第7話 破壊、そして衝撃
体の中に魔力の流れを阻害する塊があって、魔力を上手く外に出せていない。それを解決するにはどうすればいいか?
答えは簡単だ。その塊を壊したり、取り除いたりすればいい。
「いや、待ってくれ。体の中だぞ、どうやって壊すんだ? そもそも、体の中で魔石を砕けばそれが体内に残ってしまうだろう?」
『念動力で石を割ってアポートで取り出せばいいと思うんですよね。私にしかできなさそうですけど』
「……………………発想が……突飛すぎる……」
夕日色の目を覆う姿は今日一日で何度目だろうか。本当にそれが可能なのか、深く考え込んでいるようだ。
私は不可能ではないと思ったから、そう言ったのだけど。……まあ、理論的には、だが。問題がない訳ではない。
『体の中をいじることになりますし、いきなり人間でやるのは私もさすがに不安です。退治する魔物とかで試してからがいいかもしれません』
「……私はまだやるとは言っていないぞ」
『でも、結構前向きですよね?』
「うっ……いや、それは、そうだが」
ユーリは私の話に期待をしている。魔力がすべてのこの世界で自分の価値を否定され続けてきた彼は今、目の前に可能性を見たのだ。期待、しないはずがない。……私も、期待させたからにはそれに応えたい。
『貴方はこの世界で最初に私に手を差し伸べてくれた人ですから。すでに迷惑をかけた自覚もありますし、できる限り貴方の役に立ちたいと思ってるんですよ』
「…………ああ。やっぱり、くすぐったいな。君の気持ちは」
照れ臭そうに笑われたのだけれど、私はあまり自分の感情を自覚していないのでどう伝わっているのかよく分からない。まあ、好意であるのは間違いないし相手も嫌ではなさそうなのでいいのだろう。
『まずは実験が必要ですね。薄氷魚を捕ってきます』
「待ッ」
別に、薄氷魚がとっても美味しかったからとか、そういう理由ではない。魔物の肉は物理的に腹にたまらないので満腹感が得られなかったとか、そういう理由でもない。薄氷魚は巨大な魚だが体の半分は角で、骨が太いせいか可食部分は見た目ほど多くないとはいえ、それでも鮭を丸々一匹食べるくらいの量はあったのだ。足りなかったとかそういう訳ではない。
……いや、まだ入るけども。単純に場所を知っていて捕まえやすい魔物だから捕ってくるだけだ。他意はない。でも食材を無駄にしてはいけないからきっとあとで食べるだろう。このあとスタッフが美味しくいただきましたというやつである。
そういう訳で先ほどと同じように薄氷魚を一匹捕獲して戻ってきたら、ユーリが頭を抱えていた。
「……君は、人の話を聞かずに行動しすぎる」
『いやぁ、それほどでも』
「褒めてないからな。分かってるだろう」
勿論分かっている。けれど怒っている訳でもないのも分かっているのでこういう態度を取っているのだ。彼だって体内の魔石を取り除けるなら早くそうしたいだろうし、善は急げ、思い立ったが吉日なんていう「早ければ早い方がよい」ことを示す教訓も多いのだから、私は何も間違っていない。
『……そういえばこの魚、窒息しませんね。水から出てもずっとピンピンしてますし』
最初に持って帰ってきた一匹もそうだったのだが、捌かれる瞬間まで跳ねまわってずっと元気だったのだ。水中でなければ泳げないし攻撃もできないようで、某大人気モンスターゲームの「はねる」を繰り返すしかできない鯉モンスターくらいには無害だから問題もないが、仮死状態になってくれないと魔石化することもないだろう。
私としては、水揚げされた魚がいつまでもおとなしくならないという現象に納得がいかない。エラ呼吸じゃないのだろうか。
「空気中には魔力が漂っているからな。普通の魚ならともかく、魔物はそれで生きていける」
ちゃんと普通の魚も存在するらしい。普通と言ってもどうせ多少の魔力は帯びているのだろうけれど。この世界で魔力を全く持っていないのは恐らく私だけだ。
一応、空気というか酸素のようなものはこの世界にもあるのだろう。私が呼吸できているから、たぶん。さすがに空気中の成分までは超能力でも分からない。……魔力が漂っている空気、と聞いた時点で理解するのは諦めた。問題なく呼吸できればもうそれでいい。
『仮死状態にしたいんですよね。元の世界なら氷の中に入れるのがセオリーなんですけど……そもそも氷の魚なんですよね、これ』
「火で炙ればいい。加減を間違えたら丸焼きになってしまうが……」
『美味しそう……じゃなくて、分かりました』
宙に浮かべた薄氷魚を焚火の上に持ってきたが、薄氷魚は焚火で炙るには大きすぎる。なら発火能力で火を起こすか、と思ったところで視界が真っ暗になった。……これは、予知能力の前兆だ。
この瞬間だけは私も動くことができない。念動力で捕まえていた薄氷魚も落としてしまい、驚いて私の名前を呼ぶユーリの声も聞こえるが、それに反応をすることもできない。
