二章
第14話 火山と、卵
この世界はどうやら明るい時間よりも暗い時間、つまり夜が長い。充分な睡眠をとって朝日と共に目を覚ますことができる。ちなみに、朝日も黄金に輝いていた。ユーリによると土地の魔力に左右されて日の色が変わるので、国によっては夕日や朝日が青かったり赤かったりもするらしい。……青い夕日はかなり気になるし、赤い夕日は元の世界と似ているのか見てみたい。この世界は不思議だ。
一日の時間としては元の世界とほぼ変わらないように感じるので、体内時計が狂って時差ボケのような症状が出ることもなかった。規則正しい生活を送れているので、元の世界よりも健康的かもしれない。
(ここでの暮らしは結構、悪くないんだよね)
ホームでの生活が始まって十日ほど経った。こちらの言葉であいさつをしたり、相槌を打ったりするくらいはできるようになったし、ここでの暮らし方も覚えてきたところである。まだまだ精神感応には頼りきりだが、一歩前進したような気分だ。
「ハルカ、狩りの準備はできたか?」
「うん」
ユーリの問いにこちらの言葉で返事をしながら、私は分厚いグローブをはめた手を開いたり閉じたりして感触を確かめていた。今の私は丈夫そうな生地の動きやすい長袖長ズボン姿であり、腰にはこの世界に来たばかりの日にユーリが貸してくれたナイフのベルトを巻いている。そして例の二人組から(勝手に)貰った大きなリュックに水筒と携帯食料だけ入れて背負い、狩りに行くための完璧な装いとなっている。
今日の予定は狩猟だ。といっても本当に狩りをするのではなく、ユーリと二人で出かける口実である。
「期待してるぜ。いい肉狩ってきてくれよな!」
ダリアードがとてもいい笑顔で見送ってくれた。いい食材を期待する気持ちが溢れ出ている。……本当に狩猟をする気はなかったのだが何か持って帰ってくるべきかもしれない。例えば薄氷魚とか、薄氷魚とか。
(狩りはやろうと思えば、できる。超能力があるから簡単に……ちょっと、抵抗感あるけど)
魔物を一度殺めたとはいえ、私にはまだ殺生を躊躇う気持ちがある。生きるために他の生物の命を貰う。それは普段、誰かに代わりにやってもらっていたことで、忘れがちだった。だから改めて思う。食事は大事に頂かなければならないな、と。
私は今、自給自足色が強い場所で暮らしているのだ。ここでは野菜を作り、動物や魚を狩り、森の恵みを集めて糧を得ている。足りない分は買い出しにも行くが、基本的には自分たちで食料を集めるのだ。
私にできる仕事は肉体労働のみ。“狩り”は私とユーリにしかできない仕事なので、それをユーリにばかり任せるわけにもいかないだろう。何より、私は彼の役に立って恩返しをしたいのだ。私にできることならやるべきだと思う。よし、今日は本当に狩りにも挑戦してみよう。
『と思ったんですけど、どうですか』
「狩りをするのは構わないが、君の気になることというのはどうするんだ?」
今日ユーリと二人でホームから出てきたのは、元の世界に戻る手がかりを探してあちらこちらに千里眼を飛ばしていた時に見つけたものがあまりにも気になったから、その確認をするためである。
見に行ってきてもいいかとユーリに尋ねたら「頼むから一人で行かないでくれ」と言われて二人で出かける口実を作ることになったのだ。
魔力の少ない三人にとって、森に入り込むのは危険である。このあたりには魔物は滅多に出ないけれど、その一歩手前の“魔獣”というものが出てくるらしい。魔物程危険ではないが、元の世界でいうところのライオンやクマくらいには危険な猛獣である。普通の人間では敵わない存在で、それと出会って生き延びるには魔法が必須。あの三人では危険すぎて狩りになど出られない。
そこで魔力放出障害(と言う設定)の私の出番だ。魔物を素手で相手取って討伐してもおかしくない程の怪力である私と平均以上の魔力を持つユーリなら、魔獣や魔物が出ても危険は少ない。よし、ならば二人で狩猟に向かって、食料を獲ってこよう。と自然な流れで二人きりになる機会を作ったのだ。
『ここの土地、魔力が少ないって言っていたでしょう?』
「ああ。そうだが、それがどうしたんだ?」
『土地の魔力がどうも一か所に吸われてるっていうか、固まって集まってるって感じなんですよね。それを壊したら、ここの魔力が戻るんじゃないかなって』
そうしたら、あの三人ももう少し生活しやすくなるのではないだろうか。魔力が少ないと言ってもない訳ではないから魔道具を使うし、畑では野菜を作っている。たしか、土地に魔力があれば人間が消費する魔力は少なくて済むし、野菜も育ちやすいのだ。
私はいつかここから居なくなるけれど彼らはずっとホームで暮らすのだろうから、出来るなら何かしてあげたい。
