢なので、だいぶマイナーなんですけど」
「ま、まあ。よく知ってる方だと思うが……」
だって、俺だし。
「そうなんですね!! 前々からオタクとしてのセンスはあると思っていましたが、まさかアルフォンソにも目を付けていたとは」
目付けるとかそれ以前に、俺のセンスで作ったキャラだからな!!
しかし、事態はとんでもなく複雑なことになってしまった。
彼女が憧れ、コラボしたいと願うアルフォンソの正体は、この俺だったのだ。
ということは、俺はアルフォンソ(俺)のファンである姫宮さんのデビューを手伝ってアルフォンソ(俺)とコラボさせることになるのか?
つまりどういうことだってばよ……
「えっと、ダメでしょうか……?」
「そ、そんなことないぞ。もちろん協力する!!」
状況は複雑だが、事実として彼女は創作者への道を歩もうとしているのだ。
であれば、日々世に溢れるコンテンツ産業のお世話になっているオタクとしては全力でサポートするべき案件だ。しかし……
絶対に彼女に正体が、バレないようにしないと……
アルフォンソの正体がこんな冴えない陰キャオタクだと知れたら、彼女はショックを受けるだろう。
それは、俺の本意ではない。
「ありがとうございます、オタクくん!!」
そんな裏の事情も知らず、姫宮さんが屈託のない笑顔を浮かべた。
VTuberをやってて良かったと思えるのは、こうしてファンが楽しんでくれていることだ。
だからこそ、決して正体を知られることなく、彼女がVTuberとしてやっていけるように、最大限に力を尽くす。
それが俺の使命だろう。
そう心の中で固く決意していると、姫宮さんが手を差し出してきた。
「よろしくお願いします、オタクくん。私を立派なVTuberにしてくださいね」
真っ直ぐ、真剣な視線をこちらに向けてくる。
俺はその、熱の篭った視線を受け取ると、その手を取り握手を交わすのであった。
こうして陽キャと陰キャの、奇妙な共闘体制が成立したのだ。
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