真っ黒だった視界に、映像が浮かぶ。現実世界のことは何も見えないが、代わりに未来の映像が見える。そこには苦しげに呻きながら床に両手をつく姿のユーリが居て、その原因は――。
「ハルカ!! どうしたんだ、大丈夫か……!?」
『……ああ、はい。大丈夫です。ちょっと未来視が始まって……』
「未来を見たのか? たしか、それは君も操れない力だったな」
そう、予知は私が自由にできない能力だ。勝手に見えるし、その間現実の映像が見えないので動けない。これが魔物に襲われている間だったら最悪だな、と思う。
一応、あたりが見えないだけで能力は使えるのだけど。集中できないので加減が難しく、精度が落ちる。
私は念動力を常に纏うことでいわゆるバリアを張った状態でいるから自分の身は守れるが、それ以外、つまり他の誰かが傍に居ても守れないという訳だ。……意識が戻った時、傍に居た誰かが命を落としていたらと思うと少し、怖い。そんな状況にならないことを祈るばかりである。
「何を見たんだ?」
『あーユーリさんの未来ですね。うーん……今回の未来は、変えようと思えば変えられるんですけど……』
「……なあ、君から同情のような感情が伝わってくるのは気のせいか?」
気のせいではない。私はユーリをちょっとかわいそうだと思っている。けど、これを伝えても先ほど見た未来を変えよう、とは彼も思わないだろう。だから予知通りのことが絶対に起きる。
『えっとですね、私が提案した魔石を取り除く方法は可能みたいです。体への悪影響もないみたいですね。ただ、ユーリさんが耐えきれず
「………………それを聞いてやらないということはまずないが、とても不安になった」
『どれくらい痛いのか』と心配している彼の心の声が届くけれど、それは味わった本人にしか分からない。今回私が見たのは、結構先の未来だった。彼の魔力の流れは結構改善されていたし、会話からそれが何度目の“荒療治”であったかも分かっている。
『とりあえず、100回を目前にした回数経験しても慣れない痛みだったようです』
「…………あまり脅さないでくれ。怖くなってきた」
『でも、やるんでしょう?』
「……ああ。そのつもりだ」
ただ、痛いだけだ。私が見た未来によればそれ以外のデメリットはない。それで長年彼を苦しめてきた原因が改善されるなら挑戦するだろう。
この世界は魔力の色がすべてで、ユーリは自分の色に苦しめられてきた。……それを、変える方法があるのだ。今、彼の胸は期待と希望に満ち溢れている。
『とりあえず一回やってみましょうか。ユーリさん、座ってください』
「よろしく頼む」
地面に腰を下ろしたユーリの背後に周り、じっと彼の体の中を観察する。左腕の付け根あたりにある魔石が一番小さい塊だ。まずはそれから壊すことにしよう、と魔石部分の上に手を当てた。
未来視で見た時に取り出した石は本当に小さな、爪の先程の欠片だった。それと同じくらいの量を取り出してみるとする。……多分だが、これは壊す石が大きければ大きいほど痛い。
(魔石に神経みたいなものが通ってるっぽいんだよね……)
例えるならそう、麻酔無しで歯に穴を開けるようなものではないだろうか。私は常に念動力の壁を張って生きているので、怪我とは無縁、痛みというのもほとんど経験したことがないから正確には分からないのだけど。
超能力の制御がまだまだ覚束ない子供だったころ、歯医者の前を通りかかった時に治療に苦しむ誰かの悲鳴のような意思を受け取ってしまったことがある。私が直接痛みを覚えた訳ではないのだが、あの感情の体験はかなりきつかった。
しっかりと精神感応を遮断した上で、彼の体内にある魔石に念動力を使い、ほんのひとかけらを削り取る。
「っ゛ぅ……!??!!!」
欠片が体内を巡る前にアポートで手元に引き寄せた。私の手のひらの上には1㎜サイズもなさそうな小さな赤茶の魔石が現れる。そして、ユーリは予知で見た姿と同じようにその場に倒れこんだ。
『あの……大丈夫ですか?』
「…………心臓が止まるかと、思った」
少し震えながら顔を上げたユーリの綺麗な夕焼けの瞳には涙が滲んでいた。本当にとても痛かったようだ。彼のためであり彼自身が望んだこととはいえ、それなりに罪悪感のようなものを覚える。……いやしかし、彼のためだ。私は心を鬼にしてこの作業を繰り返すしかない。私はユーリを応援しよう。
『これ、取り出した魔石です。とても小さいですけど……そうですね、あと300回くらい続ければ完全になくなりそうです』
「くっ……気が遠くなりそうだ」
言葉では嫌そうだが、ほんの小さな魔石の欠片を見るユーリの心は喜んでいる。死ぬほど痛いけれど、それでも。自分の魔力の薄さに絶望し続けるよりはずっと良いのだろう。そういう気持ちが伝わってくる。