「土地の魔力が少ない原因、か。それはたしかに気になるな」
『はい。溶岩の中なのでそこまではユーリさんを連れて行くのやめようと思うんですけど、近くで待っていてもらえばいいかなと』
念動力の壁を熱が通らないほど分厚く張って溶岩に潜るので、流石にユーリを連れていく勇気はない。自分だけなら簡単だが、他人も一緒となると大分感覚が変わってくるし、できなくはないが手元、もとい念動力元が狂ったらと思うと怖い。大事な友人に万が一、いや億が一でも怪我はさせたくない。
それを聞いたユーリはとても驚いた顔をして、しばし私の言葉を吟味し『いや、ありえないだろう』と思いながら、確認するために口を開いた。
「……溶岩の中に入ると言ったように感じたんだが、言葉の受け取り方を間違えているだろうか?」
『合ってますよ。溶岩に潜って直接見てきます。大きな石みたいな物が見えたんで壊せそうなら壊してきますね』
「……理解の
魔法があれば同じことができそうなものだがユーリの反応からすると不可能なのか、もしくはかなり難しいようだ。
魔法というのは意外と使い勝手が悪いのだろうか。異世界の魔法というとなんでもできてしまう超常的な力だと私は思ってしまうのだけれど。とそんな思いを伝えると、ユーリが信じられないものを見る顔をした。
「……君がそれを言うか?」
『あ、私も超常的能力をもった超能力者ですね。なんだ、一緒か』
「全く違う」
超能力を使って普通の人間にできないことをする超能力者。魔力を使って魔法を使う異世界人。同じようなものだと思うが、ユーリの中では完全に別物であるらしい。まあ、超能力は魔力として判定されないので分からなくもない。でも魔力は超能力のエネルギーになるので私だけが似たものだと感じてしまうのだろう。たぶん。
『そういえばそろそろ魔物が食べたいですね。溶岩の確認が終わったら魔物を狩りに行きません?』
「……魔物は気軽に狩れるものではないんだが。あれは特定危険生物だぞ、分かっているか?」
この世界の食物連鎖の頂点も人間だ。そして、それに並び立つほどの存在が魔物である。魔力が多く強力な魔法を使える人間は魔物を狩り、それ以外の人間は魔物に狩られる。人と魔物は生存競争の真っ只中にある、といえばいいのか。
それをどうにかしたくて、とある国は異世界の人間を呼び出す方法と、異世界人の力を使って魔物を減らす方法を確立した。外の国との関わりが薄く閉鎖的であり、特殊な言語を使っているので情報がほとんど入ってこないが、この世界で魔物の被害が最も少ない国らしい。
それを真似しようとしたこの国の誰かに私は呼び出されたのだという推測ではあるが、そんなことをしそうな人間というのは権力者ではないだろうか。研究には資金も時間も人材も必要なのだから。
『意外と国の偉い人だったりしませんか?』
「国で禁止しているというのにまさか、そんな……」
ユーリは王族だ。例え血族や貴族たちに認められていなくても、彼にとってそこは“身内”だろう。そんなことはあるはずがない、と一度は否定したが――可能性はある、と思い直したようだった。
「魔物はどの国にとっても悩みの種だ。魔力はどんな仕事でも必要になるし、色が濃ければ高給取りの仕事を選べるから命の危険のある冒険者を選ぶ濃色の者は少ないんだ。しかし魔物を狩るなら濃色でないと……あの二人のようになる」
冒険者自体は結構いる。ただ。魔物を狩れる冒険者というのは少なくて、ほとんどの者は魔物になる前の魔獣を狩っているらしい。魔獣はどうやら魔物の幼体で、食べる物や年数などで魔力をためこみ魔物化していくという。だからそうなる前に数を減らして、魔物の発生自体を抑える目的らしい。
そういう地道なことをしなくても魔物を減らせる手段があるなら、縋りたくもなるだろう。年々魔物が増えて、人が暮らさない地域などは魔物だらけになっている可能性があるのだそうだ。それが人間の都市を目指してきたら危険だと、誰もが心のどこかに危機感を持っている。異世界人の召喚を国の中枢がやらかさないとは言い切れない、とユーリが複雑そうな顔で言った。
『魔物を狩るのが難しいなら、魔物の肉は市場にあまり出回らないってことですか?』
「そうだな。珍しいし、庶民にはほぼ手が出せないような高級品だ」
『じゃあやっぱり自分で狩るのが一番ですね。薄氷魚とか捕まえやすいですし』
「……普通は捕まえられないから高級品なんだが?」
私はもしかすると冒険者をやって魔物を狩るととても稼げるのではないだろうか。そう提案したが、登録の際に色ではじかれると言われてしまった。色などなくても実力があればいいだろうにこの世界は魔力の色に融通が利かないのが難点だ。
『狩る魔物については後で決めましょう。とりあえず、例の場所の近くまで行きませんか』
