第164話 南蛮貿易制限令

 木村吉清は南蛮貿易で最も多くの利益を出した大名だった。


 一方で、二番目に利益を出した大名、亀井茲矩は輸出品目の見直しを行なっていた。


「生糸に銀、刀……主にこれらを南蛮貿易で輸出していますが、他にも何か輸出できるものが欲しいところですな」


 話を聞いていた吉清が口を挟む。


「それなのだが、わざわざ交易品を探す必要もないのではなかろうか」


「……といいますと?」


「亀井殿の領地、台南はシャムや天竺と明を結ぶ貿易の中継地として栄えておる。……それゆえ、明で物を買付け天竺に売りつけ、天竺で買付けたものを明に売りさばけば、利ざやが稼げるのではなかろうか」


 亀井茲矩が目を見開いた。


「おお、それは名案! さっそく家臣たちに命じておきましょう!」


 そうして貿易の話をしながら茶を飲んでいると、小姓の浅香庄次郎が駆け足でやってきた。


「た、大変にございます!」


「どうした」


「五大老の命により、南蛮貿易を制限するとのことにございます!」


「なに!?」




 慶長7年(1602年)3月。五大老の命により、南蛮貿易制限令と呼ばれる法令が布告された。


 表向きの理由としては

『室町幕府以来、大陸との交易は勘合を持つ者にのみ行なわれてきた。昨今は大名や商人たちが無断で貿易をしているので、許可なく貿易をした者を取り締まる』

 というものであった。


 書状に書かれた内容を読み、吉清はため息をついた。


「要するに、南蛮貿易をするのに大老の許しが必要になったということか……」


「されど、朱印状を発行してもらうには五大老のうち、少なくとも三名の許しを得なくてはなりませぬ。しかも、利益の一割を豊臣家に上納しなくてはならないと……」


 表向きは豊臣家に上納するということになっているが、家康が木村征伐で被った赤字を補填するために豊臣家から金を借りていることは知っている。


 ということは、この上納金も巡り巡って家康の手に収まるということか。


 ……それはあまりに面白くない。


 吉清が策を巡らせていると、亀井茲矩がギョッとした。


「…………何か、悪いことを考えている顔をしていますな」


「人聞きの悪いことを……」


 吉清がニヤリと笑った。


「儂も朱印状を発行するぞ。……誰のおかげで南蛮貿易ができるのか、奴らに教えてやらねばなるまいて」


 さっそく荒川政光に命じると、ルソンや高山国といった木村領の通航を許可する朱印状の発行を吉清は開始するのだった。






 大老のみならず木村家も朱印状を発行するという話は、南蛮貿易を行なっていた商人の元にたちどころに広まるところとなった。


 木村家と懇意にしていた商人、原田喜右衛門が木村家の朱印状の内容を見て驚愕した。


「木村家の朱印状を発行してもらうには、大老の朱印状を破棄せねばならないだと!?」


 木村吉清が現大老と険悪な関係にあるのは周知の事実である。


 だが、それがこのような形で飛び火しようと思わなかった。


「私がこの朱印状を貰うのに、どれだけ賄賂を贈ったと思っているのだ……」


 とはいえ、原田喜右衛門の商家が発展できたのは、木村吉清と協力してきたことが大きい。


 吉清が勢力を拡大するのに従って販路を伸ばし、支店を広げ、莫大な利益を得てきたのだ。


 その吉清と敵対するということは、南蛮では生きていけないことを意味している。


 賄賂を支払った分、損をしてしまうのは手痛いが、吉清がそう命じるのなら仕方がない。


 そうして、原田喜右衛門は木村家の朱印状を手に貿易を行なうのだった。




 一方、徳川の御用商人である茶屋では、あくまで五大老の朱印状を用いて南蛮貿易を行なうこととした。


(木村様の領地を避け、亀井様の領地で交易を行なわせた。木村様の領地は通らないのだから、これなら問題あるまい)


 茶屋四郎左衛門がうんうんと頷く。


 そんな中、茶屋の商船が倭寇に襲われたとの報せが入るのだった。




 襲われたのは木村領の沖合、台北と琉球の中間地点だった。


 事態を重く見た茶屋四郎左衛門は、木村家の屋敷に抗議に行った。


「当家の船が沈んだのは、木村様の領地の沖合にございます! これはいかなことにございますか!」


「そのようなことを言われても、南蛮に倭寇が出るのは今に始まった話ではあるまい」


 吉清がとぼけた顔をする。


「されど……かの地は木村様が治めて10年は経ちます。そのようなところで倭寇が野放しとなっているのは……」


「海は広い。倭寇はあらかた狩ったはずじゃが、取りこぼすこともあろう」


 やはり、木村吉清はあくまで倭寇の仕業と言い張るのか。


 木村吉清が直接手をかけた証拠はないため、これ以上は責めようがない。


 茶屋四郎左衛門はがっくりと項垂れるのだった。




 茶屋と同じく、五大老の朱印状を用いていた商船は、倭寇によりことごとく襲撃を受けた。


 事態を収拾するべく、五大老が吉清に治安の維持を命じるも、吉清はこれを拒否した。


「大老側で朱印状を発行するくらいなのだから、当然、南蛮貿易の全容は手中に収めていよう。当家の出る幕ではない」


 そう主張し、あくまで大老側に責任があるとした。


 吉清の言い分を聞いた毛利輝元が憤った。


「徳川殿、我が毛利水軍を高山国へ送らせてくれ! 必ずや倭寇どもを根絶やしにしてくれる!」


 家康が首を振る。


「そんなことをしても、倭寇に扮した木村の水軍と戦う羽目になるだけじゃ」


 木村家の水軍は、西洋の最新技術が詰め込まれた船に、倭寇の残忍さを持ち合わせている。


 瀬戸内で栄えた毛利の水軍がいかに多かろうと、所詮井の中の蛙である。


 大老側に打つ手がなくなると、南蛮貿易制限令がただちに撤廃された。


 この騒動により、南蛮貿易を制限することによって主導権を握ろうとする大老側と、それに従わない吉清とで、豊臣政権内の対立は決定的なものとなるのだった。

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