『もう一回いっときます?』
「………………………………いや。また、明日頼んでもいいだろうか」
長い沈黙と葛藤のあと、絞り出すようにそう言われた。……よっぽど痛いのだろう。一日一度が限界、という意思が伝わってきたので私も頷く。
元の世界の感覚でも一年近くかかる計算になるが、構わない。元の世界に戻る方法を見つけても、彼の魔石除去が終わるまでは付き合うつもりだ。この先住処を提供してくれて、面倒を見てくれる彼にはそれくらいの恩を返さなければならない。
『ユーリさんが望むなら、私もしっかりお手伝いします。容赦なくガリッと思いっきり壊していきますね』
「…………できるだけ優しく、頼む」
とてつもなく心の籠った「頼む」だった。優しくしようが思いっきりしようが痛みの強さは変わらないと思うが、できるだけ丁寧にやることを約束した。効果が出るのはまだまだ先だろうが、耐えた分だけ成果はでるはずなのだ。彼もそう思っているから、やめるという言葉がでてこないのだろう。
その時、突然。あたりが金色に輝きだして、私は驚きながら周囲を見回した。そして、沈みかけた太陽のような光が黄金に輝いて、あたりを照らしていることに気づく。
『……これ、夕日ですか?』
「ああ、そうだ。……何を驚いているんだ?」
『……私の世界の夕日と違います。こういう色には光らないので。毎日こんなに金色になるんですか?』
眩しくて夕日の方に目を向けられないが、世界が黄金色に染まるさまは圧倒される。さすが、異世界だ。
森も、川面も、ユーリの白い髪も、一様にきらきらと輝いてとても綺麗だ。焚火の上に落ちてからずっとぶすぶすと炙られている薄氷魚すら黄金に――――。
「薄氷魚が……ッ」
「……今更過ぎないか?」
思わず日本語が出てしまった。薄氷魚を落とした焚火は消えることなく弱火で薄氷魚をあぶり続けていたらしい。肝心の薄氷魚はといえばすでに事切れており、その体表には魔石が浮かび上がっていて、どう見ても食べられる状態ではなかった。火がそばにあったのが悪いのか、魔石の進行がはやすぎる。……少し悲しくなった。
「食べられはしないが魔石としては使えるし、火山猪の肉もしっかり保存できる。無駄にはならない」
『……そうですか……』
「…………ところで、君の世界の夕日はどんなものなんだ?」
ユーリが話題を変えて私の気を逸らせようとしてくれたのが分かった。薄氷魚のことは残念だが、そこまで落ち込むことでもないのですぐに気持ちを切り替える。
私の世界の夕日は赤だ。丁度、彼の瞳のような色に燃えて、空を赤く染めていく。
『私の世界の夕日は……ユーリさんの瞳みたいな、綺麗な赤色に染まります。こちらとは全然違いますけど、本当に綺麗ですよ。私の好きな色です』
彼の瞳の色も綺麗だと思っていたのだ。太陽を直視すれば目を痛める恐れがあるので、千里眼で眺めることが多かった。……世界の夕日を巡る千里眼ツアー、なんてものをやったこともある。いい思い出だ。
「……ハルカ……」
『……え、はい……どうしました?』
ユーリは片手で目を覆う、何度も見かけた姿で俯いている。しかし彼から伝わってくる感情は、なんというかかなり恥ずかしそうで、落ち着かない気分であるらしく、一体どうしたのかと驚いた。
「瞳の色を褒めるのは、恋愛的な好意を伝える言葉だ。……この国特有の習慣だから君に他意がないのは分かるんだが、急に告白されたようで驚いた」
『すみません。純粋に綺麗だなって思っただけなんですが……』
「……頼む、もう褒めないでくれ。落ち着かない気分になる」
彼の戸惑いがよく伝わってくる。……誰にも、それこそ親にすら褒められずに育ったから、好意のある言葉が余計に強く響くのだろう。
でも、慣れていないだけで嫌な訳ではなく、むしろ嬉しいのだというのも分かる。手を離したことで見えるようになった顔は少し赤くなっているようだが、悪い反応ではない。だから私は、彼に感謝と褒め言葉をどんどん伝えていこう、と心に決めた。
「……君、いま、何か良からぬ計画を立てなかったか?」
『気のせいですよ』
「気のせいじゃないじゃないか……!?」
精神感応によって私の思考が筒抜けになっているせいで褒めまくろうとしているのがばれたが、問題ない。本気で嫌がっていたら私だってやらないけれど、感情が伝わっているのだから本心が言葉と別であるのは分かっている。
『私、ユーリさんのためにできることは精一杯頑張るつもりです。安心して身を任せてください』
決意を新たににっこりと笑って見せたのだが、ユーリの方は心なしか笑顔が引きつっていた。……精神感応で心が分かる分、嫌がることだけは絶対にしないのに何故怯えるのか分からない。人間の感情って難しい。
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