第169話 石巻 大坂

 吉清の命令で奥州に入ると、清久は石巻の港を見渡した。


 町では木村時代にはなかった豊臣の家紋をよく見かける。


 清久がううむと首を傾げた。


「父上から軍を興せと言われたが、石巻は当家の領地ではない、豊臣家の直轄地──太閤蔵入地だ。勝手に徴兵して軍を興してもよいものか……」


「そのような心配は、戦に勝ってからしてくだされ。戦に負けては、そのような心配をするどころではなくなりますゆえ」


「……それもそうだな」


 四釜隆秀の後押しで徴兵を始めると、1万もの軍を集めることに成功した。


 今は木村領ではなくなったとはいえ、木村家が10年近く統治していた土地である。


 太閤蔵入地となってからも木村家の者が代官を務めており、木村時代と支配構造が変わっていなかったことが幸いした。


 集めた軍を寺池城に移動させると、北から最上や伊達に睨みを効かせた。


 そうして伊達の動きを封じつつ、吉清の口添えで旧領に返り咲いた大崎義隆や、北奥州の大名たちにも参陣を呼びかけるのだった。






 一方、大坂を拠点に、宗明は畿内で兵を集めていた。


 北庄から連れてきた者たち。大老から命じられ、城の改築や寺社の普請を行なっていた者たち。


 元々、浪人や口ぶちに困った者たちが大部分を占めていたこともあり、宗明が参陣を命じたところ、3万人近くの兵が集まった。


「戦と聞いて逃亡した者も少なくないと聞いていたが、これほど集まるとは……」


「ひとえに、殿の人徳の賜物にごさいますな」


 真田信尹がうんうんと頷く。


 徳川からの嫌がらせで申しつけられた普請であったが、金を惜しまず民を雇い続けた甲斐があるというものである。


 大坂城に兵を集める宗明の元に、続々と反徳川を掲げる者たちが集まってきた。


「此度は徳川を潰す、千載一遇の好機だ。我ら奉行は、木村殿に協力を惜しまん」


「おお、石田殿!」


「現状、徳川とまともにやり合えるのは木村殿を置いて他におるまい」


「微力ながら、我らも力を貸すぞ」


「大谷殿に立花殿まで……!」


 木村方につくと言ってくれる大名が多いことに宗明が胸を熱くさせていると、長束正家が辺りを見渡した。


「そういえば、細川殿は来ておられぬのか?」


 細川忠興の領地は丹波にあり、大坂まで数日の距離にある。


 他の者ほどではないにせよ、いち早く参陣するものと思っていたのだが……。


「それが……細川殿は石田殿と共に戦うことを嫌がり、毛利の抑えをすると言って山陰に向かいました!」


「なに!?」


 あまりに身勝手な行動に、その場に居た誰もが呆れ返った。


 細川といえば、木村陣営に参加することをいち早く表明した大名である。


 その細川がこの場に来ないとは……。


 木村方に参陣する大名たちが動揺を見せる中、宗明は一人腹を押えていた。


(ああ、胃が痛い……)


 吉清から大坂という重要拠点を任され、宗明は内心胸を踊らせていた。


 大坂を任せるということは、吉清がそれだけ自分に期待してくれていること。そして、武功を稼ぐまたとない機会である。


 だが、大名たちをまとめるというのが、これほど大変なことだったとは、思いもしなかった。


 軍を集めた宗明は、早くも気が滅入り初めていた。


 これは大変なところを任されてしまったかもしれない、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る