第133話 伏見騒動
吉清が大坂の前田屋敷に入った一方、清久は伏見の徳川屋敷にやってきていた。
吉清からの命令で徳川方につき、あわよくば首尾の報告をしろと言われていたのだが。
(…………居心地が悪い)
前田贔屓で知られた吉清の嫡男が徳川方についたとあって、多くの者は木村からの間者と見ているようだった。
家康の元に挨拶に行くも、
「木村殿があちらへ着いたのは残念じゃが、こうして清久殿がこちらについて下さり嬉しい限りじゃ」
言葉こそ穏やかだったが、家康の目は笑っていなかった。
(やはり、敵だと思われているのか……)
徳川屋敷では、門や塀の改築や、櫓の建設、堀を、柵まで設置し始めていおり、戦仕度をしているように見えた。
そんな中にあって、清久の姿を見ると声をひそめる者や、陰口を叩く者が跡を絶たなかった。
そんな状況で居場所があるはずもなく、庭先で所在なさげに佇む清久に、知っている顔が近づいてきた。
「…………木村の嫡男が、こんなところへ何しに参った」
「義父上!」
「義父上と呼ぶでない!」
目立たぬよう小声で怒鳴る義光に、清久は初めて顔を綻ばせたのだった。
一方、大坂の前田屋敷でも戦仕度が進められていた。
前田と徳川、どちらが多くの大名から支持を得ているか。どちらの動員力が上なのか、競うように屋敷の要塞化が進められた。
集まった大名こそ前田の方が多かったが、あまりの数に前田利家自身も持て余し気味であった。
また、同じく大老である毛利輝元や上杉景勝、宇喜多秀家とも話を通し、合議をしなくてはならない分、徳川に比べ意思決定が遅れていた。
徳川方が戦仕度をしていると聞き、前田屋敷でも戦仕度を進めているものの、連携が取れなかったり、大名たちの士気に温度差があるせいか、まとまりを欠いている。
割り当てられた堀を掘る傍ら、真田昌幸は辺りを見渡した。
「……………………」
豊臣の行く末を憂いている者も少なくないが、単純に人が多いので流されて集まった者。徳川憎しで前田の元に集う者も多く見受けられた。
問題は、集まった大名たちを前田がまとめきれていないことだった。
反徳川を大義名分に掲げている以上、徳川と同じように強権をもって束ねることはできない。
大老という権威を使おうにも、他の大老たちが居る手前、大きく出られない。
利益で釣ろうにも、行き過ぎれば徳川と変わらなくなってしまう上、長期的には使えない方法だ。
今は前田利家の人望でまとまってはいるものの、利家の死後、それが瓦解することは目に見えていた。
嫡男の利長では経験不足で、海千山千の家康相手ではいささか頼りない。
ましてや、利長が家康と張り合えるほど成熟するまで、家康は悠長に待ってはくれないだろう。
前田は反徳川を掲げるがゆえに、徳川と同じく専横や強権に手が出せず、自縄自縛に陥っている。
このままでは前田に先がないな、と真田昌幸は思うのだった。
密かに大老や奉行衆を招集すると、前田利家は状況の確認をした。
「……家康は何と申しておる」
「島左近が暗殺をしようとしたの一点張りで、聞く耳を持ちませんな」
「三成をはじめ、奉行衆が謝罪しなくては話にならぬと……」
奉行衆からの報告を聞き、利家が神妙な顔をした。
「家康め……」
ここで謝罪してしまっては、家康をつけあがらせるだけだ。
わかってはいたが、利家の中では潮時だと思っていた。
集まった大老や奉行たちを見渡し、利家が呟いた。
「頃合いか……」
「ど、どういうことにございますか?」
「家康と和睦を結ぶぞ」
「なっ……」
大老たちが、奉行たちが、信じられない様子で利家を見つめた。
「家康とて、これしきのことで天下を取れるとは思うておるまい。此度の騒動は、前田と徳川のどちらが多くの大名を味方につけられるか、力比べをしておったのよ。
そしてこの勝負、徳川に反感を持つ大名の多くを集めた、我らの勝ちぞ」
突如勝ちを宣言する利家に、納得のいっていない奉行たちがざわめいた。
多くの大名を味方につけたのなら、この勢いに乗って家康を倒せばいい。
そうしないのは、できないのは、どういうことなのか。
そんな中、利家の青白い顔を見た三成が、何かに気がついた。
「…………まさか」
「うむ。近頃は身体の具合が悪くてな……。このままいたずらに時を浪費していては、儂の寿命の方が先に来てしまおう。……そうなってからでは遅いのだ」
「……承知しました」
三成をはじめ、奉行衆が家康に忍びを送ったことを謝罪すると、家康も矛を収め、両家の臨戦態勢が解かれた。
大名の数こそ前田が優ったものの、統率や結束力においては徳川が優った。
また、大名同士の婚姻もなし崩し的な形で認められることとなり、伏見騒動は事実上家康の勝利で幕を閉じたのだった。
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