第183話 軍議

 大坂に残っていた御宿勘兵衛率いる木村軍5000。それに加え、大津城を攻めていた立花統虎率いる立花軍2000に、荒川政光率いる木村軍5000。関ヶ原の戦いで敵中突破を果たした島津軍数十名。


 そこに吉清が高山国から連れてきた5万の兵。合わせて6万2000の兵で大坂城に篭もると、守備隊の配置を決めるべく軍議が開かれた。


「さて、どこへ配置したものか……」


 大坂城の縄張りの描かれた図面を広げ、吉清がううむと首をひねる。


「各将の配置を決めるというのなら、まずは城の南側から決めた方がよろしいでしょう……」


「なぜじゃ?」


 曽根昌世がなぞるように大坂城の周囲を指した。


「大坂城の北には淀川が流れており、東に平野川、西には木津川が流れており、まさしく天然の要害となっております……。それに対して、南側は堀を巡らせたのみとなっており、三方と比べてあまりに脆弱……。

 守りが薄いとあっては、敵の攻撃も激しくなろうかと……」


「最も攻撃の激しくなろう南側を誰に守らせるか……。それ次第で、この戦の趨勢(すうせい)が決まるというわけじゃな」


 曽根昌世が頷くと、吉清がこの場に集まる面々を見渡した。


 その中で、一際ひときわ士気の高い立花統虎が手を上げた。


「此度の大役、どうかそれがしにお任せいただきたい。……大津城での戦いに出向いたおかげで、徳川本隊とはついぞ戦うことができませなんだ……。今こそ我らが先陣に立ち、徳川兵を蹴散らさんと戦う覚悟にございます!」


 立花統虎はこの時代で誰もが知る戦上手であり、秀吉の九州征伐直前まで島津軍を相手に戦ってきた男だ。


 慶長の役で明に出陣した際は、立花統虎の武勇を後方で何度も耳にしてきた。


 しかし、奇襲や野戦の実力は高いものの、籠城戦に関する戦歴を聞いたことがなかった。


 はたして、立花統虎に任せてよいものか……


 吉清が考え込んでいると、島津義弘が手を上げた。


「そげん面白そうなところ、おいに任せてくれ。徳川ん猛者と再び矛を交えらるっとあっては、血が滾るわ!」


 島津義弘が鼻息を荒くする。


 これまで、義弘は九州の大部分を収めた島津義久に従い、多くの戦いを勝利に導いてきた。


 木崎原の戦いでは寡兵で大軍を打ち破り、耳川の戦いでは大友軍に甚大な被害をもたらした。

 義弘は島津を九州の覇者たらしめた実力者であり、その実力は誰もが認めるところてある。


 しかし、吉清の知っている島津義弘の強さは、攻めに回った強さに依るところが大きい。


 野戦においては釣り野伏せや捨てがまりといった有名な戦術も多く残しているが、籠城戦でも同じような戦いを期待してもよいのだろうか。


「ううむ……」


 立花統虎に島津義弘。どちらも十分な実力を持ち、名将であることに疑いの余地はない。

 だが、こと守りを任せるのなら、どちらに委ねるべきなのか。吉清は決めかねていた。


 ……いっそのこと、曽根昌世と共に自ら南側の守備についてしまおうか。


 吉清がそう考えた時、軍議の場に豊臣家の小姓が現れた。


「木村様にお目通りを願いたいという者がいらしております」


「誰じゃ」


「それが……真田昌幸様を名乗る者にございます」


「……なに!?」


 真田昌幸といえば、関ヶ原の戦いでは上田城に篭り、徳川秀忠の軍勢を相手に足止めをしたはずだ。


 それが、なぜ今大坂に来ているのか。


 いや、この際理由はどうでもいい。今はただ、この場に真田昌幸が来てくれただけで心強い。


 吉清はただちに目通りを許すと、真田昌幸を迎え入れた。


「これはこれは真田殿……よう参られました」


「はっ……」


 昌幸が会釈をする。


「しかし、真田殿は上田で秀忠軍の足止めをされていたと聞きましたが……」


 真田昌幸はこれまでの経緯を説明した。


 秀忠軍を足止めしたこと。秀忠軍が遠回りをしていたので、家康の背後を突くべく先回りをしたこと。ところが、関ヶ原の戦いが予想より早く終わってしまったこと。


「家康の背後を奇襲することこそ叶いませなんだが、徳川を討たんとする気概は誰にも負ける気はありませぬ。……どうか、木村様の率いる軍の末席に加えていただけますよう……」


 昌幸と共に信繁が頭を下げる。


「顔を上げて下され」


 昌幸の目を見て、吉清はそっと笑みを浮かべた。


「真田殿のお気持ち、ようわかり申した……。危険を承知でこの場に馳せ参じてくれた真田殿の心意気、何よりもありがたい……!」


「それでは……!」


「その上で、それがしからお願い申し上げる。……どうか我が軍に加わり采配を振るっていただきたい。

 最も敵の攻撃が激しくなる大坂城の南側……ここを守れるのは、あの徳川を相手に二度も翻弄した真田殿をおいて他にはおりますまい!」


 吉清がその場の面々を見渡すと、立花統虎が納得の人選だといった風に、島津義弘が不服ながらも異論なしといった様子で頷いた。


 諸将の同意を得て、昌幸が深く頭を下げた。


「はっ、謹んでお引き受けいたします」





 軍議の結果、大坂城南側の守備に真田昌幸が。

 東側の守備に島津義弘が。

 北側の守備に立花統虎が。

 西側の守備に木村吉清が入ることとなった。


 東西南北それぞれの大将に指揮権を委任する形で、木村軍からそれぞれ将兵が預けられた。

 南の真田昌幸には大道寺直英率いる1万5000が。

 東の島津義弘には御宿勘兵衛率いる1万が。

 北の立花統虎には前野忠康率いる1万がつけられた。

 吉清は西側の守備をするものの、総大将として席を外すことも少なくない。

 そのため、曽根昌世に副将を任せ、西側守備軍の事実上の大将として1万2000の采配を任せた。


 残る8000は予備として大坂城本丸に残し、後方支援をすると共に大坂の大名屋敷に残った徳川方の武将や大名の妻子の監視にあたらせた。


 人質の監視、城内に残る豊臣家臣のまとめ役や、兵糧や火薬等の物資の管理を荒川政光に一任し、これにて大坂城守備隊の配置は決まるのだった。

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