第134話 石田三成襲撃 前編
前田利家が危篤との報せを受け、三成は奉行衆を集め、今後の作戦会議を行なっていた。
大谷吉継、小西行長、木村吉清といった、名だたる参加者を見渡し三成は口を開いた。
「前田様亡き後、家康の専横が増すことは間違いないだろう」
「大名同士の婚姻も、結局はのらりくらりと躱されたことだしな……。これから、もっと大きなことをするに違いない」
と小西行長。
一同が頷く中、大谷吉継が尋ねた。
「木村殿はどう思う?」
「ううむ……。それがな、どうも胸騒ぎがするのじゃ」
「胸騒ぎ?」
「何か、重大なことを見落としているような、忘れてしまったような、そんな気がするのじゃ。…………ここまで出かかっておるのじゃがのぅ……さて、何じゃったか……」
三成や吉継が顔を見合わせた。
わずか一代で100万石にまでのし上がった吉清の才覚は、誰もが認めるところである。
その木村吉清が胸騒ぎがすると言っているのだから、何か起こるに違いない。
辺りに重い空気が漂うと、耐えきれなくなったのか小西行長が盃を掲げた。
「まあまあ、そう暗い話ばかりしていても仕方あるまい。……此度は志を同じくする者が一堂に会したのだ。まずは飲もうでなないか」
行長が音頭をとると、皆が盃をあおった。
吉清の盃が空になったのに目をつけると、大谷吉継が酒を注いだ。
「これは大谷殿、かたじけない」
「なに、これくらいわけな──あっ!」
大谷吉継の手からとっくりが滑り落ちると、吉清の着物に酒を溢してしまった。
「す、すまぬ。手を滑らせてしまった」
「なんのなんの……気にせんでもよい」
後始末をする二人を見て、小西行長がポツリとつぶやいた。
「木村殿の胸騒ぎが当たったな……」
酒が入っているのもあり、皆が口元を綻ばせる。
そんな中、いつもの仏頂面を崩さなかった三成が廊下を指した。
「既に風呂を沸かしてある。木村殿が湯を浴びている間に、代えの着物はこちらで用意しよう」
「おお、かたじけない」
吉清が風呂に向かうと、しばらくして小姓が息を切らして駆け込んできた。
「た、大変です! 前田様がお亡くなりになりました!」
「なに!?」
「さらに、加藤清正、福島正則ほか、多数の大名が兵を率い、当家の屋敷を取り囲んでおります!」
「なんだと!」
「殿に相当の恨みを持っているらしく、殿の首を挙げるまでは引き下がらぬとのことで……」
遠慮がちに告げる小姓。
前田利家が亡くなったからといって、その日のうちに奉行の一人を討とうなどと、ただ事ではない。
明らかに計画されていたものであるが、こんなに大それたことを、後ろ盾無しにできるとは思わない。
考えられるとすれば……。
「徳川の差し金か……」
大谷吉継が難しい顔で唸った。
「くそっ、なぜ皆家康に踊らされていると気づかぬのだ……!」
拳を固く握り締め、三成が悔しさを滲ませるのだった。
三成の言葉に甘え吉清は湯船に浸かると、「ふぅ」と息をついた。
外では三成の小姓が風呂を焚き、湯加減を調節している。
薪の燃える音に混ざり、何やら人の声のようなものが聞こえてきた。
「何やら騒がしいのぅ……」
吉清が独りごちると、外から三成の小姓が答えた。
「殿が宴の支度をさせていたので、宴会でも始まっているのではないでしょうか」
「だと良いが……」
小姓の言葉とは裏腹に、胸騒ぎは次第に強くなっていくのだった。
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