第192話 細川忠興

 大坂城の西側を守る軍の大将である吉清は、変化のない戦況の中で漠然と時を浪費していた。


 最初の数日は力攻めがなされていたが、真田昌幸や島津義弘の守る大坂城が強固な城であることがわかると、一転して包囲されたまま動きがなくなった。


 おそらくは兵糧攻めをしているのだろうが、おかげで兵の消耗は避けられている。


 このまま適当に過ごしているだけで、清久が江戸を攻め落としてくれないものか。そうしたら、楽に決着がつくのだが……。


 吉清がそんなことを考えていると、城内の物資を管理している荒川政光がやってきた。


「殿、お耳に入れて頂きたき儀が……」


「どうした」


「兵糧の残りが少のうございます」


「なに!?」


 現在、大坂城には木村方の軍6万2000の他、城内に残る豊臣家臣や侍女、大坂にいた徳川方の大名の家臣や人質。その他奉公人や下人も収容しており、非戦闘員の数も合わせて10万近い人数が篭っていた。


 また、高山国からやってきた木村軍が思うように補給できなかったことも大きかった。


 関門海峡や瀬戸内を迂回したことで、本来寄港するはずだった宇喜多領に備前で補給ができなかった。


 代わりに外海から土佐を経由することとなったが、急遽決まったこともあり、土佐ではろくに補給できずにいた。


「今のままでは、あと二月ふたつきほどで兵糧は尽きるかと……」


 2ヶ月間となると、長いようで短い。


 終わりの見えない籠城戦。こちらの寿命を見せられている気がして、吉清はなんとも言えない気持ち悪さを覚えた。


「……とにかく、何がなんでも兵糧を保たせるのだ。ここまで戦ってきたのだ……兵糧切れで負けたとあってはシャレにならん……」


 吉清からの命令で、兵たちの食事はそれぞれ三分の二にまで減らされ、武士たちにも糧食の濫費は控えるよう通達が出されるのだった。






 大坂城の北側。この地で大将を務める立花統虎は、言い様のない違和感を感じていた。


 かつて、九州制覇をなさんとする島津軍に攻められながらも、秀吉の九州征伐まで持ち堪えた時に似た、なんとも言えない高揚感が全身に漲ってくる。


 辺りを見回すと、徳川方の布陣する地の奥から、何かが迫ってきているのが見えた。


「あれは……」


 旗に描かれた、九つの黒丸。九曜と呼ばれる家紋には見覚えがあった。


 間違いない。細川忠興だ。


 細川軍が迫るにつれ、徳川方は混乱が広がっていく。


 陣が動き、兵たちが忙しそうに持ち場を離れて動いていくのがわかる。


 鉄砲の音。喧騒。これらすべてが、徳川陣の後方で戦が始まったことを知らせていた。


(細川殿が戦っている……こちらに合わせろということか……?)


