第172話 薩摩→鍋島領 肥前

 吉清の尽力で大名に復帰した男、宇都宮国綱は、豊後の地に領地を持っていた。


 2万石という石高を持っているものの、今回は相手が悪かった。


 国綱の居城を包囲する黒田如水の軍を眺め、ぞくりと背筋が震えた。


 秀吉の天下取りを大いに助けたとされる名将が、今まさに自分の城に攻め込んでいる。


 他の木村方の大名に援軍の要請をしたものの、いずれも1万石の大名ばかりで、戦力としては心許ない。


(木村様が勝つまで、ここをしのぎ切れるかどうか……)


 そんな淡い期待を寄せながら、黒田勢に包囲された城に篭もる宇都宮国綱の元に、一通の書状が送られてくるのだった。






 鍋島領肥前に立ち寄った吉清は、大軍を維持するだけの水や食料を補給していた。


 そんな中、鍋島家の家臣から戦況を聞かされたのだが。


「そこまで酷いのか……」


 小早川軍1万5000、毛利軍2万が動員され、北九州では徳川方の勢力が猛威を振るっていた。


 主が不在の立花領では居城である柳川城を包囲されており、鍋島領も有馬、松浦の援軍でようやく持ち堪えているに過ぎず、立花領に援軍も送れないのだという。


 北九州の木村方大名が窮地に追い込まれる中、吉清がニヤリと笑った。


「しかし、これは始めから予想できていたこと。我が軍がここに立ち寄ったのも、貴殿らを助けるためよ」


「では……!」


「フフフ、大坂へ向かう道すがらに、小早川、毛利の港を焼き尽くしてくれよう」


「おお、それは実に頼もしきことにございます!」


 そうして、気を良くした鍋島家臣たちにより、吉清は歓待を受けるのだった。






 鍋島領を離れ、博多沖の玄界灘げんかいなだまで差し掛かると、巨大な船の大軍が待ち構えていることに気がついた。


「なんだ、あれは……」


 物見の者が目を凝らす。


 相手の船は、どうやら木村家が使っている物と同じくガレオン船らしい。


 大きく広げられた帆には、自身の所属を知らせるように毛利の家紋が描かれていた。別の船には小早川の家紋も見える。


 すかさず物見の者が声を張り上げた。


「お頭! 前方に毛利と小早川の船が待ち構えてます!」


「なに!?」


 梶原景宗が、すぐさま吉清の旗艦である富嶽に文を送りつける。


 文を読んだ吉清の声が裏返った。


「なんじゃと!? 毛利と小早川の水軍が待ち構えておるとな!?」


 すぐさま戦の構えを取るべく、他の船に指示を送る。


「ここを越えねば、宇喜多領での補給ができぬ……。者ども、ここが正念場じゃ!」


 こうして、博多沖、玄界灘げんかいなだでの戦いが幕を開けるのだった。






 木村水軍と毛利・小早川水軍の戦いが始まったという報せは、毛利で一軍を率いる毛利秀元の元にも届けられた。


「そうか……いよいよ木村との戦が始まったか……引き続き、木村の動向を知らせよ」


 使いの者が頭を下げると、秀元の前をあとにした。


 毛利家が誇る自慢の水軍が負けるとは思わないが、木村吉清はあの家康を二度も退けた男である。


 一筋縄ではいかないのは間違いないだろう。


 このまま水軍で勝てればそれで良し。勝てなければ──


「こちらに来ることはないと思いたいが、はたして……」


 西の海に目を向け、毛利秀元は未曽有の敵を相手にする毛利水軍に思いを馳せるのだった。

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