「……魔物を狩るのは決定事項なんだな……分かった、行こう」
何やらいろんなことを諦めたような遠い目をされた。しかし魔物をホームに持って帰ってもおかしくない理由、この辺りで狩れる可能性のある魔物などを考えてくれているのでとても頼りになる。
……決して美味しいから魔物が食べたいとか、そういう理由ではない。日常的に超能力を使うためにもエネルギー効率の良い魔物を定期的に摂取したいのだ。合理的な理由である。
ユーリと手を繋いで、ホームからも薄っすらと見えていた大きな山の麓に飛んだ。この山は活火山で、てっぺんの火口から覗けばふつふつと湧くマグマが見える。だがそこまで近づくのは危険そうだし、ユーリにはこの場で待っていてもらうことにした。
「……君が見えなくなるのは本当に心配だ」
不安で心配で仕方がない、そんな気持ちが伝わってくる。だが心配されているのは私の身ではなく私の行動の方である。彼は私の実力に関しては全幅の信頼を置いてくれていて、私が自信満々だから絶対に怪我一つしないんだろうと思っているけれど、私の行動については何も信用していない。何かとんでもない事態を引き起こすんじゃないかと思っている。おかしいな。
『大丈夫ですよ、そんな大変なことにはなりませんから』
最近鏡の前で練習している笑顔を向けてみたのだが、ユーリの不安を煽っただけだった。……まだまだ練習が必要なようだ。
さっさと済ませてしまおうと火口まで飛び、念動力の分厚い壁を張って溶岩の中へ飛び込む。さすがに高温のマグマに触れるのは結構、エネルギーの消耗が激しいので早く済ませたい。
魔力を集めている原因の物は溶岩の中を漂っていた。アポートで引き寄せられない物だったのでてっきり壁などににくっついていると思っていたのだが、そうではなかったようだ。それを念動力で捕まえて手元に引き寄せ、抱きかかえる。そしてすぐにこの灼熱から瞬間移動で脱出してユーリの元へ戻った。
『ただいま戻りました。原因はどうやら何かの卵だったようです。溶岩の中で形を保つ卵ってどれだけ丈夫なんでしょう』
そう、卵だ。ダチョウの卵よりもさらに巨大な卵。無精卵ならアポートを使えるが、中に生命が入っているからアポートの引き寄せができなかったのである。生物なら私が触れて一緒に瞬間移動しないと動かせない。
熱を通さない物質でできているのか、溶岩から取り出したばかりなのに熱くもない妙な卵だ。普段通りの念動力の厚みで触れても問題ない。……ゆで卵にもなっていない。溶岩で煮られた異世界の卵にはちょっと味に興味はあったが、生きているので煮えていないのだろう。
そんな不思議な卵は大きすぎて抱えるにしても持ちにくいため念動力で浮かせながらユーリに見せたのだけど、彼はいつものように目を覆った。見たくなかった、という意思を感じる。
「ハルカ、それは元の場所に戻してきてくれ、いますぐ」
『え?』
何故か分からないがユーリは焦っている。私がどうかしたのかと驚いている間に、卵を浮かべている念動力に振動が伝わってきた。ちらりと目を向ければ卵にひびが入っており、そこから殻の一部が剝げ落ちて、黄金の瞳と目が合った。
『やっと出られる! そこの人間、出してくれてありがとな!』
卵の中にいる何者かの意思が飛んでくる。そしてそれは、次の瞬間派手に殻を破って外に出てきた。しかし念動力で捕まえてあるので上手く動けずじたばたともがき『何だこれ!?』と慌てている。
その姿はトカゲによく似ていた。全身を赤い鱗でおおわれ、立派な羽の生えたトカゲである。こういう爬虫類がこの世界に存在するのか、それとも。
「……火龍……」
呆然と呟くユーリの言葉でこれが火の龍であることが分かった。ゲームや漫画でよく見る通称“ドラゴン”である。小さくて火山猪よりも非力で念動力に捕らわれながら暴れるしかできていないこれは、人々に恐れられる存在らしい。
『やっぱりドラゴンなんですね、これ。まだオオトカゲくらいにか見えませんけど』
「君は何でそう動じないんだ……!?」
火龍という存在を知っているらしいユーリは大混乱、謎の力に捕らえられて動けないと思っている火龍も大混乱、この場で冷静なのは私だけである。
大変そうだなぁ、と思いながらとりあえずユーリが落ち着くのを待つことにした。彼が思考を整理して説明してくれないと、さすがの超能力者であっても異世界人には状況が分からないのである。
……そういえば、この龍は知性を持っているので会話が出来そうだ。思考が混乱して読み取れないユーリが落ち着くのを待つより、こちらを解放してやって話を聞いたほうが早いかもしれない。
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