 すぐさま北側の門を開けると、立花統虎は2000の兵を連れて飛び出した。


 立花軍につけられた木村家臣の前野忠康が叫んだ。


「立花様!」


「準備が整い次第、前野殿も出陣してくれ! この戦、大きく動くぞ!」


 そうして、立花統虎は颯爽と城から出撃するのだった。




 細川軍5000を率い、細川忠興は加藤嘉明、井伊直政軍の背後を強襲していた。


 4000あまりの兵を率いていた井伊軍は背後を突かれ抵抗もできぬまま倒されていく。


「世に名高き赤備えといえど、背後を突かれてはどうにもならぬか……」


「殿! 立花軍が門を開け、こちらに向かってきております!」


「おお、さすがは立花殿。この機を見逃さず、攻めてきてくれたか!」


 前門の立花。後門の細川。両軍に挟まれた徳川方は、逃げるように散っていった。


 残った兵を遅れて参陣した前野忠康が掃討する傍ら、立花統虎が細川忠興の元にやってきた。


「細川殿! 援軍、まことにかたじけない」


「なあに、此度の戦いは、立花殿が合わせてくれたからできたこと! 他の者ではこうはいくまいて」


 顔を見合わせ、二人は笑みを溢した。


「細川殿も大坂城に入られるのですか?」


「いや、籠城していると聞いたのでな。兵糧を持ってきたのだ」


「おお、これはかたじけない……!」


 木村家筆頭家老である荒川政光の話によると、切り詰めたとしても兵糧は残り3ヶ月ほどしかないとのことだった。


 それだけに、細川忠興の持ってきた兵糧は、喉から手が出るほど欲しいものであった。


 さっそく立花統虎は家臣に指示をすると、城への搬入を始めた。


「聞くところによれば、兵やら人質やら、諸々合わせて10万人はいるというではないか。……そんな中に我ら細川軍まで入っては、兵糧の減りも速くなってしまおう。

 ……ゆえに、我らは城に入らず、背後から徳川を脅かそうと思う」


「おお……城を囲む徳川の背後を細川殿が脅かしてくれるというなら、こちらも戦いやすくなるというもの……! 重ね重ねかたじけない……!」


 二人に笑みが溢れる中、斥候が息を切らせてやってきた。


「申し上げます! 徳川の援軍がこちらに向かってきているとのこと!」


 立花統虎と細川忠興は互いに視線を合わせて頷くと、立花軍は城へ。細川軍は城とは反対側に軍を動かすのだった。






 大坂城の北側で起きた戦況の変化は、すぐさま家康の元に伝えられた。


「申し上げます! 大坂城の北側を包囲していた加藤嘉明、井伊直政軍の元に細川忠興が攻め寄せました! 城方の立花統虎がこれに呼応し、徳川方は散々に打ち破られたとのこと」


「なっ……なんじゃと!?」


 この話が本当であれば、北側は大変なことになっているだろう。


 井伊直政に預けた徳川兵は赤備えと呼ばれる精兵の集まりだが、今回は相手が悪い。


 細川忠興といえば、かつては蒲生氏郷と共に信長に認められた器量人であり、豊臣政権下では多くの戦いで功を立てた剛の者である。


 そして立花統虎も、秀吉をして鎮西一の剛勇と言わしめた男である。


 いかに井伊直政率いる赤備えといえど、奇襲の上両者に挟み撃ちされれば、ただでは済まないだろう。


「秀忠、3万の軍を率い、至急北側の救援に向かえ」


「はっ!」


 秀忠の背中を見送り、家康はなぜ細川忠興がやってきていたのか考えていた。


 聞くところによれば、細川忠興は石田三成と共に戦うことを嫌って山陰の戦いに加わっていたはずだ。


 亀井茲矩が高山国から山陰の領地に戻ったのなら、戦力にも余裕ができるため、細川忠興が畿内に戻るのも理解できなくはない。


 しかし、その場合、山陰で戦っていた徳川方の武将は亀井茲矩の上陸を許したばかりか、細川忠興が畿内に戻ることを見過ごしたことになる。


「いったい誰じゃ! 山陰で戦っておるのは!」


「はっ、たしか──」






 亀井茲矩の軍と向かい合った吉川広家は、戦の最中だというのに落ち着いた様子で食事をとっていた。


「しかし、良いのですか? 毛利宗家の了承を得ずに木村方に寝返ってしまって……」


「構わぬ。今さら報告をしたところで、もう遅いわ」


 吉川広家の見立てでは、この戦は木村吉清が勝つと見込んでいた。


 毛利輝元や小早川秀秋は木村吉清と確執を抱えるため、今回は徳川方についたにすぎず、それらを抜きにすれば、本来は木村方につくべきなのだ。


 そのため、吉川広家は輝元に隠れて木村方につくべく暗躍していた。


「細川殿と約束を取りつけたのだ。……この戦い、木村方が勝った暁には、毛利家を本領安堵してくれるとな……」


「しかし、玄界灘では毛利・小早川水軍が木村水軍と衝突しました。これで本領安堵というのは、さすがに虫が良すぎるのでは……」


「なればこそ、儂の寝返りで帳消しにするのではないか」


 広家のいってることもわからなくはないが、果たしてそれを木村吉清は認めてくれるのだろうか。


 顔色を曇らせる家臣を尻目に、広家がニヤリと笑った。


「戦が終われば、毛利の大殿も、小早川の小僧も、皆が儂に感謝することだろう。儂の寝返りのおかげで、毛利に被害が及ばずに済むのだからな……!」






あとがき

伊達エルフ政宗

木村バーバリアン吉清

細川ウーバーイーツ忠興←new!



明日は二話分投稿します。

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