第128話 小早川の旧臣

 木村家の屋敷を訪れていた家康は、雑談の最中ふと手を叩いた。


「そうそう……そういえば、木村殿はご存知ですかな? 小早川隆景殿が亡くなられて、秀秋様に仕えるのをよしとしない小早川家臣が多く居たことを」


「ええ、少々小耳に挟みましたが、それが何か?」


 小早川家は吉川家と同じく、毛利分家であり、宗家を支える重要な立ち位置にある家だ。


 しかし、秀吉の甥である秀秋が養子となり、隆景死後に小早川家の実権を握ると、小早川家中は荒れに荒れた。


 事実上、豊臣家に乗っ取られた形となる小早川を出て、本家である毛利に戻ろうとする家臣たちが後を絶たなかったのだ。


 毛利としても、毛利・小早川双方の内情や機密を知っている者が他家に流れるよりはと彼らの受け入れを積極的に進めた。


 だが、西国一の大大名である毛利の所領にも限りがあった。


 これまで養子である秀元を嫡子としてきたが、輝元に実子が生まれたことで秀元を分家に戻す必要が出てきたのだ。


 また、毛利家臣と小早川旧臣との軋轢も生じていった。


 毛利本家に仕えているという自負のある毛利家臣に対し、元々は同じ流れを汲んでいたものが元の鞘に収まっただけたというのに、外様扱いされる小早川旧臣は怒りを覚え、日に日に対立が深まっているのだという。


「あの毛利にそんなことが……」


「隆景殿の重臣であった鵜飼元辰を始め、多くの小早川旧臣が毛利の中で冷遇されているという……」


 鵜飼とかいう武将のことは聞いたことがなかったが、家康の耳に入るくらいなのだから、深刻な話なのかもしれない。


「まったく、毛利殿はわかっておりませぬなぁ。あの隆景殿の重臣が他家に流れては、毛利にとっても損をするというのに、手厚く遇すこそすれ、冷遇するなどと……。隆景殿が生きておられれば、こんなことにはならなかったやもしれぬのに……」


 ふっ、と家康が遠くを見つめた。


 家康も過去に重臣である石川数正の出奔を許しただけに、同じことが起きようとしている毛利を気にしているようだった。


(元小早川の重臣か……)


 済州島の一件もあり小早川と仲が悪くなっている吉清にしてみれば、たしかに小早川旧臣の獲得は大きい。


 新たに獲得した領地もあるため、人手はいくらあっても足りず、それらの土地を治める経験豊富な武将はいくらあっても足りないくらいだ。




 家康と別れると、吉清はすぐに行動を開始した。


 隆景の旧臣であるという鵜飼元辰ほか、多数の小早川旧臣を召し抱えると、さっそく領地の開発を任せた。


 これに猛抗議したのが、毛利輝元であった。


 毛利の内情や機密情報を多く抱える小早川旧臣が木村に召し抱えられては、小早川のみならず毛利まで丸裸にされてしまう。


 そう危惧した毛利は小早川旧臣を召し放つよう要請するも、木村家は断固として拒否する姿勢を示した。


 済州島の一件で生まれた溝が、両者の間でより深く刻まれたのだった。






 木村家と毛利家が対立を深めるのを見て、家康は密かにほくそ笑んでいた。


(ふふふ、うまくいったわい)


 朝鮮の役で北庄10万石が加増され、木村家の石高は100万石を越えた。


 木村が押しも押されぬ大大名となったことで、大老の中にも木村への警戒を顕にしている大名も多くなっていた。


 毛利輝元もその一人であり、家中でも木村に対しては意見が割れており、そんな中、済州島の一件や今回の小早川旧臣のことで木村と対立すると、毛利家中は完全に反木村の機運が高まった。


(木村を倒すべく、我ら徳川に助けを求めるか……。あるいは独力で木村を潰すか……。はたまた、木村が毛利との仲裁を頼んでくるか……)


 どちらにせよ、徳川にとっておいしい展開に違いない。


 家康はニヤけそうになる顔をぐっと堪え、遠く木村屋敷を眺めるのだった。

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